ブルーバード。
さんまぐ
第1話 6歳年下の小柄な彼女。
篤川優一はこの8ヶ月を振り返っていた。
親の勧めで、高校生の時から始めた飲食店のアルバイト。
人の入れ替わりが激しく、大学4年になる頃にはバイトリーダーのような事もやっていた。
クレーム処理なんかもやるし、就活ではバイト先の名前を出せば、「おお、あそこですか。あそこはマニュアルが厳しくて、そこで6年もやられていて、リーダー…、役職が嫌で名乗らずに同じことをやられているんですね」なんて会話に花が咲き、面接官も20年前はバイトリーダーだったなんて話しで盛り上がる。
それだけとは思いたくないが、それもあってか早々に就職先が決まり、夏休みの残りと、学生生活の残りを満喫できることとなっていた。
バイト先の飲み会。
夏の終盤には毎年催される。
未成年の頃はソフトドリンクで参加をしていた。
就活も終わり、「後は最後まで小遣いを稼ぐんだぞ」と、店を新卒に任せて飲み会に参加した店長に言われて、生乾きのような相槌を打った帰り、高校生の新人アルバイトから告白をされた。
小柄な子が震えながら告白をしてくる姿に、困惑を超えて混乱する篤川優一は、「え?俺?」、「酔ってる?」なんて聞きながら、「高校生は酒飲まないよな」とセルフツッコミをしてから相手の話を聞いてみた。
惚れた理由は、この仕事をしていればよくある「先輩の働く姿が素敵で」だった。
もう毎年の通過儀礼のような、毎年何人も入ってきて辞めていく中で1人はある。
今年も黒田という高校二年生で入ってきた奴が、同じく新人で数か月先に入ってきた、大学生の山形の働く姿に惚れていた。
だが残念、山形には彼氏が居て告白する前にコテンパンに打ちひしがれて告白すらならなかった。
まあその前に周りが騒ぎすぎて、山形の耳にも入っていて警戒されていた。
篤川優一はそんな事を思っていたが、話を戻して「それで?なんで…」と言うと、相手の子は、「ダメですか?」、「嫌ですか?」と半べそになる。
とりあえず16歳の子を9時過ぎに繁華街にいさせるのも良くないので、「家どこ?」と聞いて隣町だと知ったので、「歩ける?話す時間とか欲しいし」と聞くと、相手の子は子犬のように頷いて歩くことになる。
駅からなら1人で1時間もかからない距離なのに30分もオーバーしてしまう。
断りの理由なんかではなく、毎年何人かはかかる病のようなもので、勘違いを疑っている事、彼女がいた事もないから、スマートな付き合いを期待しているのならガッカリさせる事になると伝えて「もう一度、きちんと考えてよ。俺なんかが最初の彼氏って申し訳ないよ」と言ったが、それでも相手の子…小田美貴は「そんな事ありません!」と言って譲らない。
本格的に混乱してしまう。
告白というのはこんなものなのかと驚きながら、「じゃあ、よろしく」と言って篤川優一は小田美貴と付き合う事となった。
メッセージのID交換を済ませて、「んー…、こういう時、どうしたらいいかわからないけど、とりあえず明日店で」と言って別れる。
小田美貴は「はい!送ってくれてありがとうございます!」と言って手を振ってくれる中、なんて日だ、自分にこんな日が来るなんてと思いながら篤川優一は家までのんびり歩いて帰った。
初彼女という存在に心躍らないと言えば嘘になる。
彼女いない歴22年にピリオドは打たれ、散々周りに見せつけられてきた恋愛、それこそ自分がバイトを始めた頃のバイトリーダーをしていた先輩達を見て、自分もあんな付き合い方が出来るのかと思ってしまった。
翌日、出勤すると既に噂は回っていて、小さな騒ぎになる。
それこそ「イチャイチャしてミスすんなよ」なんて軽口を叩かれて、「ないって」と返すだけで特別感がある。
正直、高校生と付き合うのは犯罪だという軽口を貰った時、自分でも思っていたところでヒヤっとしてしまうが、それもまた特別感だった。
2時間後、出勤してきた小田美貴が、顔を赤くしてよそよそしく「おはようございます」と挨拶をしてきた時、表現しにくい特別感に少しだけ痺れ、目の前の少女が彼女なんだと再認識するとイチャイチャもしていないのにミスをしそうだった。
だが混めばそんな事はなくなる。
戦場がそこにある。
イチャイチャは混雑に飲まれ、仕事スイッチが入った篤川優一は、「小田さん、提供行って」、「山形さんはセッティング」、「沢山さんはドリンク」なんて次々に指示を飛ばす。
普段のノリ過ぎて嫌われるかと思ったのは杞憂だった。
小田美貴は上がりが一緒だったので、「送ろうか?」と聞くと、「はい」と返してくる。
歩く中でノリなんかについて話すと、「普段通り出来なかったらって心配してたけど、篤川先輩が普段通りだったので良かったです」と言われた。
歩く中で「手…、繋いでいいですか?」と聞かれて、リードを失敗したと思いながら、「夏で汗でもよければ」と言いながら手を繋ぐ。
小さくて柔らかい手、他人の手、彼女の手、そう思うだけで頭が痺れた。
それから夏の間はバイトがあえばバイトをし、2人揃って休みの日には昼食を食べに行ったりする。
写真を撮りたいと言われれば、「こんな日常でいいの?」と返しながら2人で写真も撮る。
そして会わない日なんかはメッセージのやり取りをしていく。
つまらなさはなかった。
不満はなかった。
だが、次第に夏の終わりと共に、夏休みが終わりを迎えて現実に戻されるように、のぼせた気持ちは9月の末頃には消えていた。
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