第10話 篤川優一のクリスマスイブ。
篤川優一は小田美貴を振り払うように、飲み会の話を受け入れて、詳しいメンバーも知らずに待ち合わせ場所に行って困る事となった。
メンバーに関しては「いいから」、「くればわかる」しか言われなかった。
だから普段から会う男友達が揃った段階で、店を探そうと声をかけたら「まだだ」と言われ、集合時間の少し前になって女子が来て、その中には真田明奈がいた。
嬉しくないわけはない。
けれど小田美貴の顔が出てこなかったわけではない。
数時間前まで、あの悲痛な顔で「一緒にいたい」、「帰りたくない」と言っていた小田美貴の顔が出てきて、目の前の真田明奈を心から喜べなかった。
クリスマスイブに会えず、飛び入り参加した飲み会は男飲み会ではなく、女子までいた。
これは正直、困った事になった。
キチンと彼氏の立場で小田美貴には報告をする。
だが、この連絡で小田美貴が暴走し、更に両親との仲が険悪になったりしないか、篤川優一は気が気ではなかった。
キチンと伝えると、数回のラリーの後で写真が欲しいと言われたので写真を送った。
もしかすると小田美貴は真田明奈に気づいたかも知れない。そう思うと少し返信を待つ時間が不安だった。
だが、今は両親から怒られたのか、小田家も小田父が帰宅して夜ご飯が始まったのか、写真への反応も、それ以外の返信もなかった。
空いていたチェーンの居酒屋に入り、少し大きな部屋の長卓がある半個室に通される。
4対4で座る為に、別の男が女子側に座り、篤川優一の前は運良くか、運悪くか、真田明奈になった。
飲み会が始まると、お決まりの近況から入り、クリスマスイブに何やってんだと自虐の中、会話運びが死ぬ程下手で、配慮なんて言葉は自分の世界にはありませんと言いそうな、髙村大輔が「優一は彼女がいるのに、ここに来て情けなない」と篤川優一をイジる事で場を盛り上げようとする。
大きなお世話だ。
わざわざそれを言ってどうしたい?
そう思っても次の瞬間には髙村大輔の思惑はわかる。
女子の1人、山下芽依に対して必死になってアピールしている。
僕楽しいでしょ?
僕凄いでしょ?
皆の耳目を集めて楽しい話題をしているよ。
そんな副音声が聞こえてきそうだ。
だが、髙村大輔は2つのミスを犯している。
そもそも山下はそれを喜んでいない。
もうひとつは髙村大輔のトーク力は低く、万人向けに話ができていない。
聞く側に「聞く努力」を求める話し方しかできていない。
不思議だが、「チンチン」という単語も、共通の友人でいえば、石田拓真という男がいるが、石田拓真が「チンチン痒い」と言っても、女子達は「もー、石田ってば」、「綺麗にしてないでしょ?」くらい返して笑い話に変わる。
だが、髙村大輔が「チンチン痒い」と言い出したら、同じ女子達は「…あ…、そうなんだ。病院行った?」、「私にはわからないけど、お大事にね」としかならない。
笑い話ではない。それどころか「帰って病院行きなよ」と帰る事を促される。
本人達は同じつもりで言った。
同じ言葉なのに発する人間によって、結果は大きく変わる。
案の定、盛り下がる飲み会。
それを他の男どもは無理やり拾い上げて笑い話に変える。
その結果、周りのアシストに気付かない髙村大輔は、この流れも成功体験に加算させてしまう。
「女子高生なんて無理ありすぎだろ」
「16歳だろ?今日は?」
そんな事を聞かれ、嫌々「家族とパーティ、親御さんが溺愛しているから邪魔なんてできないだけだ。プレゼントは昼に渡してるし、バイトも一緒にしてきたよ」と答える。
口にしない続きの言葉は「だからもう黙ってろ」になる。
早速成功体験を勘違いした髙村大輔は、「16歳なんて子供を相手にするからそうなるんだよ。お前には無理だって」と言って蒸し返す。
擦り続けても何も出ない。
女子達の盛り下がり具合を見てみろ。
そこで口を挟んだのは真田明奈で、「いいなぁ16歳。若い。羨ましいや」と言って、「前に見かけたあの子だよね?」と篤川優一に聞いた。
見られていて、閉ざされたと思った道を思い出しながら、「うん。そうだよ」と返すと、「仲良さそうだったよね。まあ飲みなよ」と言って話をぶった斬ってくれた。
仲良さそうだったよね。
そんな事ない。
今もボロボロだ。
だがそれを外に出せるほど、篤川優一は肩の力が抜ける人間ではなかった。
飲み会も1時間が過ぎる頃にはグダグダになっていた。
成功体験に縋る髙村大輔が諸悪で、何かと篤川優一と小田美貴の話をして、もう一度山下芽依の耳目を向けたかった。
だが、しつこい話題に皆辟易とするし、真田明奈がぶった斬って別の話題を振る。
そうしているうちに、参加した男子3人と最後の女子、沢田真帆で話し、髙村大輔はその輪に入ろうとする山下芽依を引き止める形で延々と話し続ける。
輪に混じれば、また小田美貴との話を出されかねない。
そうでなくても横に座る髙村大輔と、はす向かいの山下芽依を突破する気概はない。
自然と2人飲みの様相で、真田明奈と話しながらビールで喉を潤す事になっていた。
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