第134話 カメラと画像。

 ステンドグラスの光が、柔らかい陽光に色を付け、降り注ぐ

 各所に降るのは、色とりどりの光だ。

 天からの施しは、地上に恵みを与えるかのように聖堂内を彩っていく。


 しかし――


 パシャ、パシャ


 場違いな乾いた音が静謐の中で響き、その度に陽光とは異なる強力な光が瞬く。

 その光源の元には――


「良いですよ、ハイリン様。

 そこで、可愛らしくピースをしてください。

 はい、せーの『光はうつすリースン』」


「ピース!」


 魔術師と聖女が1人ずつ。

 そして――


「なあ、ルング。俺たちは……何をさせられているんだ?」


 その2人を呆れた様子で見守る、聖騎士が1人居たのであった。




「何をさせられてるって……ゾーガ様。見ていたのならわかるのでは?」


 黒髪の聖騎士の、わけのわからない問いに対して、同じく問いを返す。


「いや、分からないから聞いているんだが?

 ノリノリでポーズをとっているが、多分ハイリンも分かってないと思うぞ?」


「そんなバカな……。ハイリン様、今俺たちが何をしているかご存じですよね?」


 俺の問いに、金髪碧眼の聖女は強がるような表情で告げる。


「勿論……分かって……いるわ?

 あ、あれでしょう? あれをしているのよ!」


「ほら、分かっているそうです」


「分かっているなら、そんな答え方をするか!

 絶対に分かっていない! それは見栄を張っている顔だ。

 年下の前で格好つけようという、似非聖女の顔だ!」


 聖女は、自身の相棒である聖騎士に目を剥く。


「ちょっと、ゾーガ⁉

 たとえ私が見栄を張っていたとしても、そこは私に合わせるべきでしょう⁉

 それでこそ、私に仕える聖騎士なんじゃないの?

 それに私、似非聖女じゃないわ! れっきとした聖女よ!」


 聖女ハイリン様の主張に、聖騎士ゾーガ様はため息を吐く。


「はあ……聖女の誤りを正すのも、聖騎士の役目なんだよ。

 まったく、教皇様もよくお前を聖女認定したな……」


「もう、どうしてそんな意地悪言うの⁉

 私はこんなにゾーガを大事にしているのに!」


 手合わせをした時から感じていたが、どうやら2人は仲良しらしい。


 長年の付き合いなのだろう。

 ひょっとすると、俺とリッチェンの様に幼馴染なのかもしれない。


「いや、とりあえず――」と、ゾーガ様はハイリン様との丁々発止のやり取りを打ち切り、その黒髪をわしゃわしゃとかく。


「俺たち――今はハイリンだが――は、何をさせられてるんだ?

『体で払え』とは言われたが、それくらいは教えてくれていいだろ?」


 ……出来れば聖女ハイリン様を犠牲にして逃げたい。


 ゾーガ様の顔は、雄弁にそう語っている。


 面倒ごとを避けたいというのは、たとえ聖騎士でも同じなのだろう。


 ……まあ――


 彼1人を逃がす気など、更々ないのだが。


「新魔術――魔道具の実験と、そのプロモーション活動の手伝いです。

 新技術が生まれたのなら、それを活かしたアピール商戦が必須ですからね」


「つまりルング君は、私の魅力をアピールしようとしてくれてるってことかしら?」


 よく分からないという顔をしているゾーガ様に対して、ハイリン様は先程俺の指定したピース姿を再び作って笑いかける。


 ……これはまた。


 非常に良い顔をしている。


「はい、概ね間違っていません。

 ハイリン様の魅力を世に流布するために、この魔道具は欠かせないのです」


「ええっ⁉ 私の魅力が⁉ ただでさえ、溢れんばかりの魅力があるのに⁉」


「きゃっ」と大きく広げた両手を口元に添えている姿は、あざとくも可愛らしい。


 ……聖女は世間――アーバイツ王国では、清楚で物静かなイメージだ。


 ハイリン様の姿はそれとはまた異なるが、この情緒豊かな姿もまた魅力的。

 きっとゲルディここでも、彼女は人気があるに違いない。


「あっ、今の良いですね。はい、『光はうつすリースン』」


 パシャ


 魔法円が展開し、再び光が輝く。


「……いや、わかった。俺の聞き方が悪かった。

 最初から、こう聞けばよかったな。


 お前の手にある、光属性魔術の魔道具・・・・・・・・・には、どんな効果があるんだ?

 さっきから、得体の知れない音と光が一瞬だけ生じるが?」


 ゾーガ様の目は、胡散臭そうに光源――俺の手元を見ている。


 そこにあるのは、金属板だ。

 丁度俺の手で握れるように調整され、光り輝いている。

 表面には魔法円が刻まれ、その裏にはこの聖教国ゲルディで手に入れた魔石が設置されていた。


 見慣れた魔道具の姿である。


 しかし従来のものとは、異なる箇所もある。


 その金属板の側面。

 そこにも小さめの魔石が設置され、すぐ隣には同サイズの魔法円が刻まれているのだ。


「ふふふ……よくぞ聞いてくれました」


 その金属板――魔道具をゾーガ様とハイリン様に見えるように差し出す。


 そして――


「『光を見せるリースン・フラッハ』」


「「っ⁉」」


 俺がそう唱えた直後、金属板側面から魔法円が展開される。

 それを魔力が満たすと共に、顕現したのは――


「うわああ! 可愛い! これって私よね⁉」


 先程のピースをしたハイリン様の画像・・・・・・・・だ。


 生き生きとしたポーズに笑顔。

 魅力的な聖女様が魔法円表面に、画像として表示されている。


光情報解析魔術・・・・・・・光はうつすリースン』と、光情報再現魔術・・・・・・・光を見せるリースン・フラッハ』です。

 光属性魔術の存在を知った時に、これ・・をやってみたかったんですよ」


 ……いわゆる写真である。


 この世界に転生して、絵を見たことはあれども、写真を見たことがなかった。

 王城・公爵家・伯爵家といった貴族家や魔術学校にも、肖像画は存在していたが写真はない。


 そしてこの光魔術の聖地――聖教国ゲルディでも、発見できなかった。 


 ……以前から思っていることだが。


 魔術という出鱈目な技術があるからこそ、人々の関心がそちらに向き、科学技術の発展が遅々としているのだろう。


 そうして写真がない事を確認できたときに、思ったのだ。


 ……これは稼げる、商売になると。


 故に聖教国ゲルディに来る前から、試行錯誤していたのだ。


 しかし、そもそもの話として。


 前世に写真やカメラは溢れていたが、その仕組みを俺はよく知らなかった。


 知っていたのは精々、光がフィルムに焼き付けられること。

 デジタルカメラなら、それがフィルムの代わりに電子的なデータに変換されるということ位。


 おかげで、カメラを造り出すことは叶わなかったのだが――


 しかしここで、魔術でたらめの出番である。


 注目したのは光そのものだ。

 色は光が物体に当たり、その物体が反射した光、いわゆる反射光を目が捉えることで生じる――そう見えている。


 すなわち赤の物体は、赤光を。

 緑の物体は、緑光を反射することで、その色合いに見えているというわけだ。


 つまりその反射光を光属性魔術で解析し・・・・・・・・・再現する・・・・ことができれば、画像の様に被写体を撮ることが可能になるのではないか?


 そう考え、光魔術の講義を受けながら、2週間程試行錯誤した結果生まれたのが、この魔術である。


光はうつすリースン』という詠唱あいずで放たれる光。

 それによって、写したい相手被写体魔術の光に晒し・・・・・・・対象の光情報の解析・・・・・・・・・を行う。


 こうして解析された光情報は、側面に設置された魔石・・・・・・・・・・に記録される。


 最後に『光を見せるリースン・フラッハ』という詠唱によって、側面の魔法円が起動し、魔石に保存・記録された光情報が、撮影した画像として再現――表示されるのである。


 言うなれば、光属性魔術を使ったデジタルカメラ――マジカルカメラといったところだろうか? 


「凄いわね! ルング君! 

 それにしてもさすが私! 可愛さの中に可憐さがあって、素晴らしい美少女っぷりだわ!

 

 ほら、ゾーガも見て見て! 私、可愛いわよね?」


 はしゃぐハイリン様に対して、


「……」 


 ゾーガ様は答えない。

 無言で只々、食い入るように見つめている。


「どうしたの、ゾーガ?

 私のあまりの可愛さに、見惚れちゃった?」


 揶揄うようなハイリン様を一切無視して、ゾーガ様は俺に視線を向ける。


「ルング、お前のこの魔術は本当に凄いと思う。


 ここまで精巧に人の外見を再現できるものを、俺は初めて見た。

 どんな有名な画家を雇っても、ここまでのものは描けないだろう」


 ゾーガ様の表情は、真剣そのものだ。

 褒めているとは思えな・・・・・・・・・・い程に・・・


「……だがお前は、そんなものを開発して、何をするつもりなんだ?

 それを使って、何をしようとしている?」


 ……聖騎士としての義務感。


 そして何よりも、自身の守るべき聖女と聖教国ゲルディの為に、この青年は警戒感をむき出しにしているのだろう。


 そんな聖騎士様に、真正直に俺の目的を伝える。


「ゾーガ様、決まっていますよ。俺がこの魔術を開発したのは勿論――」


「「勿論?」」


 大きく息を吸い、吐き出す。


商売ビジネスの為に、決まっているではありませんか!」

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