第17話 親心子不知。
朝帰りして眠りについた篤川優一は、昼には目が覚めた。
朝まで深酒をしていた影響で、食事をする気にはならないが、新年らしく親に挨拶くらいするべきだろうと起き上がると、飲み過ぎでむくんでいて、二日酔いギリギリになっていた。
スマホには真田明奈からの[おやすみ]の言葉。
小田美貴からの返事はなかった。
篤川優一は真田明奈には[おやすみ。というかおはよう。目が覚めたから、このまま起きる事にしたよ]と送ってから、もう一度2人で撮った写真を見て、気持ちを高めて両親に挨拶をした。
両親は篤川優一が寝ている数時間の間に、少しだけ取り決めをしていた。
それは「痛みで学んでもらう」、「痛い目に遭ってもらう」事だった。
母は篤川優一に「アンタ、最低ね」と言った後、リビングで篤川優一が眠ったことを確認してから、父に思うままの感情をぶつけていた。
「あんな子だと思わなかった」
「何がいけなかったんだろう」
「小田さんが可哀そうよ。きっと小田さんがウチに来てくれたのも、小田さんから行きたいと言ったんだわ」
「真田さんの名前は聞いていた。中学の時も、同じ高校になったと聞いていたし、大学は成績が合わなくて離れ離れになったって言ってた」
「今思えば、自然とあれだけ名前が出ていた子だもの、特別な感情はあったのよ。それならキチンとすればいいのに…」
吐き出すものを吐き出した後、母は落ち着いていた。
父は、真田明奈の事は知らなかったが、そういう子がいたのに何もなかったこと、そして、男性視点で行動を起こしにくい事を理解したうえで、母と篤川優一の事について話し合った。
篤川優一は成績も中の上にいた。
アルバイト先でも、両親が「一度はやるべき」と伝えた飲食業で、キチンと結果も出して、人との接し方も学んできた。店側の視点に立ち、視野も広がった。
就職もキチンと就職活動をした結果、中小企業ではあるが、無事に見つけてきてくれた。
だからこそ両親は油断していた。
女性問題を抱える息子を見ていなかった。
まさかこんなに優柔不断で、決断する事を恐れ、状況に流されるばかりで自分がない。
そもそも、真田明奈が本命なら、小田美貴と付き合うべきではない。
この年末から真田明奈と急接近したなら、小田美貴がいるからとキチンと断るべきだし、真田明奈と付き合いたいなら、キチンと小田美貴との付き合いにケリをつけてから真田明奈と出かけるべきだ。
それなのに優柔不断でどっち付かずで、「真田明奈が手配したから呼ばれただけだ」とのたまい着いていく。
そして心の底から楽しんで帰ってくる。
あの顔を見れば本心はすぐわかる。
恐らく、小田美貴の両親は柏手を打って喜んでいるだろう。
自分が悪者になって娘の初恋を台無しにしかけたところに、トドメを刺したのは彼氏の篤川優一。
後は篤川優一がフラフラしても、別れを選んでも全部篤川優一を悪く言えばいい。
【篤川優一は小田美貴が頑張っている時に、別の女と遊んでいた】
その言葉があれば、いくらでも自分たちは悪くないと言い続けられる。
篤川優一も今は良くてもそれは回り回って返ってくる。
因果応報、自業自得。
だからこそ痛みを持って学び、痛い目に遭って知ってもらう。
社会人になって、これからたくさんの目に遭う。
その前に周りから不評を買う優柔不断さで、少し懲りればいいと両親は思っていた。
眠る前に母に言われた「アンタ、最低ね」の言葉で、その先の説教に身構えていたはずの篤川優一は、ごく普通の両親からの対応に目を丸くするが、真田明奈と過ごした余韻を満喫したいので追求せずにいた。
挨拶を済ませ、お茶だけ飲んでリビングを離れ部屋に戻る。
部屋につくとちょうど震えるスマートフォン。
相手は小田美貴だった。
露骨にガッカリしてしまう篤川優一は、中を読んでみたが、ごく普通の文面だった。
[あけましておめでとうございます。お酒は美味しいんですか?私も二十歳になったら優一さんと朝まで飲んでみたいです]
[お酒かぁ、俺も美味しさとかはよくわからないけど、好みはあるよ。小田さんも好きなお酒が見つかるといいね。ご両親は飲める人かな?違うと体質的にも合わないから無理しないでね]
篤川優一は無難にメッセージを返しながら「小田美貴が20歳?俺は26歳だ…。どうなってんだろう」と思う。
26歳、確かホール社員や夏に辞めたキッチン社員はそのくらいの年齢だった。
ホール社員と、次の成人式に出る大学生のアルバイトを並べてみると、あまりの歳の差に愕然としてしまう。
小田母の言い分はごもっともだった。
逆に、26歳の自分と26歳の真田明奈ならお互い26歳だし、2人で並んでも違和感なんてない。
確かに小田美貴なら頑張って違和感を無くす努力をするかもしれない。
服装を年相応のものから年上が着るものにし、飲めずともノンアルコールで飲み屋についてくる。
だが、それを思うたびに「無理をさせている」と思っていて、真田明奈は「無理をしていない」と思っていた。
無意識でも小田美貴と真田明奈を比較し、勝手に都合よく答えを出してしまっている事に気付かない篤川優一は、先程まで一緒にいた真田明奈の顔や抱きしめた時の柔らかさ、触れた唇を思い出していて、真田明奈はどうしてるかなと思っていた。
ちょうど真田明奈を思っているとメッセージが届いた。
[おはよう。え?3時間くらいしか寝なかったの?優一は凄いね。明後日まで休みなんだよね?明日は浅草寺行こうよ]
文章が目から脳に届き、意味が分かると篤川優一は喜んだ。
明日も真田明奈と浅草で2人きりになれる。
[うん。明日もよろしく明奈]
指はかつてない滑らかさで動き、返事を送っていた。
篤川優一は夕飯の時も舞い上がっていたはずたが、親は何も言わず、「明日はどうするんだ?」と聞いてきた。
篤川優一が「出かけるよ」と言うと、「そう」、「遅くなるなら連絡をしなさい」とだけ言われた。
正月番組どころではない。
早く会いたかった。
篤川優一は、部屋で真田明奈の写真を見て、唇の感触を思い出し、顔と声と過ごした時間を反芻して、翌日を待ちわびた。
会いたかった。
早く会いたかった。
もうそこに小田美貴の存在はなかった。
まだ篤川優一に気持ちがあるのなら、何とかなった分水嶺がここにあった。
今こそ小田美貴は篤川優一に「会いたい」、「寂しい」、「待っていて」と言うべきだったが、母親とのやり取りで部屋に篭った時、寝ずに朝を迎えた事と、精神的な疲労のせいで眠気の限界がきて眠っていた。
小田美貴が眠っている間に分水嶺は過ぎてしまっていた。
その頃、真田明奈は思い通りの展開に、「いいのかなぁ、なんかスムーズ過ぎる展開は怖いなぁ」と言ってスマートフォンに入っているツーショット写真を見て笑っていた。
「なんか揺り返しとか来たらどうしよう」
そう呟き、直後に悪い考えを振り払うように頭を振ると目が回った。
それは深酒の影響、二日酔いギリギリで、「危な、明日は飲みすぎないようにしよう」と言いながら正月番組を見ていた。
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