あめ

 男はつまらない雨の日みたいに濁った目で僕を突き刺した。僕は胸につけたロケットのバッジを守るように手で囲む。

 細い路地がいくつも重なって少し開けた場所に僕は男とともにいる。男の腕にはドラゴンに似た絵が描かれていて、ちょっと怖かった。

 僕たちの教室の、半分の半分くらいのスペースだったけれど、そこには生活感があり、端の方に置いてあるよれたマットレスに男は寝そべっている。周りにはお酒の瓶が転がっていて、なんだか吐き気がする。緑色のバナナをそのまま腐らせたみたいな、ひどい匂いだった。

 男は気まぐれにこちらに来ては、僕をそのドラゴンの腕で殴りつける。痛くて、怖い。

 いつもなら、今頃テレビを見ているだろう。

「おいガキ、お前、覚えてるんだよな?」

 男の凄まじく黒い声が狭い空間に鳴り響く。

「ぁ」

 思ったよりも自分の出した声が小さく、その声は男の臭い息にかき消されてしまう。またあの景色がフラッシュバックする。


 くぐもった、古びた景色が流れる。陰鬱な雑木林を超えた先。木材がどこか寂しく散っている。見たことがない明るさの美しい夕日が沈み、風が吹き去る。

『湿った霧雨の跡』

 目の前の男は赤い日のせいか、或いは付いた血のせいか炎のように緋色に見えた。

『五月蝿い蝉の声』

 舞う砂に男の影が溶けていく。こちらへと、男が何か喋ったが、言葉はほどけ、届かなかった。

『飛蛾の火に赴くが如し』

 男が僕に手を伸ばす。僕の視界は黒く染まった。


 目覚まし時計の鳴るように、世界が僕の意識を叩き起こした。僕は、この男が人を殺すところを見てしまった。男は僕を攫い、ここに連れてきた。多分、口止めをするため。

 男はさっきから電話で何か怒鳴っていて、「死体の処理が」とか「状況証拠」とか。輪郭を持たない言葉たちが僕の耳を通り過ぎていく。

 友達の顔を思い出して、胸につけたロケットのバッジを握りしめる。リンタとコウメイがくれたものだ。二人が助けに来てくれる想像をしたら、涙が溢れてきた。

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