第2話 初恋の人。

新学期に入った小田美貴は忙しい。

友達に彼氏ができた事を話し、写真を見せたら羨ましがられた。

その話を聞いた篤川優一は、「年上補正だよなぁ」と呟く。


「そんな事ないですよ!」


そう言ってムキになる小田美貴を可愛らしいと思いつつも、盲目的な勘違いに思えてしまい、理想の対象でいる重圧のようなものを感じて、だんだんと小田美貴との恋愛が怖くなってきていた。



そこに地元の飲み会が入ってきた。

バイトは休み。

小田美貴もテスト前で会えない。

だが一応、彼氏として[地元の飲み会に誘われてるんだ。行ってくるよ]と送ると、「はい!楽しんできてください]と返事が来る。


そして向かう道すがら、[あの…、お友達といる所とか見たいって言ったら嫌ですか?]と言われ、[別に平気だけど…いる?]と返し、飲み会も始まりではなく少し酒が入った所で店員に一枚撮ってもらう。


普段しない珍しい行動に、友達から事情を聞かれ、彼女が出来た話をすると、会は変な盛り上がりを見せて、彼女の写真が見たいと言われてしまう。


篤川優一は飲み会の写真を送りながら、小田美貴に[写真から彼女の話になったら、小田さんの写真が見たいって…、見せてもいいのかな?嫌なら断れるけど]と聞くと、小田美貴は[全然平気です!]と返事をくれる。


それは妬み嫉み、やっかみかもしれない。

旧友達は小田美貴を見て色々な反応をする。


「可愛い子じゃん」

「若っ、16歳!?去年は中3!?」


周囲がそんな事を話す中、1人の旧友が、「なんだ、普通じゃん。ようやく出来た優一の彼女だから、すげー期待したのに若いだけじゃん」と言い出し、場が白けた。


白けただけで終わればまだ良い。

何故か場の流れが小田美貴への批判、品評になってしまった。


「普通」

「若いだけ」

「背が低すぎる」

「顔が幼い」


そんな身勝手な品評が出てくる中、一番聞きたくなかった言葉、「それなら真田明奈の方が可愛かったじゃん」が出てきた。


真田明奈は篤川優一の初恋の人。

同じ中学出身で、同じ高校にも行っていた。

大学こそ違ったが、集まりでは会う事もあるし、今も縁は切れていなかった。



篤川優一自体は真田明奈への思いを否定しているが、周りに言わせるとバレバレだったらしい。


篤川優一は「俺と真田にはなんにもない」と返し、さっさと話を切り上げたが、それからは心の中に暗く渦巻くモヤモヤしたものが残っていた。



その日から、小田美貴との付き合いに対して、更に本気になれなかった。

メッセージも交わす。通話もする。食事にも行く。

バイトが終われば家にも送る。

肌寒くなってくれば寄り添うし、抱きついてくれば抱きしめ返す。


だが…どこか本気になれずにいた。


怖かった。

ひと言で片付ければ怖かった。


付き合う事が怖い。

理想の彼氏でい続けなければならない重圧が怖い。

まだ未来のある、この先進学も控えている6歳年下の女性を自分といる事で変えてしまう事が怖い。

何をするのも「初めて」だとした時、その初めてになる事が怖い。


怖くなった。

旧友達の言葉が怖くなった。

旧友達の言葉でグラつく自分が怖かったし、この程度の事でグラつく自分なんかが、期待の眼差しを向けてくれる小田美貴と付き合ってしまっていいのか、小田美貴の初めての彼氏でいいのかと怖かった。


そして、真田明奈の名前を出されて、小田美貴と付き合った事で、真田明奈との可能性が潰れてしまったら、付き合っただけならセーフだが、小田美貴と肌を重ねたら、2度と真田明奈との道が生まれなくなったらと思うと、後一歩が踏み出せなかった。


あり得ない事と思いながらも、恋人同士なのだから、いずれ肌を重ね男女の仲になる事はどこかでイメージしていた。


別れる事は考えられなかった。

自分が言うイメージがわかない。

言って受け入れてもらえるイメージがわかない。

別れる主導権は小田美貴にある気がしていた。


小田美貴が結婚を考えたら…。


そう考えたら、自分は小田美貴が好きなのか、愛せるのか、とても怖くなってしまった。


だが、時間は進む。

篤川優一が躊躇しても進んでいく。


とりあえず飲み会に参加するのはやめる事にした。

また小田美貴を悪く言われたくなかった。

小田美貴の彼氏をしている事を悪く言われたくなかった。

真田明奈の名前を出されたくなかった。



小田美貴は彼女として時間を作って篤川優一と過ごす。

映画にも行って、水族館にも東京タワーにも行った。


会うととても楽しい。

またバイトでと言いながら帰る。


そんなある日、小田美貴をいつも通り家まで送り、のんびりと家を目指す。


「このままでいいのかな」


そう呟き、付き合って2ヶ月半が過ぎて、性的接触は何もしていない。

食事を共にした時、唇に目が行ったこともある。

柔らかそうな頬に手を置いて、唇に近付いてみたいと思ったが、それは愛から来るものなのか、ただの異性への憧れなのか、自問したら怖くて手が出せなかった。


そして自宅周辺で、コンビニから男と出てくる真田明奈を見た。


当然だろう。

こんな自分にも彼女が出来た。

真田明奈なら彼氏くらいいてもおかしくない。


自分の貧相で底の浅い想像力に少し呆れた。

真田明奈がいつまでもフリーなわけがない。


真田明奈は篤川優一に気づくと、小さく手を振ってきて、篤川優一は振り返す。


昔からのやり取り。


真田明奈とは中学の委員会が一緒だった。

話してみると話しやすい。

嫌いな教師の話で盛り上がった事もある。

同じ高校に行くとわかった時は、2人でまた盛り上がり、学校見学に行って、不安な箇所なんかも同じだった。


「でも、不安でも篤川がいてくれるから平気だよ」

「わかる。俺もだよ。真田がいてくれてよかったよ」


そんな事を話したが、大学は選考の違いもあったし、真田明奈の方が高校で成績を上げていて、同じ大学に行くのは不可能だった。


「篤川ぁ…、仕方ないけど同じ大学来てくれたらよかったのに」

「無理言わないでくれ」

「もう、仕方ない。でも変わらずに見かけたら声かけたりしてよね」

「わかってる。真田もしてよ」


そんな話をしたし、同じ中学に通っていたので生活圏は近いので、たまに会えば今みたいに手を振った。


飲み会も男子のみではない時にはきていて、横に座る事もあった。


だからこそ、まだ勝負は始まってもいない。終わってもいない。

そんな気持ちもあった。

だからこそあの飲み会での言葉でグラつく自分がいた。



だが、現実はこんなもんだ。

自分は別に世界の中心でもない。

話は勝手に進んでいく。


真田明奈はヒロインでもなんでもなく、自分だけのパートナーを見つけてコンビニから出てきていた。

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