第14話 お嬢様は部屋に上がりたい
「おはよう!玲央!」
「おう、おはよう。朝から元気だな」
「だってすごく楽しみだったんだもの!さ、行きましょ!」
土曜日の朝9時30分。我が家の玄関先には俺の手を引っ張る楠美雨の姿があった。一緒にゲームをする約束だが、まずはそのゲーム機を買いに行くのだ。
それにしても、店が開くのが10時だからってなにもその30分前に来なくてもいいだろうに。
お嬢様は規則正しい生活をしているんだろうけど、ここ最近は俺までその影響を受けている。まぁ就寝と起床時間だけだが。
美雨に引かれるがまま玄関を出ると、空はどんよりと曇っていた。そういえばもうすぐ梅雨だとか言ってたっけ。なのに美雨はそんな湿った空気を吹き飛ばすかのように元気だ。
「おはよう、玲央殿」
「おはよう。サラも朝から大変だな」
「これが仕事だからな」
我が家の前に停められた車の隣に立っていたサラが挨拶をしてくるのでそれに返しておく。リムジンではないものの、高校生の俺でも一目でVIPだと分かる高級車だ。家の前まで来るのは困ると言っておいたのになぁ。
サラが後部座席のドアを開けて乗車を促してくるので緊張しつつ乗り込む。うわっ、シートふっかふかだ。なんだこれ。
水族館の帰りにサラに送ってもらった時は別の車だったが、これが美雨専用車ということだろうか。
店はさして遠くも無いので、安全運転でいってもすぐについてしまう。もっと遅く出ればいいのだが、家の前に車を停められたらどうしようもない。スマホで調べながら、美雨がどんなソフトをやりたいのか聞いてみるがどれも気になるようで全然決まらない。まぁダウンロードで購入できるし今すぐ決める必要もないんだけど。
10時になり、店員が店の入り口を開けるや否や美雨がパッと顔を上げた。反応すごいな。サラはそれを察知していたのか、すでに降りて後部座席のドアを開けている。運転は丁寧だったしこういうとこは優秀なんだよなぁと苦笑しつつ降りると、美雨が手を引っ張る。
「早く行きましょ!」
「おい、そんなに慌てると転ぶぞ」
「大丈夫よ!」
ここはゲームだけでなく、本やCD、DVDなども販売している大きな店だ。そこで客が俺たちだけというのは目立つ。ゲームのコーナーに移動しているだけなのに、どこか暇そうにもしている店員たちに微笑みながら見られている。そこでようやく気が付いた。なんかもう当たり前になっているが、俺たちが手を繋いでいるからカップルだとでも思われているのだろう。......今更離すのも意識していると思われるし、さっさと買って帰ろう。
目的は決まっているので、色だけ選んでレジへ向かう。美雨がショルダーバッグから財布を取り出す時までずっと手を繋いでおり、離す瞬間に少し悲しそうな顔をしていた。それを見たレジのお姉さんがものっすごいニヤニヤしていて顔が熱い。
会計が終わった瞬間に逃げるように店を出ようとしたが、俺の手はまた美雨に捕まってしまった。車までの短い距離で繋ぐ必要ある?
「でも意外だったな。美雨って現金派なのか?てっきりカードで払うかと思ってたわ」
今までもそうだったが、美雨は自分の財布から現金で払っているのだ。カードを使うか、今日は一緒にいるサラが払うかと思ったのに。
「カードだとどれくらい使ったのか分からないじゃない。今まであまりお金を使わなかっただけで使い放題ってわけじゃないのよ?」
「ふーん」
そういや今まで一緒に遊ぶような友達もいなかったんだっけ。まぁ使い放題じゃないとは言っても......いや、今はいいか。
帰宅して空いている車庫に車を停めたのだが、我が家にこんな高級車があるなんて違和感がすごいな。
美雨とサラをリビングに待たせて自室からゲームを取って来ようとしたら、何故か美雨が付いてきた。
「リビングで待ってろよ」
「玲央の部屋がいい......ダメ?」
「別にいいけど......」
いきなり男の部屋に入るなんて危機感無さすぎじゃね?まぁサラもいるしいいのかな。
許可を出すと、嬉しそうに手を繋いでくる。ここ家の中なんですけど?自室は2階なのだが、階段の難易度が数段上がってしまう......。
「ここだ。飲み物持って来るからテキトーに座っててくれ」
「分かったわ」
キッチンに行って麦茶を2つとカルピスを1つ、コップに注いでいるとサラがやってきた。
「玲央殿、少しいいか?」
「ん?なんだ?」
「今まで気付かなかったが、これを受け取って欲しい」
サラが差し出してきたのはよくある茶色い封筒。受け取って中身を見て見ると、入っているのは現金だった。
「......これは?」
「毎週お嬢様のお出かけに付き合ってもらって玲央殿にもお金を使わせてしまっているから——」
「ふざけんなよ」
サラの言葉を遮って怒りを込めた言葉を発する。
「アンタ、なんも分かってねえな。俺がこんなもの欲しがってると思ったか?舐められたもんだ。俺があいつと一緒にいるのは
「玲央殿......」
「俺は美雨の対等な友人として一緒にいるんだ。アンタだって美雨の笑顔を見たいんじゃなかったのか?わざわざあいつのいない時を選びやがって......。余計な真似してんじゃねえよ」
「......そう、だな。玲央殿の言う通りだ。申し訳なかった」
サラは素直に頭を下げてきた。それを見て、俺は頭に上った血が引いていくのを感じた。柄にもなくつい熱くなってしまったな。
「サラも仕事だから仕方ないってのも分かる。だけど......美雨の味方だってんなら、せめて俺といる時くらいは楠扱いするのはやめてやってくれ。頼む」
難しいことだというのは分かっている。それでも言わないわけにはいかなかった。ようやく笑えるようになったのに、それを奪うようなことは許すわけにはいかないから......。
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