乙さんと俺

@Nantouka

乙さんと山道

日差しが強くなってきて、汗ばむようになってきた初夏の頃、

俺は俺のお下がりの車で金曜の深夜、助手席に酒を飲んでいる乙さんを乗せて山道を走っていた。

目的地は今,走っているこの山道だ。

この山道で数か月前に人身事故があった。被害者は即死、乗り物はバイクで、どうやら攻めていたという話だ

それで事故が発生、崖下に転落し亡くなってしまった。だが、只の事故ではないらしい

調べてみるとここはどうやら出るところらしい。その為深夜通る者が居なく、その事故をした者は深夜。思う存分、この山道を走れていたという話だ

その道理の一致は俺の腑に落ちた。そして俺は考えた。

そのものはみてしまったんじゃないか、と

走っている時に、この世のものじゃないものを見てしまいそれで事故った。

だから、俺は乙さんを乗せてこの山道を走っている。

「それにしても本当に誰も通りませんね」

「まあ、こんな時間、こんな奥深い山道を走る奴なんてそうそう居ないだろう」

乙さんはそう言いながら窓の外を見ていた。俺も傍目で乙さんの方の窓の奥を見る

街灯は数がかなり少なくなっており、一つ、一つの間隔が広くなっている。

一本すぎるごとに暗闇が訪れる。その奥、下方には森の木々があり、

闇の中、一層に黒く染まっていた。

この山道には沿うように白いガードレールがあり、そしてその先は崖だった。

ここから落ちた事を想像すると万に一つも助かりはしないだろう

俺はぶるっと身を震わせ、車の速度を落とす

「こんなところよく攻めれるな、俺なら絶対に御免だな」

乙さんには事前に此処には出る事、数か月前にここで事故があった事、

そしてその人物が山道を攻めていた事、俺の知っている限りの事を伝えていた

俺は安全運転を心がけ、速度を落とす、最高速度以下を前々から保っている

実にいい心がけだと思う。

「そうですね、俺も御免こうむりたいですね」

この山道は中央線が無く、車幅は約一般車二台やっと通れるぐらいだった

しかしバイク一台ならと考えると結構な広さがある、速度を出したいとは思わないが

俺はふと、隣に座る乙さんを見た。乙さんはフロントガラスの上部を見ている。

空を見ている感じではなくフロントガラスの上部を静かに見ていた。

虫か何かぶつかって潰れただろうと思い、俺は目の前に集中する

カーブに差し掛かった。俺は丁寧にハンドルを回す。

未だ緩やかな登り坂は続いている

俺はバックミラーを見た。一瞬息が止まった。

黒い車が後ろに付いていた。それも結構近くに、

気づかなかったのはライトが下向きなのか、それとも光量が弱いのか

確かにライトはついてはいるものの、その光はあまりに弱弱しい

「譲ります」

俺は車の速度を落とそうとアクセルを踏む足の力を弱めようとした時

「いや、もう少し走ってみよう」

と乙さんは俺の行動を制した。

俺はその言葉に従い、速度はそのままのろのろと走る

乙さんはフロントガラスの上部から目を離さない

「さっきから付いていて、どんな速度になっても一向に追い抜こうともしなければ、離れようともしない、ずっと同じ間隔を保っているんだ。すげえ、ドライブテクだ」

乙さんは最後に冗談かどうか分からないような事を言うと座席に深く座った。

俺はへへっ、ひきつった顔で笑った

そして、再びカーブに差し掛かる。俺はバックミラーを見る。黒い車が現れた

そしてまたのろのろと山道を登っていると「好きなところで譲っていいぞ」と乙さんは言った。

俺は適当な場所で車を端に寄せて止めた。

しかし、一向に車が横から現れない。俺はバックミラーを見た

そこに黒い車が居た。一緒に止まっていた。

俺は心臓の鼓動が高くなるのが分かった。即座に扉全部の鍵を閉める。

そして、前だけを見て身を固める。乙さんは深く座ったまま、両手を頭の後ろに回し、変わらずフロントガラスの上部のミラーを見ていた。

1分も経ってはいないだろう、乙さんが急に、「俺、見てくる」と言って扉を開けた。

そして車内に俺を残して、「もしもの時に備えてお前は待機していろ」と、命令した。

そう言うと乙さんは車から出て、扉を閉めた。俺は即座に鍵をかける

バックミラーを見る。未だに黒い車が止まっている。すると乙さんが現れて

黒い車の助手席側の窓から中を覗いた。

そして少しの間、前かがみの姿勢で中を覗いているとと頭を掻きながら戻ってきた。

ガチャ、ドン、ドン

乙さんがドアを軽くたたく、その時、鍵を掛けたの思い出し、解除する。

「どうでした?」

そう聞く俺に対し乙さんは座席に深く座ると、「出してもいいぞ」と言った。

俺は一瞬何のことか分からなかったが、車の事だと理解するとエンジンを掛けた。

そしてのろのろと発進した。それに続いて後ろの車も付いてきた

「出来るだけ、安全運転で頼む」

乙さんはそういうと、前だけを見た。俺はチラチラとやはり後ろが気になり、バックミラーを見る

結果、その黒い車は峠を登って超える迄ついてきた。居ないと気付いたのは峠の最後にあったトンネルを越えた時だった。俺はそのままナビに従い、山道を下った

帰り路の最中、俺はやはり気になったので、聞いた。

道中、乙さんから話してくれるだろうと思っていたが、俺から聞かないと答えてくれそうになかった

「あの黒い車、どうでした?」

乙さんは、あぁ、と言うと特に変わった様子もなく答えてくれた。

「あの車の中、普通に運転手が居たんだ。それで、あ、人が居るって思って声を掛けようとしたら、よく見ると目をかっ開いて、独り言でぶつくさ、ぶつくさ言っているもんだから、あぁ、これはやばい人間だなって思って何もせずに帰ってきた」

そして、そんだけ、と言って、言い終わった。

「何で戻った時すぐに教えてくれなかったんですか」

「そりゃ、安全運転に支障が出たら困るだろう」

「確かに不気味ですけど、その程度じゃ動じませんよ」

俺は少しだけ強がった。

そんな俺の事はどうでもいいかのように乙さんは呆れたようなため息を吐くと、

「何が影響するか、わからん、なんせ、あいつお前の本名の下の名前を呟いていたらな」

えっ、と俺は心臓が止まった。

乙さんはそんな俺なんか気にしていないように前だけを見ている

「まぁ、お前の下の名前はよく名前だから、ただの偶然だろう」

「乙さんのは?」

「俺のはあまりないからな、呟いてはいなかったな」

俺はバックミラーを見た。そこには車が一台後ろに付いていた。

不意に付いてきているやばいと思い、とっさに振り切ろうとアクセルを踏もうとした瞬間

「安全運転だ、よく見ろ」

と乙さんが少しだけ語気を強めに言った。俺はその一声で我を取り戻した。

俺はバックミラーを見た。そこには青い車で、カップルらしい男女が乗っていた。

隣で乙さんはため息を吐く

「怖がるのなら手を出すな、全く」

と俺に言った。

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