第12話 お嬢様は好奇心を抑えられない


 

「着いたわ!ここが遊園地ね!」

「まだ入口なのにそんなはしゃぐなよ」

「......先週も見たけどさ、本当に同一人物なのかって思っちゃうな」

「そうね。大人しくて少し冷たい印象だったけどこっちが素なのよねぇ」

 

 まぁ涼と麗華がそう言うのも無理は無い。俺だって最初は驚いたんだから。

 今日も駅で待ち合わせして電車で来たのだが、切符を買っただけでドヤ顔を披露し、電車ではまた少し怯えていた。慣れたんじゃなかったのか。

 そして到着した今は繋がれた俺の手を引っ張って待ちきれないといった感じだ。

 

 チケットを買って中に入ったが、ここは券売機ではなかったので美雨が残念そうにしていて涼たちが苦笑していた。気に入りすぎだろ券売機。

 

「さて、まずは何に乗るんだ?」

「あれ乗りたいわ!」

 

 颯爽と美雨が指を向けたのは1番の目玉でもある巨大ジェットコースター。

 

「いきなりアレ乗るのか?少し他ので体慣らした方がいいと思うんだが......」

 

 俺も美雨も遊園地自体初めてだし、いきなりあんなの乗ったら最悪吐く可能性すらある。というか美雨って高い所平気なのかな。馬鹿となんとかは高いところが好きって言うし大丈夫か。

 引き留めようとするが美雨がグイグイ引っ張るので結局列に並んでしまった。 遊園地っていうと1つのアトラクション乗るのに1~2時間待つイメージあるけど、今日は平日だからかそんなに並んでいなかった。

 上空からの悲鳴を聴きながら待っていると、俺たちの目の前で定員となってしまった。 そんな捨てられた子犬みたいな顔しなくても数分待てば乗れるというのに......。

 そしてついに順番になり、走り出しそうな美雨を離さないように注意しつつ乗り込む。 先頭に並んでいたから当たり前なのだが、美雨と座るのは最前列特等席。ここって一番怖い所じゃないの?大丈夫?

 隣を見ると美雨は瞳をキラキラさせている。発射のアナウンスと共に動き出して、カタカタと音を立てながら高度を増していく。おお、思ったより高く感じるな。

 急に右手に衝撃を感じて見てみると、美雨が俺の手を握っていた。おい、震えてるじゃねえか。10秒前までの元気はどこいった。

 しかし一度乗ってしまえば止めるすべはなく、ただその時を待つしかない。 やがて頂上に到達し一瞬の停止の後、勢いよく落下していく。響き渡る絶叫、顔面に襲い掛かる風圧、力の限り握られる右手。

 仕返しとばかりに手を思いっきり上にあげてやる。ジェットコースターといえばこれだろ。 美雨は必死に手を降ろそうとしているがもう遅い。安易に乗ろうとしたその判断を後悔するがいい。

 俺?あれだよ。自分よりパニックになってる人を見ると冷静になれるってやつ。むしろ楽しむ余裕すらある。上下左右に揺さぶられてついでとばかりに一回転する。先頭だから目まぐるしく変わる景色も見えてなかなか面白い。

 ようやく一周して停車するとぞろぞろと降りていくが、美雨は固まったまま動こうとしない。仕方なく安全装置を外して手を引く。足プルプルしてんじゃん。生まれたての小鹿かよ。

 とりあえず邪魔にならないようにその場を離れる。美雨は自分で歩くこともままならないので手を繋ぐどころか俺の腕にしがみついている状態だ。 ちょうど近くのベンチが空いてたので美雨を座らせて、少し離れた自販機へ向かう。


「玲央殿」

「ん?ああ、サラか。どうかしたか?」

「この格好、本当に正しいのか?やたら写真を撮られるんだが......」

「今更気にすることか?水族館の時の方がずっと浮いてたぞ」

「うっ......それはそうかもしれないが......」


 昨日の内にメッセージで指示しておいたので、今日の護衛は2チームに分かれている。その違いは服装だ。

 片方は私服で一般人に紛れているが、もう一方のサラチームは護衛の正装——つまり黒スーツにグラサンだ。

 水族館ならただ浮いているだけだが、遊園地ならば仮装している人がいないでもない。

 堂々と、かつ無表情でいるようにという指示を律儀に守っているので、どこぞのハンターに間違われているのだろう。


「似合ってるからいいんじゃねえの?じゃ、俺戻るから」


 私服チームと追いかけっこでもしたらもっと盛り上がるんじゃね?

 さすがに撮影かと騒ぎになって護衛どころじゃなくなるだろうから言わないけど。


 いまだベンチでグッタリしている美雨のもとへ戻ってペットボトルを差し出す。もちろんカルピスだ。

 

「ほら、これ飲んで少し落ち着け。まったく、だから言ったのに」

「うぅ......だって、みんなあんなに楽しそうに......」

 

 いや、理由が子供すぎる。それでいいのか楠グループ令嬢。 しかし一発目でこんなグロッキーになるとはな。どうすんだよ、これから。

 

「も、もう大丈夫よ!次いきましょ!」

「本当かよ。で、次は何に乗りたいんだ?」

「そうね。次は……アレよ!」

 

 指を向けた先にはコーヒーカップ。まぁアレなら大丈夫か。——なんて思っていた俺は甘かった。

 涼たちと2組に別れて乗り込むと、美雨は早速全力でハンドルを回し始める。 遠心力で振り回されそうになる美雨の体を支えてやるが、そうやって調子に乗るとどうなるかというと......コーヒーカップから降りた美雨はまたもやグッタリしていたのだった。

 

 そんな感じで復活しては絶叫系に挑んでグッタリするというアホなループをやっていた。 

 途中、昼飯食った直後の絶叫系はさすがに全員酷い顔をして堪えていたが。

 アトラクションを全制覇する勢いの美雨だったが、唯一お化け屋敷だけは行かず、近くを通る時ですら俺の反対側を歩くといった徹底した避けようだった。そんな怖いか?

 

 ラストは観覧車だ。これならゆっくり出来そうだ。 涼たちと別々に乗って美雨の対面に座る。

 

「見て見て!人があんなに小さく見える!」

 

 ゴミのようね!とか言い出さないで安心したよ。 徐々に高度を増すゴンドラの中で美雨は右に左に忙しかった。

 

「あんまりゴンドラ揺らすと落ちるから気をつけろよ」

 

 少し脅かすと美雨は固まった。かと思いきやソワソワしだして、そーっと立ち上がり俺の隣に移動して首だけをキョロキョロ動かしている。こんだけビビるクセに好奇心は旺盛なんだよなぁ。と苦笑してしまう。




「......ねえ、玲央」


 残り4分の1といったところで美雨が俺の名前を呼んだ。外を眺めていた俺が振り向くと、美雨は少し迷っているかのように視線を逸らした。


「ん?どした?」

「............ううん、なんでもない」

 

 なんだ?変な奴だな。はしゃぎすぎてセンチメンタルになってるのか?


「遊園地、楽しかったか?」

「ええ、とても楽しかったわ!みんなで遊ぶのってこういう感じなのね」

「ま、涼も麗香も悪い奴じゃないし、お前を楠として見ることも無いさ。良かったな」

「あ......うん」


 頷きつつもどこか浮かない表情だ。それが、寂しそうにも見えて印象に残った。






   *   *   *



「——ねえ、どう思う?」

「どうもこうも、お似合いにしか見えないよなぁ」

「だよね~。さっさと付き合っちゃえばいいのに」

「ん~、楠のほうは恋だって気づいてない可能性もあるかも。玲央のほうは面倒は見てるけど、なーんか一線引いてるんだよなぁ」

「ふむふむ。......んふふ、そういうことなら私の出番だね~!」

「あんま引っ搔き回すなよ~。俺が玲央に怒られる」

「だいじょぶだいじょぶ。お任せあれ~!」

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