第4話 星影の刺繍家






 星の光は誰にでも平等に与えられる、宇宙からのめぐみだ。






 日本の技術は本当にすごい。星の光の結晶が落ちるスポットは世界中にあって、各国で加工が盛んに行われているけど、日本製の星の結晶のビーズは世界でも有名だ。

 星の結晶からつくられた日本製のビーズはHOSHIKAGE(つまり、星の光という意味だ)と呼ばれ、その品質の高さから世界中で愛されている。星影ビーズを専門に扱う刺繍作家の私も、もちろんその一人だ。


 星影の刺繍は、星影のビーズと、星の光の結晶を溶かして染めた星銀糸ほしぎんしを使う。星影のビーズと星銀糸は淡く輝いていて、暗闇でもほのかに光る。


「ここにいると、まるで宇宙の真ん中いるみたい」


 星座盤を図案に落とし込んで刺した巨大なタペストリーを壁一面に吊るした私の部屋を、姉はそう表現した。


 宇宙の真ん中。果てが無いと言われている宇宙の真ん中は果たしてどこだろう。他の天体から空を見上げればきっと地球とは違う星空が見えるに違いないから、地球から見上げた星空を宇宙の真ん中からみた星空と表現するのはちょっと傲慢な気がする。でもその姉の言葉を私はいたく気に入った。


 星影の刺繍には、サテンステッチなど、いわゆる面を刺す手法は使われない。淡く光る糸は重ねると途端に苛烈ほかれつな光になって目を焼くのだ。だから、バックステッチやチェーンステッチなどで線を描くように刺すのが基本だ。


 星影の刺繍がよく使われるのはやはりドレスだ。とくにウエディングドレスに仕立てたときの美しさはため息がこぼれるほどで、それを着て誓いの儀式を行うと母になっても女性としての美しさを損なわず、生涯花婿と強く結ばれると言われている。


 私は大好きな姉の結婚式に星影のウエディングドレスをつくった。ビーズをひとつひとつ、過剰にならないよう気を付けながらていねいに縫い付け、袖口や襟元に精緻せいちな模様を星銀糸で刺す作業は、根気のいる、しかし幸せな時間でもあった。


 ウエディングドレスはもちろんそれだけでも美しかったけど、姉が着るとさらに美しさを増した。着映きばえがするとはこういうことなんだな、と思った。仕事が安定して舞い込んでくるようになったのはそれ以降のことだ。


 ウェブライターをしている姉の大学時代の先輩が結婚式に参列していて、私のつくったウエディングドレスを見染めて記事を書いてくれたのだ。


 しかし、大きな反響を呼んだのはウエディングドレスではなく、仕事部屋の写真に写った、あの巨大なタペストリーのほうだった。

 黒いリネンに刺した星座盤は完全なる趣味でつくったものだったから、その反応には驚いた。


「うちにも飾りたいのですが、注文は受け付けていませんか?」

「もう少し小さなサイズで作れますか」

「星が大好きな友人にプレゼントしたいです」

「何か月でも待っています」


 記事が公開されるやいなやそんなダイレクトメッセージが大量に送られてきて、私は慌てて姉の先輩に相談した。そうしたら先輩は、ハンドクラフトの通販やイベント事業を展開している会社の人を相談役として紹介してくれた。おかげで私は、舞い込んだチャンスを潰すことなく仕事を軌道に乗せることが出来た。


 ハンドクラフトで頭を悩ませるのは価格設定だ。

 最初に考えた値段は相談役の人に「安すぎます。ちゃんと時間と手間も考えましょう」と言われてしまった。


 結果としてなかなか手を伸ばしにくい価格になってしまい、それが原因で購入を断念した人には申し訳なく思う。けど結果的にはいまの価格にしてよかったと思っている。


 たくさん数をこなす必要がないからひとつの作品にじっくりと向き合うことが出来るし、時間とお金の余裕が心の余裕にも繋がった。それに、あんなに高額でも買い求めてくれる人がいるという事実は自信になった。


 星座盤を写し取り、星のある位置にビーズを縫い付け、そのあいだを糸で繋ぐ。姉は私の仕事姿を見てこう言った。


「あなたは宇宙の真ん中で星をつむぐ仕事をしているのね」


 詩人でもある姉の表現は昔からちょっとむず痒い。

 姉のこういう感性や言動をあからさまに鼻白む人もいる。でも姉はそんな周りの評価をまったく気にしていない。

 孤高に輝く星影のドレスはそういう意味でも姉に似合っていたな、なんてくさいことを思ってしまったときには、私にも姉と同じ血が流れているんだなと思い知らされた。


 星影の刺繍家なんてロマンチック、と憧れられることもあるけれど、実際は地味で手間のかかる仕事だ。でもきっと、私は可能な限りここで、宇宙の真ん中で何枚もの星空を紡いでいくだろう。


 時には一枚の大きな布に、時にはワンピースの裾に、時には襟元に。

 場所とかたちを変えて、何枚も何枚も。私の刺繍を求めてくれる人のために、私自身の誇りのために。


 星の光の恩恵に感謝する人がいればいるほど、それを見ていた星がまた結晶を落としてくれる。そうして、人はまた星の光を求める。

 太古からずっと、星と人はそういうふうに巡っている。





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