第7話
結果的に、マキウチさんがカコさんの代わりに指揮をとり、その上でわたしも情報提供者と協力する、という方針になった。もっとも、カコさんが復帰したら、マキウチさんは外れるらしいが。
「しかし、ほんとに全員リから始まる名前とはねえ。よくもまあ揃えたよ」
そう、なんと捜査の結果、全員リから始まる名前だったのである。さらに全員、奴からリーちゃんと呼ばれてたというおまけ付きだ。
わたしも正直、一周まわって感心してる。しかもタイプはより取り見取りときた。いっそ七人集合写真を撮って、パッケージ化したいぐらい。タイトルはR100%なんてどうだろう。
まあそんな馬鹿な妄想はさておいて、わたしはせっせと奴の情報を提供した。やけになって消さなくてよかった、連絡先。とりあえず連絡先やら奴とのツーショットやら、デートした場所やら行ったレストランなどの情報を伝えた。なんでもいいから教えてくれとのことだったので、知りうる限りのことは伝えておいた。
ちなみにその報告をするたびに、マキウチさんがすごく渋い顔をしてくる。何だ、何なんですか。
「いやあ?女は上書き保存っていうからすっかり記憶から抜けてるかと思ってたけど、ずいぶん細かく覚えてるからねえ」
「覚えてるわけじゃないですよ、なんか参考になるものないかなあと思ってスマホ漁ってたら、過去のわたしが無駄に日記をつけていただけです。今じゃ全然ですが」
そう、わたしには特に日記をつける習慣なんてなかったはずなのに、奴と交際していた約二年間、律義に日記をしたためていたのだ。日記といっても、スマホのカレンダーアプリに、何があったか、を簡易的にメモしたものにすぎない。
それに毎日やっていたわけではなく、振り返るに、奴のデートとアイドルグループのコンサート、あとは仕事の愚痴やらで埋め尽くされていた。
ほぼ愚痴だったのが我ながら悲しい。そして、デートの時に無理やりハイテンションな感じの文体で書いてるのが空しい。さらにいえばコンサートがあった日のメモは、「尊い」「いい」という文字しか残ってないのがほんと限界オタク感出てて恥ずかしい。
今回の仕事が終わったら消そう。わたしの黒歴史だ。消すついでに機種変しようかな。心機一転。
「ふーん?普通そういうのも、別れたらすっぱり捨てるんじゃないのー?」
ほんとになんなんですかマキウチさん!すごく気になるぞ、その感じ。そしてなぜミサキさんとカノウさんはにやにやしてるんですか。やめてください。そしてもう一人、にやにやしてた人がいた。
「なんや、痴話喧嘩か二人。まあ、元カレイケメンやもんなあ。マッキーもまあまあモテるけどもさ」
痴話喧嘩も何もそういう関係ではないです!そりゃあね、恋で傷ついたら恋で癒せという母上の至言もあるわけですけど。そしてマキウチさん、やっぱりモテるんですね。大学生にして初めて彼氏ができて、そのあと付き合ったのがアイツというわたしとは経験値が違うようだ。
「ヨシカワさん、デマを流さないでくださいよ」
「だってめっちゃ気にしとるやんけ、ジョーの元カレのこと」
「標的のことを気にするのは普通のことですよ」
「いや、そういう気にし方やないぞ。どうあがいても彼女の元カレを気にする彼氏やったぞ」
ええ……。確かに妙に突っかかるなとは思ったけども。カノウさんとミサキさんはそれにうなずかないでください。そしてなぜわたしはちょっと嬉しいとか思っちゃうんだよ。
「はあ?違いますよ」
「いや、明らかにそういう感じでしたって。そうか、マキウチさん、年下好きかー」
「ほんとに付き合っちゃいましょうよ、お互いフリーなら問題ないでしょ」
はやし立てられて微妙な気持ちになる。やめてくれい、わたしは消したい過去を突き付けられてメタパニ状態なんだ。そりゃあ馬鹿と別れて私はフリーだけど、マキウチさんがほんとにフリーとは限らないじゃないですか。内緒で付き合ってるかもしれないし。モテるならなおのことだ。
「カノウちゃん、お前マジで見損なったからな。この状況じゃキジョウさん何も言えねえだろうが。ちょっとは気を遣えよ」
わたしはマキウチさんなら構いませんよという言葉をかろうじて飲み込んで、だんまりを決め込んだ。それにしても紳士だなあ、マキウチさん。この状況でわたしを気遣ってくれるとは。
「いや、でもキジョウさん的にはまんざらでもないんじゃないですかね。この前マキウチさんフリーっすよって言ったら、ちょっと嬉しそうでしたよ」
なんてこというんだカノウさん!!!そしてわたし、嬉しそうな顔したかしら、と頭を抱えたくなる。いや、でもそんな顔したかもしれない。にやついた可能性は盛大にある。なんせあの時はマキウチさんにときめきを覚えて……やめよう、考えだすと墓穴掘りそう。そして、今でも相手がマキウチさんならまあ……という気持ちはそれなりにあるわけで。
「カノウ、あとで来い。何俺が寂しい一人もんだってバラしてくれてんだよ。ふざけんなよ、プライバシーの侵害だからな」
「そこまで言ってないじゃないですか、フリーだって言っただけですよ」
「事実上言ってんだよ。悪かったな、三十五にもなって独り者で」
マキウチさん、すごいやけくそ気味だ……。プライバシーの侵害というのはごもっともな主張だと思うけど、独り身なのは別に気にすることでもないと思うんだけどなあ。でも周りからいろいろ言われてうるさいってぼやいてたらしいしな。マキウチさん、意外とお坊ちゃんなのかしら。そのお年で独身貴族の男性は今時珍しくないと思うけど、あれか、家庭板でよくある跡取りがとかってやつかしら。
「俺、悪いとも何にも言ってないですよ。それに、いいじゃないですか。キジョウさん、嬉しそうってことは、気があるってことですよ。いまだってまんざらでもなさそうですよ」
やめろカノウさん。プライバシーの侵害……ではないけど、でもやめろ。わたしの表情から感情を読み取るんじゃない。そんなに顔に出やすいのかしらね、わたし……。
「それはカノウちゃんの主観、どう思ってるかはわかんねえだろうが、本人以外。お前ほんとやめろよ」
「まんざらも何もジョーとマッキー出来とるんやろ?」
ヨシカワさん、小指立てないで。そういう関係ではございませんからね。出来てません、上司と部下の関係ですよ、今は。これからも、多分。
「ヨシカワさんこそどうなんですか。この前駅の方で女の子と一緒でしたよね」
「マッキー、待て。いつ見たんやそれ」
おっと、マキウチさんからの反撃が来たぞ。ヨシカワさんが明らかに慌ててる。声のトーンは変わらないけど、狼狽してるのが目に見えた。
「えっとお、先週の土曜日だったかなあ」
「ちょっと、あとで来てくれ、それはあかん、やめろ、ちがうねん、あいつは彼女とかではない」
ヨシカワさん、彼女じゃないけど見られて動揺する相手って何なんですか。マキウチさん、頑張って追及してください。と思ったら、横からミサキさんの追撃が入った。
「ヨシカワさん、じゃあどういう関係なんですか?まさか、不倫とか?」
「ミサミサ、ほんまやめてくれ。不倫ではない、俺はそもそも結婚しとらんし」
「えー、でも、ふつう彼女と歩いてたの見られてそんな動揺しますかあ?やましい関係なんでしょ?」
「ミサキさんの言う通りですよ、彼女だったら別にねえ?」
「お前ら、ほんまやめろ。マッキーもなんでミサミサ嫌いな癖に一緒になって俺を攻撃するんや」
「いや、別に嫌いじゃないですよ?それに今は意見が一致してるので、協力してるんです」
「やだあ、ヨシカワさんったら。マキウチさんはガチで嫌いな人なんか即斬りする人だって、一番知ってるくせにー」
ミサキさん、笑顔で言うことじゃないと思うよ。この人ほんと鋼のメンタルだな。うらやましいことこの上ない。ヨシカワさんはとりあえずさんざんわたしとマキウチさんをいじり倒した罰だと思うので同情しません。
そしてマキウチさん、嫌いではないんだ。ダイナマイトで吹っ飛ばすとまで言ってたのに。あれか、苦手なタイプってだけなのかしら。よくわからないけど。
「ミサちゃん、すげえな。メンタル強すぎない?」
「そりゃあ、母親になるしねー、強くなきゃやってらんないわ」
待って。さらっとなんかすごいこと言わなかったかいミサキさん。ミサキさんが何歳か知らないけど、多分わたしよりお若いよね。まあ生物学的理論でいけば中学生でも出産はできちゃうから、へんてこな話でもないけども。それに私の同級生でも大学在学中に出産した子、居たしな……。それを抜きにしても、もう結婚して子供がいる友達、五人近くいるし。
ちなみにこの発言に、全員目をむいた。マキウチさんも目を見開いてまじまじとミサキさんの顔見てる。マキウチさんも知らなかったんだ。
「まて、ミサミサ、お前ものすごいさらっと重要事項発言したな」
「あ、はい。一応安定期入ってから言おうと思ってたんですが、すいません、わたし妊娠してまして。ついでに発覚したその日に付き合った彼氏と入籍したんで、実は苗字もミサキじゃないんですよね。所長とイガラシさんには報告してたんですが、みなさんには折を見て報告しようと思ってて、タイミング逃しまくってました」
お、おおう……。そうだったんだ。すごいなあ。ミサキさん、彼氏がいるといわれても驚きはしないけど、人妻で赤ちゃんがいるとなるとびっくりするぜ。
「ええー……仕事はどうするの、産休取るわけ?」
「一応その予定で、だからわたし、ずっと事務専で実戦出てなかったでしょ?」
「あー、確かに。ミサちゃんずっと事務所だったよね。そういうことかあ」
「復帰する気あるなら育休一年は取れるぞ。お前は貴重な戦力やから、できれば残ってほしい」
「復帰はしたいですけどねー、赤ちゃん次第かなあ。今のところ元気ですけど、ほら、何があるかわからないし?」
ミサキさん、すごいゆるふわ女子だと思ってたけど、しっかり者だなあ。お母さんになるからかしら。
「まあ、産むまでが妊娠やしなあ。用心は大事やな」
「出産は奇跡ってドラマでも言ってるしなー」
「無理しちゃだめよお、身体は一つなんだから」
ちょっと和んだ雰囲気になった。人の幸せを素直にお祝いできるのはいいことだ。わたしはその心をなくさずに生きていきたい。なくしてしまったら幸せから遠ざかりそうだし。
わたしは心の中でミサキさんに拍手を送る。ちょうど、時報のチャイムが鳴った。お昼時間である。
ミサキさんはさわやかな笑顔でお昼はいりまーすと宣言して、身重じゃなければスキップしてたのではと思うくらい軽い足取りで部屋を出て行った。うん、やっぱり母は強いわ。
「いやあ、ミサキさんには驚くね……」
そうボソッとマキウチさんがつぶやいたのを、わたしは聞き逃さなかった。そうだよね、情報網はりまくりのマキウチさんですら、本人が暴露するまで知らなかったもんな。
「でもいいなあ、幸せそうで」
心からそう言った。ミサキさんの顔は晴れやかで、まあ本心では不安もあるだろうけど、かなりワクワクしてるんだろうなあ、というのは伝わってきた。実にうらやましい。結婚の前に彼氏を……だけどさ、わたしは。
「ふーん、キジョウさん結婚したいんだあ……」
何ですかその意味深な顔は!今ほどミサキさんもヨシカワさんもいないことがありがたいと思ったことはない。
「いやいやいや、結婚は妙齢女性のあこがれの一つでしょう」
「そう?今はキャリア優先って女子も増えてるって聞くけど?」
「まあ、そういう女性もいなくはありませんが……」
「キジョウさんは彼氏に振られたばっかりだから、仕事に生きる道を選ぶのかなって思っちゃったけど、俺の思い込みなわけね」
……どういう意味なんだろう、本当に。わたしがどういう人生計画立ててようと、マキウチさんにはあんまり関係ないです……よね。ほんと、その意味深な目線は何なんですか。
マキウチさんはそのまま、じゃあ俺便所行ってくるから、と明るい声で宣言していってしまった。……これはこれなのかしら、どうなのかしら。
意図が全く読めなくて、わたしはただ悶々とした。
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