第5話 普通の依頼が欲しかったんだよ、本当は

「あら、ご主人様。今日は、依頼を受けて稼いで帰ってくるはずでは?」

「稼ぎの観点でいうと十分なんだけど、悲しいかな。しばらく、依頼を受けている時間はなさそうだよ」


帰宅すると、開口一番で首を傾げるイリスに対して、僕は感情を表に出さないようにそう言った。彼女は、わずかに眉を顰めるだけで済ませたけど、その表情は複雑な心情を思いきり表していた。


「あはは、君はまだまだ甘いなぁ」

「ご主人様、それは分かっている時でも言ったらだめなんですよ?というか、それがわかっていて、どうして暗殺依頼を受けてしまうのですか」

「仕方ないでしょ、見に行ったらこの依頼を進められたんだから」

「はぁ、これだから」


もともと、表の世界で生きていたイリスには「殺し」が日常であるこの世界は窮屈だ。異能に目覚めるのは、人によって時期が異なる。僕のように、この世界でごみ拾いと殺し合いをしながら生きていれば、別に暗殺任務くらいどうということはない。

だが、表の世界から来た人間は別だ。ランキング上位者でも、まれにジャイアントキリングで殺されることがある。その多くは、「殺しを戸惑った」という理由だ。倫理観や常識なんて言うのは、平和な世界でしか生きたことがない、平和ボケした人類の戯言なんだよ。


「できれば、やめていただきたいのですが」

「それは難しいかなぁ、結局僕らの仕事は戦争の補助だからね。各国が、頑張って値千金の戦士を獲得して、主要人物や恨みの先を殺しあうんだから。僕らは、人の不幸にたかる、ハイエナなんだよ」

「それでも、私は悲しいことだと思ってしまいます」


視線を伏せて、いつもは力強い意志を宿している瞳も、今は元気がない。でも、申訳がないけど、こればかりは僕ではどうにもできないことだ。結局、僕たちは「人型の決戦兵器」以外、何者でもないのだから。


「さて、僕は暗殺任務に向けて情報収集をしてみようと思う。今日は、これ以上活動していると、怪しまれるから無理だけど。明日から、徐々に家を空けることが増えるかな」

「そうですか。とはいえ、私のほうも、学園が始まりますので、お世話できない時間が増えてしまいます。誠に申し訳ありません」

「いやいや、学園のほうがこんな家より断然安心安全でしょ?たくさん勉強して、強くなるんだよ?人なんて、殺さなくても良いくらいに」


そう、イリスは学園と呼ばれる教育機関に通っている。本来であれば、15歳以上の男女であれば、その門を叩くことが可能だ。とはいえ、僕のような学もなければ教養もない人間が、おいそれと入れるような場所ではないけど。聞いた話によると、今年は結構な豊作らしい。もちろん、イリスもその豊作と呼ばれる人たちの一人だ。


「はい、私が頑張ってご主人様を養えるようになりますっ!」

「是非ともよろしくお願いする」


瞳に炎を宿して宣言するイリスに、僕はただただ頭を下げてお願いするばかりだ。無理に、見栄なんて張っても仕方ないからね。養ってくれるのであれば、僕は喜んでヒモになろう。


「ふふふっ、これでは立場が逆転してしまいますね」

「それはいいや、僕もそのほうが気楽だしね」


僕よりもランキングが高い彼女を、なんで僕が召使にしなきゃいけないんだ。その疑問は、僕の中に常に残っているしね。稼ぎの問題というか、単純にこの世界は強さがすべてなんだから。強者が、僕のような弱者に従う理由はないでしょ。


「何考えてるのか知りませんが、私はご主人様には勝てませんよ」


きれいに心の中を読み取られたな。付き合いが長いからできるのか、それとも僕が単純なのか?いや、できれば前者であってほしいけど、暗殺任務に支障が出なければいいんだけど。


「それは、殺しがあるときの話でしょう。殺しの技術しか持ってない僕に、力比べなんて無理だよ」

「それは………確かに、そうですね」


僕が持っている殺しの技術を使えば、戦うことができる。だが、それ以外の戦い方を知らない僕に、力比べなんてできない。殺すか、殺さないか、その二択。それは、僕にとって、戦うか戦わないか、という選択肢に他ならない。


「はぁ、僕も普通に戦える異能があればいいのになぁ」

「そればかりは、難しいですね。異能は、一人一つですから。ご主人様の能力は、単純ですが強力ですからね」

「いやいや、空間操作系の異能を持ってる人には苦戦するよ。それに、防御力が高い人も無理だし」

「まったく、わがままですねぇ」


わがままって、僕は事実を言っているだけなんだけど。だって、僕は刀を振るう必要があるのに、相手は手を出しただけで炎が噴き出るんだよ?よくわからない防護壁ができてたり、瞬間移動したりする人もいる。

戦ってきたけど、何人かは取り逃がしたことがある。僕だって、無傷で済まなかったんだから、もう少し僕の強さを疑ってくれてもいいのに。


「それで、ご主人様」

「なに?今は少しだけセンチな気分なんだけど」

「それは大変ですが、こちらのほうが重要です」


ばっさり切り捨てられた、悲しい。


「勝手ながら、明日からお仕事を離れることになります」

「うん、だろうね。大丈夫だよ?」

「ええ、そこは心配しておりません。ですが、一つ約束してください」

「何を?」

「絶対に、ほかの女を連れ込んではいけませんよ?いいですね?」


いつにも増して、大迫力で僕に言い寄るイリスを前に、「え、うん」と頷くことしかできなかった。

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