自覚のないストーカー。

学生作家志望

誰も呼んでくれない名前

「松田さん?」


「松田さん!」


「松田さーん。」



はぁ、ほんとさ………



今日も誰もいない、影のかかった廊下でため息を床に放り投げてやった。腹にふつふつたまるイライラは床にどんな痛みを与えるのだろう。



どんなことを言おうがやろうが、何をしたって壁も床も返事もしてくれない。クラスの連中と同じだよ。まったく同じ。


みんな私に話しかけるのは、委員会の仕事を手伝って欲しいとか今度のバイトのシフトを代わって欲しいだとか、そんなん。


ただの業務連絡。


なんでそんな酷い扱いをするの?これじゃ私はまるでみんなの道具じゃん。


下の名前で呼んでくれる人なんて当然いない。みんな私のことを苗字で呼んで………そんな距離を取るならいっそのこと誰も話しかけてこなきゃいいのに。



私は廊下では触っちゃいけないスマホをポケットから取り出して、時間を確認した。



「もう次の授業行かないと………やだな。」



「ん?あれ!りなちゃん?なんでこんなとこに?」



「あ、いや、えーっと、、」



「俺はちょっと先生に用があったんだけど、りなちゃんはなんでここに?だってこの先職員室しかないよ?」



「え、、っと、………なんでもないからっ。」



「ちょっ、なんで逃げんのー!!どうせなら一緒に授業いこーぜ!」



必死に逃げた、奥にしまっておいた何かが咄嗟に飛び出しそうになって、ただ必死に。



いつも響かない私の足音が廊下いっぱいに広がって、私はその音にさらに焦っていった。


でも、私がここまで焦ってるのはそれが全部じゃない。というかそんなのどうだっていいよ。


おかしいよ、こんなの!


「りなちゃん」って、なんで!?


ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、こんなにドキドキしちゃダメだよっ!


クラスの一軍、りょうくんは、私とまったく真逆の性格で太陽くらいに熱くて明るい、そんな人。


だからもちろん男女問わずみんなが彼に話しかけて、みんなにモテモテで。そんでもって当然の如く彼女がいて。


そーだよ、彼女がいるんだ。だから私はドキドキなんてしちゃ、ダメなんだ。


でも実際、クラスで唯一下の名前で私を呼んでくれる人………





はあ、どうしよ。



もういいかな。



りょうくんに話しかけられて、ドキドキする毎日、我慢する毎日。



そんなの、捨てちゃえ。

 ◆

「りょうくん!」



「え?あ、りなちゃん。」



「昨日も今日も同じ時間の電車だね!」



「あー、、うん。」



やった、今日もたまたま同じだ。



 ◆

「あれ?りょうくん!」



「りな、ちゃん。なんで、この図書館に?誰にも行くって言ってないのに………」



明日も、明後日も、どこに行っても同じだよ。


ずっと私が隣にいたいから。



そばにいてほしいから。


名前を呼んでくれたから。



 ◆

あ、今日も駅同じだ!やった!



え?



「お、ゆうな!待ってたよー、会いたかった!」



「私もだよー!」



駅構内、人通りの少ないところでりょうくんに話しかけようと思ってたところで、ゆうなという知らない子がやってきてりょうくんに勢いよく抱きついた。


私はそれをこっそりと見ていた。



「なー聞いてくれよ!最近俺ストーカーされてて、」



「え、ストーカー!?ダメだよ私のものだもん!」



「ゆうな以外見てないから大丈夫だけど、怖いんだよね。」



ストーカー、そんなのダメ。りょうくんは私のものになるんだ。私じゃなきゃダメなんだ、私が隣にいてあげたい、私のものなのに。


あの女………



頭も手も足も、なにもかもビリビリする。ひりひりする。私の苛立ちをどこにぶつける?あの女を、どうする?あいつだって所詮クズ女なくせに。私のことを陰キャだって笑うクラスのゴミどもと同じなくせに。あんなやつがりょうくんの彼女じゃ絶対ダメ。


りょうくんが可哀想だもん。



「りょうくん!」



私は少し遠い場所からりょうくんに大声で話しかけた。その声を聞いてか、りょうくんが嬉しそうな顔をしながら私の方を向いてくれた。


「ゆうなちょっと待ってて。」



近付いてきてくれる、私に。


今日だって名前を呼んでくれる。


きっと明日も明後日も。昨日と同じように私を大事に扱ってくれるんだろうな。


私があなたの隣だよ。



「ついてくんなよっ!!きしょくわりいんだよ!なんだよお前、いつも付き纏ってきやがって。」



え、?



「俺は彼女いるし諦めろよ。なんなんだよ、ほんとに。顔も歪んでキモいし声もごにょごにょして聞こえねえ、運動も勉強も特別できるわけでもねえ。そんなお前なんかが調子乗んなよ。」



「この………ストーカーが!!!」



ストーカー?なんでどうしてなんでどうして、おかしいおかしいおかしいおかしいおかしい


酷い酷い酷い酷い


「酷いよりょうくん、私はストーカーなんかじゃないよ。ただ一緒にいたいだけなの。」



「は?」



「ストーカーは私じゃない、あの女。ねえお願いだから、私の下の名前を呼んでよ、好きなんでしょ?私のこと。」



「ほんとに何言ってんだ。」



なんでわかってくれないの?


私はただりょうくんのそばにいたいだけなの。


好きなのに、なんでダメなの?


私の名前をなんで呼んでくれないの、、


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自覚のないストーカー。 学生作家志望 @kokoa555

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