修理屋日記

夏川

とある街の修理屋

 広大な湖に囲まれた街『レーヴェンツァーン』。


 その街は大きく、背の高い建物と目移りする程の店が立ち並び賑わっていた。

 人の往来も絶えることがない。日々多くの者がこの街へと足を運び、また多くの者がこの街を後にする。


 街には湖を跨ぎ対岸と繋ぐよう大きな橋が掛けられている。湖畔には小さな船着場がいくつかあるが、交通の便はその橋を渡る列車が主流となっていた。街の中心部にはそれを支えるための時計塔を備えた立派な駅が構えられており街のシンボルにもなっている。

 駅を中心とするように街は活気づき賑わいを見せていた。街のシンボルに向かうよう続く広い通りには暖かみのある色合いの煉瓦や石造りの建物が並び、脇には街路樹が植えられ彩りで溢れている。洒落た店が軒を連ね掲げられる看板もまた華やかで、それぞれの顔を現すようどれも工夫がされていてた。個性豊かな顔ぶれに通りから店先を眺めているだけでも飽きない。

 人の流れも絶えることはなく、両手に荷物を抱えショッピングを楽しむ人、カフェに入りゆったりと過ごす人、華やぐ通りを眺めて歩き堪能する人、建ち並ぶ店の多さに行く先を悩む人、足を休める間もなく通り過ぎていく人、活気の溢れる通りには様々な人で賑わっていた。



 この物語はその賑やかな通りから始まる――



 のではなく、その活気溢れる通りからははずれたところに佇むある店から。


 賑わう通りから離れ入り組んだ細い路地を抜けていくと古い住宅街が建ち並ぶ裏通りに出る。

 この街にはできた当初からある古い通りと街が発展していく中で新たに作られた通りが混在し、通りにより景観や様子もがらりと変わった。中心部から離れるほど街は賑わいを潜め建物までが落ち着いた色に変わっていく。細い路地にでも入ると階段や坂、水路が多くなり人の往来も少ない。

 その通りはそんな裏通りの中でもそれなりに広さはあるほうだが、表通りとは比べるまでもなく閑散としていた。落ち着いた、というより、寂れたという言葉のほうが似合いそうなほどで、どこか褪せてしまっている印象を受ける。

 秋の終わりを告げるような冷たい風が色めき枯れていった木の葉を運んでゆき、どこか物悲しさも感じる。


 その店は、そんな静かな通りで周りの少し背の高い建物に囲まれるように、ひっそりと在った。


 店、と言っても店らしい外装をしているわけでもなく、ただの一軒家として周りの建物に紛れてしまっている。

 唯一そこが店だと判別できるのは表に看板が掲げてあることだけだが、その看板も見逃してしまいそうなほど目立たずにひっそりとしていた。

 店先に掲げられた看板は最近作られたものなのか建物に比べるとまだ新しく、しかしそこには表通りで掲げられていたものとは違い個性も華やかさもない質素なもので、ただ『REPAIR』とだけ書かれてある。直訳すると『修理』。

 また店の扉の上にも看板が掛けられていた。こちらは少し色褪せ文字もところどころ擦れてしまっている。その古びた看板には『watchmaker』と書かれてあり、直訳すると『時計屋』。

 この店はもともと時計屋を生業としていたが、今では修理屋としての仕事が主となり時計屋としての仕事はその傍ら、ということらしい。

 高い建物に囲まれてしまっているせいであまり存在感はないが、古くに建てられた周りの建物に比べても新しくないその店はいい意味での古臭さを纏っていた。


 その店の両開きとなっている大きな扉を開けば「チリンチリン」という可愛らしい鐘の音が出迎えてくれた。

 ……逆に言えば、鐘の音くらいしか出迎えてくれない。


 店の中は一見したところ人の姿が見当たらず、物で溢れていた。

 商品棚の上に所狭しと並べられバラバラの時間を刻み動かない時計たち。

 客を持て成すために備えられているソファーとテーブル。

 修理、製造のための工具と部品が揃った……というより散らかっている作業机と、それを兼ねそろえたレジ。

 そして、店内を埋め尽くすかのように無造作に積まれた用途不明のガラクタたち。


 それなりの広さがあるその店も狭く見えるほどだ。それ以前に、とてもじゃないが客を呼び商売をしているようには見えない。

 よくよく見れば、商品であろう時計たちは埃を被っているし、ソファーは破れたり解れたりしている個所がある。そのうえ店内の大半を占めるガラクタたちは容赦なく商品棚、ソファー、テーブルと所かまわず侵略している。

 商品の扱いもままならず、足の踏み場にも困るようなここで本当に店をしているのかと問いたくなる。


 そんな散らかっている店内の、散らかっている作業机の上、物の山に埋もれるようにして眠っている者がいた。

 日は高く、店はすでに開いている時間であるはずだが、そんなこともお構いなしといった様子でぐっすりと寝込んでしまっており起きる気配はない。

 この人物がこの店の主であり、この物語の主役だったりする。

 ……とてもそうが思えないが。


 この物語は、静かな通りにある修理屋(兼時計屋)と、この眠りこけていてやる気の見当たらない店の主の日常を描いた物語。

 に、なるはずである。

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