第8話

 着々とバカ殺害計画が立てられていく。


「事故に見せようと思ったら、やっぱり階段から突き落とすとかですよね」


「溺死だったら事故なのか他殺なのか、案外わかりづらいよ」


「明らかな他殺でもない限り、日本は基本解剖しないからな。特に僻地じゃ法医学者が足りないから」


 会話が物騒すぎます、みなさん。方向としては「事故か最悪自殺に見せかけて殺す」わけだ。そして増えていくどこで使うのかわからない豆知識。解剖率が低いっていうのは、前に見た刑事ドラマでもやってたけど、ほんとそうなんだな……。


 ちなみにマキウチさんは笑顔で、「殺した後に死体がなければ永遠に行方不明扱いだよ」とおっしゃっていた。なんでも死体と一緒に小さいカニをいれておくと、彼らがパクパクと食べてくれるので、ドラム缶にそれらを入れて海に放り投げれば完璧な遺体なき殺人事件が完成する、らしい。……それ、実証済みなんですよね?やったことあるんですよね……?


「死体なき殺人でいいなら、塩酸か硫酸ぶっかけて埋めたいですね。でもそれだと骨は残っちゃうか……」


 うろ覚えの理科の知識を総動員して提言してみた。たしか理科の先生が、実際に死体の処理に塩酸を使った殺人犯がいるとか、そういう話をしていた記憶がうっすらと残っている。


「キジョウさん思ったよりひどいこと言うね。仮にも元彼なのに」


「キジョウさん、マキウチさんがうつったんじゃないですか」


 オノさんが口を挟んできた。その言葉に対しマキウチさんは冷たい一瞥を送っていた。オノさん、あいにくだがわたしは結構毒舌家で通ってるぞ。友達に大体、「リエはおとなしそうなのに結構口が悪い」って言われてるからね。元からですぜ。


 なおオノさんはマキウチさんの睨みで縮こまって大人しくなった。そんなんになるなら言わなきゃいいのに……。


「アイツに未練なんかないですから。もう逆に溶けて消えてくれって感じですよ」


「人魚姫みたいに?」


 そのたとえは美しすぎる。奴にはもったいないくらいである。うーん、なにがいいんだろう、とにかく黒も白も判別つかないくらいやつという存在が跡形もなく消えてほしい。


「ほんまジョーは裏切り者に手厳しいな……」


 ヨシカワさんが苦い顔で言ってきた。いや、六股(本当は七股)してきた彼氏なんかポイですよ、ポイ。わたしはマキウチさんにときめく余裕があるけど、ほかの彼女たちの中はたぶんトラウマになってる子もいるんじゃないだろうか。リリアちゃんなんかまさにそんな感じするし。


「でもこれだけ顔がよくて収入良きゃこんな美人七人と付き合えるんだなあ……」


 カノウさん、そんな恨めしそうな顔しないで。いつかきっと、あなたの良さを分かってくれる女性が現れるよ。あとわたしのこと美人に入れてくれてありがとう。ちょっと嬉しい。


「ほんとだよ、なに一人で美人独占してんだって感じだよなあ」


「七股はクソですけど、ハーレムは一種の夢ですよね」


 こらー、男性陣。女性陣の冷たい目に気づけ。そりゃあ、きれいな女性にちやほやされるのは男性の夢かもしれないけどさ。でもこれの末路は全員に罵倒されて挙句殺人依頼出されるんだぜ。それでもいいのかい。


 なお、マキウチさんはゴミを見るような目で、「だからさあ、金持ってキャバいけばちやほやしてもらえるんだよ。それでいいじゃねえかよ、後腐れもないし」と夢も希望もない発言をしていた。言い分はわかるし、一番かえって平和的ですが。


 しかしマキウチさんはどういう女性が好きなんだろう。案外甘えさせてくれる年上とかが好きだったりするのかしら。ううーん、気になる。気になってしまうぞ。


「マキウチさんはモテるからそういうことが言えるんですよ」


「あのさ、俺がモテるっていうのはお前の妄想だからな。むしろモテてえわ。一回ぐらいモテたい」


 モテるっていうのをそういうふうに否定する人、初めて見た。いやいやそんなことはないですよ、と謙遜しつつまんざらでもない感じというのが王道パターンだと思われるが。そういや奴はそういうこと言っておいて七股やらかしてたんだなあといまさらながら怒りがふつふつと沸き起こってきた。あの野郎、地獄に落ちろ。


「いいじゃないですか、少なくとも今はキジョウさんにモテてますよ」


 だからやめろカノウさん。あんまり強く否定できないのが悔しい。わたしにモテてマキウチさんが嬉しいかが問題だけどな。マキウチさんはそれに対して、一人に好かれるのはモテるって言わねえんだよとだけ突っ込んでいた。いや、そこですか、突っ込みどころは。いいですけどね。


「キジョウさんと依頼人以外の元カノたちの話も聞きたいですね」


「タチバナの情報も欲しいしな」


 ……まあそりゃ情報は多い方がいいからそうなるだろうけど、どうするんだろう。と思ったら、聞き取りメンバーは名刺取りに来いとヨシカワさんが呼び掛けていた。……ここ名刺あるんだ?


「設定はタチバナの婚約者の家族から依頼を受けた探偵やからな」


 あー……なるほど……。事務所と言えば確かに探偵っぽいかも。しかしそれだと、相手によっては「あいつ七股してたんですか!」とガチギレされかねないのでは。まだ半年もたってないし。


 そういえばさらっと聞き取りメンバーからはわたしは外されていた。多分向こうは覚えてないだろうけど、まあ一回顔を合わせてるから念のための用心か。ちょっと聞いてみたい気もするけど、水ぶっかけられるのは嫌だ。


 マキウチさんも外されてる。……そういやマキウチさんはわたしがこっちに呼ばれてるから一緒に来てるんだもんな。当たり前か。


「キジョウさん、本当に未練ないわけ」


「ありませんよ、あんなやつ。付き合ってたこと自体が黒歴史です」


「あっそう。じゃあ最終試験で元カレの脳天ぶち抜けって言われてもやれるね?」


 それはちょっと。きちんとぶち抜けるか心配ですし。……ここで、確実に殺せるかどうかの心配をしだしたあたり、だいぶ染まってきたぞ。わたし、根本的に間違ってる気がする。


「とりあえず、キジョウさんはいったん通常業務に戻るよ。君の仕事、なんだかんだでたまってるからね」


「はい……」


 現実に一気に戻された気分。いや、もとより現実なんだけども。なぜか鼻歌を歌ってるマキウチさんの後ろを、わたしはとぼとぼと歩いた。




 わたしがマキウチさんにしごかれながら仕事をこなし、ご飯を食べ、また仕事しだした昼下がりごろ、聞き取りメンバーが戻ってきた。即、情報交換である。


「えーっと、一人目、マナベリンですが、彼女はタチバナの大学の先輩にあたるようです。おそらく一番長い付き合いのようですね。例の糾弾会の後、LINEで言い訳をしてきたタチバナに『お前なんか死ね』と一言だけ返信ののちブロック、以降連絡を絶っているそうです。タチバナの近況も一切知らず、まさにキジョウさんのごとく『あいつと付き合っていたことがわたしの恥』と言ってましたね」


 後ろのプロジェクターに映った写真を見て、あの綺麗なロングヘアのお姉さんっぽい人だ、と気づいた。思いのほかわたしと性格が似てるらしい。まあでも、死ねって言いたくなる気持ちはわかる。大いにわかる。死ねだよね。


「次に、クサカベリナ。彼女はタチバナの学生時代、アルバイト先で出会ったようです。糾弾会の後、言い訳をしてきたタチバナのラインのスクリーンショットを共通の友人に送り、根回しを図ったようです。この時点でタチバナもクサカベさんもアルバイト先はやめてますが、かなりタチバナの印象は悪くなったみたいですね。『かっこいい先輩だと思ってあこがれて多分がっかりしたけど、あんなクズだってわかってよかった』と言ってましたね。恨みつらみはまだあるみたいで、『まだあるなら連絡くれたら話しますよー。あいつの恥ずかしい話とかめっちゃわたし知ってますから』と協力を申し出てくれました」


 次に映し出されたのは、あの妹系のゆるふわパーマのかわいい子だった。なかなかにしたたかである。きちんと奴の評判を落としてるのが偉い。わたしは母に泣きつくだけしかできなかったからな……。それにあいつと出会ったのは確か人数合わせの合コンの時なので、共通の友人というのもいなかった。


 そして恨みつらみはなかなか晴れないみたいだ。リナちゃん、クズのことはさっさと忘れて次いこ次。任務抜きなら変なよしみだけど、会いに行って話を聞きに行きたいぐらいだ。


「次に、シンドウリカ。彼女は高校の同級生で、同窓会で再開してから付き合ったみたいですね。糾弾会の後は、とりあえず両親と高校時代の同級生に泣きついたそうですが、これがかえってタチバナの評判を落とすのに繋がったみたいです。マナベさんが根回しをしたかは不明ですが、さっきのクサカベさんのとシンドウさんので、周囲からのタチバナの印象はだいぶ悪くなってるみたいですね。もちろん、知らない人もまだまだいるとは思いますが」


 映し出されたのは眼鏡美人さんであった。友達が好きなバレー漫画のマネージャーさんに似てると思う。ほんとあいつ、こんなきれいな女性陣を泣かせるようなことしてクソだなって思う。そして年齢層も年上、年下、同級生とバラエティに富んでるな。


 学年で言えば一学年下のわたしは結構半端だな……。


 しかしあいつ、後先考えねえな。マナベさんが根回ししてたら、大学時代の付き合いもほぼ全滅だろ。狭い業界だとそういう評判が命取りになって、転職がままならないとかあるみたいだし。ほんとばかだ。そいつと付き合ってたわたしも大バカなんだけど。


「余談ですが、シンドウさんはタチバナと別れた後、会社の先輩といい雰囲気になってるみたいですね。休憩時間に、彼女の勤め先の一回に併設のカフェで話を聞いたんですが、それっぽい人が迎えに来てたんですよ。別れ際に、『今はもうあいつのことは吹っ切って忘れたいので、話を聞きに来るのはこれっきりでお願いします』って言われましたし」


 ほんと余談だし、何でわたしのほう見て言うんだよ。そしてほかの皆さんも、ちらちらわたしとマキウチさんを見るのもやめて。マキウチさんは渋い顔でずっとプロジェクターをにらんでるけど。


「次に、ナカヤマリサ。彼女は脚本家の勉強をしながら、タチバナが最初研修として配属された店舗でアルバイトをしており、そこで出会ったようです。あの糾弾会の後、アルバイトを辞めたうえで、匿名で会社のお客様サービスセンター宛てにタチバナの所業をはがきで送ったようですね。そのせいかわかりませんが、タチバナは社内でもかなり嫌われてるみたいですね。表向きは経営者の息子なので、普通にふるまってるようですが」


 映し出された女性の顔は、逆に見覚えがない。けれど、消去法で考えると、あのギャル子ちゃんだろう。……素顔は結構地味目なのね。わたしはこっちの方が好きだけど。そして脚本家目指してるのか。素顔を見ると納得するけど、あのギャル姿からは想像もつかない。あのギャルファッションは一種の変身願望か何かなんだろうか。


 そしてほんと後先考えないバカであることが分かって、個人的にへこむ。何なんだよアイツ。死ね。死んでくれ。サクライケ嬢のくだりで政治家の大物さんたちとかにも悪行広まってるし、何なら親子で評判落としてるぞ。ばかなのか。死ね。


「余談ですが、ナカヤマさんは当時執筆していた脚本がギャルが主人公の話のため、なりきるためにギャルファッションをしていたようです。普段は普通のOLっぽい感じですね」


 そうだったんだ。ちょっと読んでみたい。どんな話なんだろう。今ってギャル自体が死語みたいになっちゃってるからな……。母親の世代はスケバン、わたし世代だとギャル、新たな時代は何と呼ぶのか。今って不良としても、記号的な、わかりやすいものってあんまりないよね。駅で見かける女子高生、大体似たような感じだし。


「最後に、カブラキリリア。彼女はキジョウさんやいままでの女性たちと違って、まだタチバナのことを吹っ切れていないみたいです。すっかり男性不信というか、かなりショックを受けているみたいですね。だからこそ、兄が復讐のために依頼をするわけですが」


 リリアちゃん、中身は乙女だな……。逆にわたしがおかしいのか?でもシンドウさんも職場の先輩とのロマンスが始まりそうなんだし、別にいいよね。リリアちゃんも、さっさとあのクズのことは忘れて、次行こうよ。いい男はいっぱいいるよ。某芸人のあれじゃないけど、この世には女の数と同じくらい男もいるんだから。


「今日の聞き取りも、付き添いの同僚のほうが喋ってて、彼女自身ははいとかええとか、相槌しか打ってませんでした。気の毒なくらい憔悴してました」


 ……ほんと、馬鹿のことはさっさと忘れようよ。なんか、仕事関係なしに、慰めてあげたいぞ。そんな純情でかわいい子をよくもまあ傷つけられるな。そりゃお兄さんが怒るわけだ。


「正直、タチバナが同情の仕様もないクズなのがわかりましたよ。元カノたちに罵倒メールが続々とくる中、カブラキさんにはすり寄ってきたみたいですね。彼女も最終的にはもう付き合えないとタチバナを振ったそうですが、その時タチバナに言われた捨て台詞がどうしても忘れられないらしくて。今でも意気消沈してるみたいです」


 ほんと死ね。マジで今すぐビルから飛び降りて死んでくれ。死なねえならわたしが殺す。どうせ最終試験でお前を殺さなきゃいけないんだ。お前がただクソなだけなのによくも人を傷つけられるな。


「クズだと躊躇なく殺せていいな」


「確かにね」


 評価が下がってるのはあいつであってわたしではないのだが、ここまで人にボロボロに言われるような男と付き合っていたという事実がわたしの胸に刺さる。言ってるのは基本的に気のいい職場の皆さんなのが余計にしんどい。


「キジョウさんは男を見る目が本当にないねえ」


 マキウチさんにとどめを刺された。ぐうの音も出ません。一番あなたに言われたくなかったよ……。


「外面がこうも立派だと仕方ないですよ。詐欺師みたいなもんです」


 すかさずフォローが入った。優しい。詐欺師というのはピッタリな言葉である。実際、だましていたわけだしね。そこに関しては、マキウチさんはうん、それはそうだけど、と珍しく言葉を濁していた。


 何ですか、言いたいことがあるならおっしゃってくださいな。じっとマキウチさんの顔を見た。……目をそらされた。畜生。


 そして運悪く、終業を知らせるチャイムが鳴った。それを合図にするように、全員が散らばって、帰宅や残務処理に入る準備に入る。マキウチさんはその動きに紛れるように、喫煙室の方へ向かっていった。


 そしてわたしは、その背中をただ、見つめるしかできなかった。わたしの意気地なし。

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