修理屋の日常

 華やかに賑わう街並みから離れた閑静な通りにある古びた店。

 店先には『REPAIR』と『watchmaker』というふたつの看板が出ている。


「レイ!」


 部屋いっぱいにガラクタの広がる店内。

 様々な工具が散らかる机の上、名前を呼ばれ、そこで眠りこけていた店の主人は眠たそうな顔を上げる。


 ところどころ癖が付きはねている白みがかった灰色の髪が揺れる、その下からは重たげな瞼と銀灰色の瞳が覗く。

 着用するシンプルで地味な色のパーカーはサイズが大きいのか、もしくは彼が細身なためか、少しぶかぶかとしていて彼の姿勢の悪さも相まってだらしなく見えた。

 体を起こすと胸元にはネックレスが掛けられているのが見える。細く艶のある黒の革紐に、その先には鈍い銀色をしたスティック型のペンダントが付けられている。

 彼がこの店の主、なのだが、表情が薄く愛想もなくやる気のなさだけが見て取れる眠そうな顔、作業服とも接客用とも到底言えないような服装、本当に店を任せて大丈夫なのかと不安になる。

 まあ店の主といっても、彼は一応十六歳。灰色の髪とその性格から少し大人びて……というより老けて見える、ので、青春真っ盛り!には到底見えないけれど。


 そんな店の主、レイの無気力な瞳には幼い子供が映っていた。


「なんだよ、アカネ」


 レイはめんどくさそうに欠伸をひとつする。

 そんな相変わらずの態度にアカネと呼ばれたその子は赤いほっぺを膨らませた。


 短く揃えた赤い髪にくりくりとした円らな瞳、背丈はレイの作業机から頭も出ないほど小さく幼い。その小さな体をセーラーカラーの付いたワンピースで包み下には黒のズボン、そしてその足元には可愛らしいくまのスリッパ。

 子供らしく舌足らずな言葉使いに元気で愛くるしい容姿をしている、が、本人曰くこれで年齢は十八歳。この幼児体型でその年齢、とてもじゃないが信じろというほうが難しい。

 また性別も幼い見た目だけでは男の子にも女の子にも見え判別がつけられず、実際にそれを尋ねても本人には曖昧に誤魔化されるだけだった。

 数年前のある日からレイと一緒に暮らしているが、それまでの素性も明かそうとしない、何やら謎多きちびっこ。


「なんだよ、じゃないでしょ」


 そんなアカネは呆れたようにわざとらしく溜め息をつき、むすっとした表情のままレイの傍へと寄って行く。


「お客さん来ないね」

「そうだな」


 レイは素っ気なく答えると「それだけか」とまた眠りにつこうとする。


「ちがうでしょ!」


 アカネは声を荒げる。

 そのまま散らかる工具を押しのけ小さな体で机の上に軽々と飛び乗るとレイの頭をばしばしと叩いた。

 幼くか弱い手で叩かれてもそう痛くはない、けれど鬱陶しい、睡眠妨害をされていい気もしない。

 今度はレイがむすっとした顔を上げる。


「客が来ないのは仕方ねぇだろ」

「仕方なくない!レイの態度とお店がこんな状態なのが悪い!」

「そう思うなら片付けろよ」

「それはぼくのセリフ!」

「おまえどうせすることなくて暇だろうが」

「ぼくのこの小さな体でそんな労働できないもん!」

「そう言いつつ結局おまえもめんどくさいだけだろ」

「うっ」


 図星なのか、途端にアカネは「いやでも」と口をもごもごとさせ視線は泳ぎ散らかる店内に彷徨い出す。その様子に「そら見ろ」とじとりとした目だけを向けるとレイはまた机の上に突っ伏す。

 「ああもう!」とアカネはまた声を上げたが、こうなったレイにはもう何を言っても無駄だと悟り次に続ける言葉を探すのを早々に諦める。

 むすっとした顔のまま机の上から下り、傍にある木箱の上に腰を掛け、もう一度わざとらしく、大きな溜め息をつく。


「ねえレイ。レイはさ、このままでいいの?」


 窓の外を見つめながら、アカネは机の上に伏すレイに話しかける。


 レイのこの態度は仕事に対してだけのものではなかった。

 生活、趣味、対人関係、何に置いても無気力で、無関心で、大抵の時間をこうして寝て過ごし、閉じこもったまま心を動かそうとしたがらない。

 それがアカネには心配だった。


 窓からは人の行き交いの少ない閑静な通りが見える。

 この窓だけを見ていると変わるものなんてほとんどない。毎日が同じような日々の繰り返しで、時間なんて止まってるようにさえ感じる。


「このままずっとそうしてたら、置いてけぼりくらっちゃうよ」


 それでも時間は止まってなんかないし、窓の外に出てみれば変わっていくものだっていくつもある。

 このままここにいたら、その何もかもに置いていかれてしまうんじゃないか、そんな気分になる。

 閉ざしたままの冷たい部屋で、何も変われないまま静かに確実に、時間だけは過ぎていく。


「レイはこのままでいいの?」


 アカネはもう一度、レイに尋ねる。


「――別に、どうでもいい」


 素っ気なく、伏せたままレイはそう告げる。

 アカネはレイに向け何か言おうとしたが、上手く言葉が見つけられなかったのか俯いて唇を噛みしめた。


 チリンチリン。


 しばらくして、扉の開く音と鐘の音が聞こえてきた、アカネの顔がぱっと明るくなる。


「お客さんだ!」


 来客に喜ぶアカネを余所に、横からは舌打ちが聞こえた。アカネはぎろりと音がした方を睨むが、そこにはそれにも構わず相変わらずやる気のない表情をしているレイがいるだけだった。


「邪魔だから隅にでもいろ」


 レイの態度に不満を溢しながらもアカネは言われた通りに部屋の隅に移動する。……仕事をするのはもちろん、手伝いをするわけでもないらしい。

 散らかる部屋の中で手頃な木箱を見つけ、次にその上に積まれた物を雑に退かすとそこへ腰をかけた。そしてちらりと、レイの方に視線を向ける。

 レイは相変わらずやる気なく、そのままの態度で客の対応もするものだから頭を抱える。


「ああ、もう。お客さんの前でくらいしっかりしてよ」


 やっぱりぼくがそばにいるべきだったかな。アカネは何度目かの溜め息をつく。



「そうだな、じゃあ、ぼくから何か行動してみようかな」



 待ってるだけじゃ仕方ないしね。

 アカネは誰かに話しかけるように小さく呟き、決意を固めるように小さな拳を握る。


 傍らの窓から空を見上げる。

 青い空に浮かぶ白い雲が、ゆっくりと動いていた――。

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