第42話 お嬢様は邪魔をされたくない



 先日の友達宣言から美雨の接し方が少し変わった。俺が“特別”という武器を与えてしまったせいか、どことなく距離が近いのだ。しかも以前にもましてニコニコしている。......こんなはずじゃなかったんだけどなぁ。


「怜央!お出かけしましょ!」

「暑いから遠慮しとくわ。つかあんまくっつくなよ」

「いいじゃない!特別なんだもの!」


 特別って言えばなんでもしていいわけじゃないからな?断じて彼氏彼女という関係ではないんだし。肌が触れ合うほど近くにいられると、ただでさえ暑いのに余計に体温が上昇してしまう。

 本を読もうとベッドで横になれば、隣に寝転んできて俺を見てくる。せめて本読むとかしろ?時折美雨が体を揺すれば、今日はポニーテールにしている髪が当たってくすぐったいし集中出来ない。


「どこか行きたい場所でもあるのか?」

「特にないわ!怜央と一緒ならどこでも楽しいもの!」


 なんでそんな恥ずかしいセリフを平然と言えるのだろうか。むしろ俺の方が恥ずかしくなってくるんだが。

 どこでもというなら家の中でも......いや、こんなにくっついていられたら俺のライフがゴリゴリと削られていく。平穏な場所は無いのか......!

 外に出るといっても8月に入った太陽はさらに気合いを入れて照らしているから地獄だ。どこか涼しい場所か。

 図書館......いや、美雨が静かにしていられるとは思えない。アラワンとかスポーツ系は俺が死ぬから却下だし、残るはあそこしかねぇな。


「よし、じゃぁちょっと買い物行くか」

「行く!」


 どこへとも言ってないのに即答とは......。ホントに無邪気な子供みたいだ。

 バスに揺られて向かったのは恒例のショッピングモールだ。ここなら涼しいし色んな店があるしな。

 まずは俺の目的である書店だ。普段は続刊をネットで買うくらいだが、たまには新規開拓も悪くない。最近は美雨と遊んでばっかだったから買えてない続刊もあるなぁ。


「お、美雨。お前が読んでたのも続刊出てるぞ」

「買いましょうよ!後で読みたいわ」

「もちろん買うけど、とりあえず腕離してくれね?買えないだろ」


 美雨は店の中だろうとお構いなく、腕に引っ付いているのだ。傍から見たらバカップルにしか見えないんじゃないか?


「むぅ。仕方ないわね」

「......おい。手を繋げってことじゃねぇよ。それじゃ同じだろ」

「もう、怜央ったら我儘ね」


 あれ?俺が悪者にされてる?片手塞がってたら会計出来ないし、なにより視線が痛いんだが?

 美雨の手は、俺の手から服の裾へと移動した。そこも服が伸びるから勘弁してほしいんだけどなぁ。これ以上拒否って騒がれるのも面倒だし放っておくか。


「美雨は欲しい本とか無いのか?」

「怜央の部屋にある本を読むから大丈夫よ!」


 うん、今更だけど居座る気満々だね。まぁ無駄遣いするよりはいいか。

 会計を終えるとまたもや腕に引っ付いて来る美雨に内心でため息をついてしまう。これなら家にいたほうがマシだったかもしれない......。

 とりあえずこの状況を脱しなければ、と目に付いたのは有名なコーヒーショップだ。


「美雨ってコーヒー飲めるか?」

「コーヒー?飲んだことないわ!」

「ちょっと試してみるか」


 好奇心の強い美雨なら大丈夫だろうと店に入って適当に注文を済ませる。俺自身は好んで飲むわけじゃないが、兄貴が朝コーヒーを飲むのでついでに飲むことがあるくらいだ。

 席に着くときには美雨は目の前の飲み物に興味津々だった。買ったのはチョコ味とイチゴ味の2つだ。涼たちに連れられてきた時には毎回チョコ系統を飲んでいる。チョコの甘さとコーヒーの苦さって共存するのが面白いよな。

 美雨もイチゴ味が気に入ったようで下の方だけ飲んだりクリームだけ食べてみたりと楽しんでいた。と思いきや、俺のほうをじーっと見つめてきた。


「玲央のも飲んでみたいわ!」


 あー、こうなっちゃうのか......。半分こを気にっていたことをすっかり忘れていた。まぁ今更か......と諦めて差し出すと美雨は勢いよく飲み始めた。うん、落ち着いて飲もうな。とりあえずコーヒーにあまり抵抗は内容で良かった。

 と安心していると、美雨が俺を睨んでいた。そして無言で突き出されるイチゴ味。


「俺は良いから美雨飲めよ」

「......玲央。飲みなさい」


 なんでちょっと怒っていらっしゃるんですかね?気に入ったなら両方飲めばいいのに。しかしこうなった時の美雨はなかなか諦めないので渋々受け取って口にする。


「美味しい?」

「......ああ」


 味なんか分かるかボケぇ!こちとら純情な男子高校生なんだよォ!と内心荒ぶりながら向かいの席を見ると、微笑んでいる美雨がいた。ただしポニーテールなので赤くなった耳が見えているが。恥ずかしいならなんで飲ませたの?ねえ、なんで?

 色んな意味で甘く酸っぱく苦いものをなんとか飲み干して店を出る。おかしい、冷たいものを飲んだ後なのにちょっと暑いな。

 もうおうちに帰ろう......と思ったところで行く手を塞がれた。目線を上げると、そこにいたのは大学生くらいの2人の男。派手な髪色だしなんかいかにもチャラ男って感じだな。


「お姉ちゃんめっちゃ可愛いね。俺たちと遊ばない?」

「そーそー、そんなつまらなさそうなヤツ放っておいてさ、俺たちと楽しいコトしようぜ」


 すごいな。仮にも男を連れて歩いてるのにこんなにも堂々とナンパしてくるなんて。しかもここショッピングモールだぞ?こんな人目のある所でナンパなんて馬鹿なの?

 今までも美雨に対する視線は常にあったが、実際にナンパされることは無かった。護衛が未然に防いでいるのかたまたまなのかは知らんが。


「あー、こいつ俺のツレなんでそういうのやめてもらえますか?」

「あ?ガキはすっこんでろよ。俺たちはこっちの嬢ちゃんと話してんだよ」


 一応けん制してみるが聞く耳は持たないようだ。まぁそうだよな。仕方ねぇ......とポケットに手が伸びた瞬間、隣から声が発せられた。


「興味ないわ。今すぐ視界から消えてくれないかしら?」


 それは九条院の時よりさらに冷えた声音だった。さらには一瞬前までニッコニコしていた表情が抜け落ちて、それを見た俺の背筋までゾクリとしてしまう。


「そ、そんなこと言わずにさぁ。楽しませてあげるよ?」


 男たちは一瞬気圧されたものの、それでも諦めないでナンパを続行していた。メンタルすごいな。ポケットの中の防犯ブザーを鳴らそうとしたところでさらに横から声がかけられた。


「玲央さん!お久しぶりです!」


 突如乱入してきたのは、グラサンにスーツ姿のガタイのいい男。それは美雨の護衛であり、つい先日の祭りでたこ焼きをひっくり返していた男だった。それが俺の名前を呼びながら腰を90度曲げて頭を下げている。

 

「......ああ、こんなところで奇遇だな」

「ちょっとの用事がありまして。ところでこちらの方々はお知り合いですか?」

 

 男が大学生組に少し詰め寄ると、さすがにヤバいと思ったのか「ちょっと急用が......」とかいって慌てて逃げていった。そりゃこんな男が「組」とか口にしてたら怖いよな。


「助かったよ。ちゃんと仕事してるんだな」

「いえ......祭りの日は非番だっただけで......」


 いや、非番の日にまでグラサンスーツで祭りはどうかと思うぞ?私服持ってないの?

 

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