第16話 お嬢様は2人きりで遊びたい
「明日の放課後、怜央の家行っていいかしら?」
美雨からそんな言葉が発せられたのは、火曜日のことだった。
毎晩通話が恒例というかもはや日課になりつつあるが、平日に学校以外で会うということは無かった。
「何の用だ?」
「買うゲーム決まったから、怜央に色々教えて欲しいの」
あー、そういうことか。たしかにこないだは色々なソフトをやったけど、ついに何を買うかは決まらなかった。
「で、結局何にしたんだ?」
「『おいたね!豪傑の
「......なんでそれ選んだんだ?」
「なんかこのキャラクター可愛いじゃない?」
可愛い?あれを可愛いと言うのか......。
このゲームにはサポートしてくれるキャラクターが存在する。2頭身でひょこひょこ動く姿はかわいらしいと言えなくもない。だがオッサンだ。
一部界隈では癒される、我が家にも欲しいという声もあるんだとか。だがオッサンだ。
しかもこのオッサン、何故かイギリスの特殊空挺部隊出身という謎に具体的な経歴を持っているのだ。退役後、孤島に移り住んで自然を育てているらしい。その自然を守りつつ、
タイトルの『おいたね』は『老いたね、オイタね、置い種(追い種)』の3つの意味が含まれているという説もある。
スローライフ系かと思いきや、特殊空挺部隊時代の知識を活かして武器や罠を作って、他の人の島に攻め入ることも出来る。もはや戦争である。
無駄に細かい所まで作りが凝っていることもあって、幅広い世代に人気のゲームなのだ。
翌日、授業が終わると俺は涼より早く教室を出た。用事があるからと言ってはおいたが、どうせ麗香経由でバレているのだろう。何も聞かずにあっさり見送ってくれた。
気持ち早足で自宅までの途中にあるコンビニに到着すると、ほとんど同時に黒の高級車がやってきた。......まさかとは思ったが、直接来るとは。せめて1度帰ってからくればいいのに。
美雨が降りて運転席のサラと何か話すと、車は行ってしまった。あれ?
「サラは一緒じゃないのか?」
「帰る時にまた迎えに来るわよ?」
いや、そういうことではなくて。前回は一緒にいたのにどうしたのだろう。というか護衛だよね?年頃の男と2人きりにして大丈夫なの?......まぁ気にするだけ無駄か。
「ここがコンビニなのね!」
「......まさかコンビニも初めてなのか?」
「ええ!利用する機会なんてないもの!」
今日コンビニに来たのは、ゲームの購入に使うプリペイドカードを買うためだ。美雨が現金派であるならこれは必須だ。
金額に注意しつつ自分で買わせてコンビニを出る。カードひとつ買ったくらいでそんなに嬉しそうにしなくても......。はじめてのおつかいじゃないんだから。
嬉しそうな美雨に手を引っ張られながら帰宅する。いつもとは違って、制服で手を繋いでいると何とも言えない不思議な気分になってしまうな。
俺の部屋に入ると、前回と全く同じ場所に腰かける美雨。屋上の時といい、なんでそんな正確に座標覚えてるの?空間把握能力に優れているの?ファ〇ネルとかドラグ〇ン使えちゃう系?
俺は自分の椅子に座——ろうとしたら美雨が俺を睨んで隣を叩いている。あんまり叩くと埃が舞うからやめてほしいんだけど。仕方なく美雨の隣に腰を下ろすとご満悦そうな表情だ。
ゲーム機の電源を入れて俺の指示通りにソフトを購入してダウンロードする。
「見て!ちゃんと買えたわ!」
「はいはい、よく出来たな」
そんな画面を見せつけなくても見えてるって。ダウンロード中の画面を見ながら体を横に揺らす美雨。肩が当たるからやめてほしいんだが。
ダウンロードが完了し、ゲームを起動すると早速オッサンが出てきて説明を始める。美雨はそれをふんふんと頷きながら真剣に見ている。俺はそういう説明は流し読みするかスキップしちゃうからなぁ。
「この方はサムというのね!」
ゲームによっては、お助けキャラの名前は自分で設定できるものも多いのだが、『おいたね』に関しては固定だ。まぁ、ハゲで2頭身のオッサンの名前をつけろと言われても困るのだが。
「ああ、早いわよ!ステイ!ステイよ、サム!」
サムは時折、専門用語を交えながら次々と説明を進めていく。美雨がそう言いたくなってしまう気持ちも分かる。しかも再度説明を頼むと「なんだ、この程度も理解できないのか?仕方ねえな......」と罵ってくる。ホント、なんでこんなオッサンが人気なの?
「まぁ今全部理解しなくても後で追々説明入るから大丈夫だぞ」
「あ、そうなの?玲央もいるし、このまま進めていいわよね」
いきなり武器の名前や性能を説明されても素人に覚えられるはずもない。そのへんはやりながら覚えていけばいい。
「——玲央。私、喉が渇いたわ」
しばらくゲームを進めていると、美雨がそう言った。そういや今日は飲み物用意するの忘れてたな。
「あー、今持って来るから待ってろ」
「私も行くわ!」
別に待っていればいいのにとも思ったが、何事も自分でやろうとするのは悪いことではないしまぁいいか。
美雨に手を引かれて階段に差し掛かった瞬間、美雨の体が傾く。
咄嗟に体が動いたのは我ながらよくやったと言いたい。繋いでいた手を強く引っ張って美雨の体を引き戻す。
「あぶねえ......気を付けろよ」
「......え、ええ。ありがとう」
「......腕、引っ張っちゃったけど痛くないか?」
「......大丈夫よ。おかげで助かったわ」
階段を落ちたらただでは済まない。だからそれを防げたのは良かったのだが......。咄嗟のことで強く引っ張ってしまったので、美雨の体は俺に密着していた。美雨も遅れて恐怖が湧いてきたのか、俺の体を掴んでいる。つまりは抱き合っている状態に近い。
手を繋いだり肩が触れたりということはあっても、こうして正面から密着するのは初めてのことだ。柔らかいとかいい匂いがするとか、状況にそぐわない感想が浮かんできてしまう。
不可抗力とはいえ、色んな意味で心臓に悪い。
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