第16話 小田美貴の年越し。

小田美貴は生きた心地のしない時間を過ごした。

もう荒れに荒れ、荒れ果てていた。


27日にあの真田明奈との事を聞かれた時、「行かないで」とは言えなかった。

それは真田明奈が、突き刺さすような目で睨んできて、言ってきた言葉が間違っていないから、年末年始どころかクリスマスも彼氏を孤独にさせてしまった。

真田明奈が言う通りなら、篤川優一は友人から、彼女とクリスマスにも一緒にいない事を言われていた。彼氏に恥をかかせてしまった。

だからこそ受け入れた。

受け入れた気はないが、反論できなかったのだから、受け入れたと同意だった。


だが、心のどこかで、それでも篤川優一が真田明奈を断ってくれないか、彼女の自分を選んでくれないかと期待していた。


だが、それは叶わなかった。



荒れに荒れ、荒れ果てていた小田美貴の負の感情は、小田父母にも完全なあおりが向かった。

イブの夜に見せた殺意満載の目と声。

キレ散らかす娘を子供扱いして、適当にあしらえば、昔のように勝手に機嫌を直すくらいに思っていた。


本来なら小田父母にも、殺気を向けられ、睨まれた所で認識を改め、考えと行動を修正する必要があった。


手放しで篤川優一に関わる事を許せば増長するし、更に成績も下げかねない。

だが、特別な日を少しだけ受け入れて、制限を設けても会わせるべきだった。


さもなければ更に力づくで黙らせるのも方法だった。

とにかく認識を改め、子供扱いをやめて、考えを刷新する必要があったが、小田父母はそれができなかった。


そして小田美貴も、【調子よく】、【都合よく】、【世界が自分に微笑みかけてくれる】なんていう幻想を捨て去り、他責思考を改めるべきだった。


26日、父母が余計な事を言わなければ、何時間も早く店に行き、篤川優一と同じ場所にいられたし、話もできた、そして甘える事も多分出来た。

それなのにスケジュール通りにされてしまい、篤川優一とは10分も一緒にいられず、夜には真田明奈がやってきて、「年末年始、篤川と年越し行かせてよ」と言ってきた。


彼女に向かって彼氏を貸し出せなんて、ふざけた事を言う以外はキチンとした人で、連絡先まで渡してきたが、認めたくなくて連絡はしなかった。



この晩も帰ってきた小田美貴は荒れていて、小田母はそんな娘に冷たかった。


「たかだか一緒に働けないだけで、そこまで不貞腐れない。まったく、だから子供だと言われるのよ」


ピシャリと言うと、さらに追い打ちをかけた。


「それにそんな子供だから篤川さんは美貴に何もしなかったのよ」


それは小田美貴も恐る恐る考えていた。

友人達から付き合って約2か月の間もこれと言って無かった。

大切にされていると思う反面、不安で仕方なかった。


「ご飯食べて、お風呂入って、勉強しなさい」


また小田母が追い打ちをかけてきた時、小田美貴は母親を睨んでいた。

小田母を怒りに染まる目でまた睨み、「全部お母さんのせいだ。許さない」と凄んでいた。


だが、この小田美貴の行動も良くない。

結局、今は全て【調子よく】、【都合よく】、【世界が自分に微笑みかけてくれる】なんていう幻想を1秒でも早く捨て去り、他責思考を改めるべきだった。



翌日、店での悶着を聞いた篤川優一が心配してくれた。

嬉しかったが、結局行かないでとは言えずに終わる。

やはりどこかで孤独な思いをさせて、友人の前で恥をかかせてしまった事が小田美貴を言えなくさせていた。



小田美貴がいくら悲観しても世界を呪っても「世界は今も動いていき」、「夜になれば暗くなり」、「時間は等しく流れていく」、世界は小田美貴を待ってくれない。小田美貴に合わせてくれない。


階下のリビングからは、仕事から帰ってきた父親の「なんだ?美貴の奴はまだ不貞腐れてんのか?」の声が聞こえてきて、母が「クリスマスに会えなくて、最終日も一緒にいられないくらいでよ。嫌になるわよ。日中もずっとよ?」と答えた言葉に、感情は爆発した。


「くらいで!?ふざけないでよ!優一さんは会えなかったクリスマスに飲み会に誘われて、出かけたら女が来た!」

「その女が優一さんを年越しに誘った!優一さんは私がいるからって断ったてくれた。そうしたらその女が店まで来て、私に筋を通すから認めろって言った!」

「断ったら、年末年始にも会えないのに止める資格があるのかって聞いてきて、クリスマスも私と一緒にいられなかった事を優一さんは友達の人たちに笑われたって!」

「私は何も言えなかった!そんなこと言われたら何も言えなかった!」

「優一さんはその事を知って連絡をくれたけど、私は会えないから見送ることしか出来なかったの!」


小田美貴が階段を駆け降りてリビングに出るなり、一気に怒鳴りつけると、父親はドン引きして黙ったが、同じ女性の母親は違っていた。


「だから子供なの。怒鳴ればいいと思ってる。赤ん坊と何が違うの?」

「それが現実よ。美貴に篤川さんとのご縁がなかったの」

「プラスに考えなさい、これで美貴は篤川さんを寂しがらせる心配も、記念日に彼女不在で笑われる心配もなくなった。会えない日もその女の子がいてくれる」

「3月までに、もし自然消滅や空中分解になっても、気に病むこともない。篤川さんはその女の子が慰めてくれるわ」

「それにこれは美貴の自業自得でしょ?あなたが親への報告連絡相談を怠って、学生なのに学業を疎かにしたから招いた事よ」

「次の相手の時にはそんな事にならないようにしなさい」

「年相応の、お母さんやお父さんも祝福できる歳の差の人と付き合いなさい」


一気に全てを淡々と言う。

小田美貴と小田母のやり取りは、まさに静と動だった。


「上に帰らないでそのままご飯よ。食べないでハンガーストライキも結構だけど、身体を壊せば私達の怒りは篤川さんに向くわね」


父親のように表情を変えればまだいいのに、表情一つ変えずに涼しい顔で言い返す母親に悔しさが滲む小田美貴。

まだせめて、母親も表情を変えれば少しは気が済むのに、小田美貴は、何一つ思い通りにならない悔しさに泣きながら、怒りと悔しさをバネにして食事を摂って勉強をした。

篤川優一が悪く言われない為にも頑張った。


その頃、母親は内心ラッキーだと思っていた。

これでその女、真田明奈が娘から篤川優一を奪ってくれたら罪の所在が曖昧になる。

実の所、小田美貴がキチンとしようが、成績を上げようが、3月には「お付き合いだけは認めません」と切り捨てる気でいた。



そんな事も知らない小田美貴は、大晦日は朝から胃の痛い思いをした。

勉強を真剣にしていて、時間を見るたびに篤川優一が今何をしているか考えていた。

バイト仲間に篤川優一の事を聞いてみたかったが、怖くて聞けずにいた。


除夜の鐘が聞こえ始めてきた。

きっと篤川優一と聞けば、ただの鐘の音も、幸せなメロディに聞こえるはずだと小田美貴は思い、悔しさに目元が潤み、誤魔化すようにスマートフォンに目を向ける。


できるなら、一緒に行きたかった。

会えなければ、年越しギリギリから年越し1番までメッセージや通話をしたかった。


だが、横にはあの真田明奈がいて、今まさに2人でいる。

そう思うと、こちらから送る気にはならなかった。


それをしていたらまた違ったかもしれない。

可能性の話なんて意味はない。

もしもは過ぎてしまえば絵空事になる。


小田美貴は眠れぬ夜を過ごした。

終わって1人になったら連絡が来る。

それをみて、安心したい。

時間に余裕があれば電話で声も聞きたかった。


「優一さん、会いたいです。もう嫌です」


そう言いたかった。

それなのに朝まで待っても連絡が来ない。

嫌な予感がどんどん膨らんできて、心の中には最悪の想像が居座り、心の隙間を全て埋め尽くしてきた。


誤魔化すように、バイト上がりで遊んで、疲れて連絡もできずに眠ったかもしれない。

スマホの電池が切れたのかもしれない。


必死にそう思い込み、なんとかカラ元気を振りまいたが、1人の部屋では闇に押しつぶされそうな気分になってしまっていた。


朝を迎え、朝の早い母が小田美貴の部屋から漏れる光を見て、「寝なかったの?何やってるの?」と扉の向こうから声をかけてきた時、小田美貴は意を決して連絡を取る事にした。


だが、ここで小田美貴は篤川優一に連絡をすることができなかった。

スマホの充電切れで、連絡の取れないはずの篤川優一に繋がることだけは考えたくなくて、渡されていた真田明奈のメッセージIDにメッセージを送ってしまった。


[小田です。優一さんは帰りましたか?解散しましたか?]


真田明奈はコンビニのトイレで丁度それを見て笑ってしまっていた。

篤川優一といる最中にメッセージに気づくと、篤川優一が多少でも冷静になり、夢のひと時が終わってしまう可能性があった。


[まだ一緒だよ。優一はキチンと小田さんが居るからって、彼女にしてない事はできないって断られちゃったよ]


真田明奈はこのひと言で十分だと確信し、そのままスマートフォンから写真を選出をした。


真田明奈からの遅い既読と、既読が付いてからの早い返信に嫌な汗をかいた小田美貴。

何度も目が滑りながら文章を読んでいる時に、続いてきたのは写真だった。


飲み屋で手を繋いで乾杯をする篤川優一と真田明奈。

そして笑顔で食事をする篤川優一。


[手くらいは友達だからさ。今日は盛り上がってるから、もう少ししたら解散かな?]


あえて抱きついている写真なんて送る必要はない。

楽しそうな写真、キチンと彼女に遠慮してる写真だけで十分すぎる。


真田明奈の読み通り、小田美貴は崩れ落ちて泣いていた。


「…いや…嫌だよ…優一さん」


真田明奈の言葉より、手を繋いでの乾杯より、何より笑顔が辛かった。

優しく穏やかにほほ笑まれることはあったが、心からの笑顔は無かった。

あんな顔で篤川優一が食事を摂る所を小田美貴は見たことがなかった。


正月早々、泣き崩れる娘を見にきた母親は、笑顔で食事をする篤川優一の写真が目に入り呆れてしまう。


やはりなるようになった。


「ほら見た事か」

「だから言ったんだ」


あえて甘えの残る娘の為に悪役に徹した甲斐があった。

小田母はそう思っていた。


しかしこの結末は行き過ぎた。

自分の手を離れてしまった部分はどうしても匙加減が難しい。


一瞬、優しい言葉の一つもかけたくなった。

だがここですぐに甘やかしては、小田美貴はすぐに子供特有の夢見がちな行動に出る。気を引き締めて厳しく当たる必要がある。

子供らしく親の言うことを聞き、歯向かおうなんて気持ちが出てこなくする為に手は抜かない。


「ほら、お餅焼くからリビングに来なさい。明日は群馬のお婆ちゃんのお家にお邪魔するんだからシャンとしなさい」


小田美貴は餅なのかゴムなのかわからない何かを、死んだ目と表情で食べていると、ようやく篤川優一から[小田さん。あけましておめでとう。昨日は朝まで飲んでしまいました。今帰ってきました。試験、応援してます]とメッセージが届いた。


悲しいのに、その文面すら嬉しくて一瞬顔を綻ばせると、小田母はまだ現実が見えていないことに呆れてしまう。


釘を刺す為にも「会いたいなら、せいぜい勉強を頑張りなさい」と言った。


再び怒りに染まる小田美貴は小田母を睨みつけた。


「うるさいんだよ!アンタはずっと勉強勉強って!それしか言えないのかよ!」


そう怒鳴り散らして部屋に引きこもってしまうと、寝ていなかった肉体的な疲労と、篤川優一の笑顔の写真を見た精神的な疲労で、小田美貴はあっという間に寝てしまった。

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