第19話 お嬢様は褒められたい
お昼ごはんは気を利かせた兄貴が買ってきてくれた。普段なら俺が作ることが多い。両親も兄も仕事で忙しかったからそれが当たり前になっていた。とは言っても何が作れるというわけでもなく、焼く・炒める・茹でるくらいしか選択肢はないが。男の料理なんてそんなもんだろう。
今日は友達が来てるからと、リクエストを聞かれたが特にこれといってない。美雨も特に好き嫌い無いみたいだし、今の美雨はお子様ランチでも喜んで食べそうだ。結局兄貴が買ってきたのは牛丼だ。まぁドライブスルーなら濡れなくて済むしな。チーズ、ネギ玉、キムチの3種類のうち、美雨が選んだのはチーズだった。びよーんと伸びる様子に目を輝かせながらも綺麗な所作で箸を進めていた。こういうところは体に染み付いているのかな。
「ねぇ、れお。なんでがっこーでいっしょ、だめなの?」
昼飯を食べ終わって再びベッドに並んで腰掛けると、美雨が尋ねてきた。なんかさっきより距離が近い気がする。うん、多分気のせいだろう。
「なんでって......学校じゃお前は
「いいもん!れおといっしょがいい!」
そうは言ってもなぁ。俺といる時のポンコツぶりが発揮されてしまったらという懸念もある。それを見たらクラスの奴らはどういう反応をするだろうか。
いや、あいつら自身よりもそれが親に伝わって美雨の父親にまでいくのが最も恐れる展開だろう。あの楠の会長がそれ放っておくとは思えない。
「れお!きいてるの!もっとほめて!」
ん?今なんて?学校でどうするかって話じゃなかったの?
この話の流れでいったい何を褒めろと?うーん......。
「はいはい、美雨はいつも頑張ってて偉いな」
「もっと!」
「......たくさん努力して可愛くて勉強も運動も出来てすごいな」
とりあえず浮かんだ言葉を並べていく。我ながら薄っぺらい言葉だなぁとは思う。それを誤魔化そうと美雨の頭に手を置いて撫でておく。
触れてからいきなり触るのはまずかったかなと思ったけど、美雨は嫌がっている様子はない。そもそもさっき乾かす時に触ってるしな。
「んふふ、じゃあどよーび、あそべなかったのゆるしてあげる!」
ピシッと俺の中で何かが固まる音がした。
土曜日は美雨の予定があるから来なかったんだろ。なんで俺のせいみたいになってんの?
思わず美雨の頭にある手に力が入りそうになる。いや、落ち着け。落ち着くんだ俺。今の美雨は子供——幼女なんだ。幼女相手に暴力は良くない。ステイ・クールだ。
そのまま頭を撫で続けていると、やがて美雨の体が俺の方に傾いてきた。
なにかと思ったら、寝てしまったようだ。こういうとこまで子供っぽくならなくても......。
美雨をベッドに寝かせるが、触れた肩は力を入れれば壊れてしまいそうなほどに細くて華奢だ。こんな体で、1人で抱え込んできたんだな。スヤスヤと寝息を立てる美雨を労わるように撫でながら考える。
今まで美雨にとって、楠の仮面を被り我慢することは当たり前のことだった。
だけど、俺と関わって遊ぶことの楽しさを知ってしまった。それはガス抜きにもなるが、逆に今まで当たり前だったことが窮屈にも思えてしまうのだ。
そして毎週末遊ぶことで誤魔化していたが、先週遊べなかったことでガスが抜けずに爆発してしまった。それが今の幼児化ということなのだろう。言うならば『禁断症状』といったところか。いやさすがにここまでとは想定していなかったが......。
たしかに今はまだ騒ぎになるのは良くないが、今回のように爆発してしまうのも頭が痛い。困ったものだ。
1人で悩んでも答えが出ない。こういう時は頼れる親友に相談するのが1番だ。
しばらくして目を覚ました美雨は、キョロキョロと辺りを見回して俺を視界に入れた。
「あら、怜央?……私、どうしてここに?」
喋り方は戻ったようだが......え、まさか覚えていらっしゃらない?なにその都合のいい記憶。
「お前がこの雨の中押しかけて来たんだぞ。子供みたいにわがまま言いまくって、本当に覚えてないのか?」
「——っ!そ、そそそんなんわけ......」
これは心当たりがある反応だろ。分かりやすいな。なんだか俺ばかり振り回されているし、ここらで少し仕返しをしておくか。
「いやー、でも舌っ足らずで甘えてくる美雨も可愛かったぞ?」
笑顔を浮かべて頭を撫でようとしたら手を払われてしまった。しかしその顔は真っ赤だ。なんだか「ガルル......」なんて唸り声まで聞こえてきそうだ。
「わ、忘れなさい!次言ったらただじゃおかないわよ」
おー、おっかねえな。だけど、幼女化を見たあとではそれも微笑ましく思える。
「はいはい。......ま、学校でのことは考えといてやるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます