第14話 姉の努力の結実。
姉の育てたヴァイが、魔力を保有しているのを確認して早1ヶ月。
いよいよ収穫期がやってきた。
「いつもみてたから、わかってるつもりだったけど……すごいな、ねーさん」
姉のヴァイの成長が著しい。
父の畑を使わせてもらって初めてのヴァイづくりのはずが、通常のヴァイとは異なる成長――もはや進化と言っても良いかもしれないが――をしている。
やはり興味深いのは、相変わらず畑ごとに成長度合いが異なっている点だろうか。
ヴァイ自体の長短や、実の大小。
最も大きいものでは、父の背丈にも届くヴァイが、重そうに穂を垂れている。
「ま、まあ……中々だな! 初めてにしてはやるじゃないか! クーグルン!」
父の声が震えている。
……負け惜しみのように聞こえるのは、気のせいだと思いたい。
長年農業をやって来た父。
初めて1人で作物を育てた娘に負けた衝撃は、声だけでなく彼の膝をも震わせている。
「ありがとう、お父さん!」
父の言葉を素直に喜ぶ姉に、自然と頬が緩む父。
「さすがは俺の娘だなあ! クーグルンは!」
父はそう言って姉を抱きかかえると、二人でくるくると回り始める。
……美しい。
この世のものとは思えないくらい、幻想的な光景だ。
一月前は生命力にあふれた緑色であったヴァイは、登熟期を経て、その姿を美しい黄金へと変えている。
その上――
……魔力を宿したヴァイの輝きが、尋常ではない。
陽光の反射を差し引いても、通常のヴァイとは輝きそのものが違う。
「とーさん、ねーさんのヴァイ、ひかってみえる?」
「ああ、なんとなくだが、俺のヴァイよりも綺麗に光って見えるな……」
姉をくるくる回しながらヴァイを見るという、器用な技を父は披露する。
この輝きは、父にも少し見えているようだ。
つまり魔術が使えない人でも、このヴァイレベルの
姉が手塩にかけて育てた、三種類の黄金のヴァイ。
真っ先に目につくのは、水の魔術で水やりをしたヴァイだろう。
長さは以前よりも伸び、父の背丈ほどまで成長している。
最も長く大きく成長したヴァイだ。
「これが一番長いヴァイか……実も大きいし、旨そうだな」
「輝きすぎて食っていいのか悩むけどな」などと言いながら、父は俺を肩に乗せ、姉とは手を繋ぎながらヴァイの畑を歩く。
その次に伸びたのは、魔術を一切使用せずに育てたヴァイ。
魔術を使っていないのに、魔力を宿していることが俺たちの関心を引いたあのヴァイである。
こちらは前者と比べて、輝きも長さも控え目だ。
「こっちが、魔術を使ってないヴァイだったか?
……それでも俺のヴァイより育ってるじゃねえか⁉」
しかしそれでも、父のヴァイより長く育ち、重そうに穂を垂れている。
「むふふ……すごいでしょう!」
姉の誇らしげな姿に、父の表情はやはり複雑そうだ。
……それにしても。
魔術を使っていないはずのヴァイを見る。
このヴァイの存在を確認してから、逐一姉のヴァイ育てを観察してきたが、彼女は終始このヴァイに魔術を使用していなかった。
となるとやはり――
……大気中の魔力を吸収しているのか?
だとすると、更に疑問が湧いてくる。
「なんでお父さんのヴァイは、そこまで魔力がないんだろ?」
「うん? クーグルン、何か言ったか?」
少女の呟きが、耳に入る。
どうやら姉も同じ疑問に辿り着いた様だ。
姉のヴァイと、父のヴァイ。
使用した種は同じで、土も育て方も普通の水を撒いたのも同じ。
なのにどうして、姉のヴァイだけが魔力を保有しているのか。
育てた人――姉と父――が魔術を使えるか否かの違いか。
それとも――
「だが、クーグルン!
残ったヴァイよりは、俺のヴァイの方が大きいな!」
父の畑の一部を貰っただけあって、姉のヴァイ畑の規模は大きくない。
区画が分けられているとはいえ、密集して植えられている。
それは言い換えれば、魔力を多く宿したヴァイが、普通に育てたヴァイの近くに存在し続けたということに他ならない。
魔力を宿したヴァイの魔力が大気に放出されることがあるのだとすれば、その大気の魔力を最も取り込みやすいのは、より近くで育てられているヴァイ。
故に距離の離れた父のヴァイに魔力は宿らず、姉のヴァイにだけ宿るという現象が起きたのではないだろうか。
父の歩みは、その現象を引き起こした可能性の高い、最も魔力が濃いヴァイへと向く。
土の魔術で畑を耕し、水の魔術で育てたヴァイだ。
父の言った通り、長さは父のヴァイと比べて、ずっと小さい。
しかし、魔力を最も秘めたヴァイは、他の魔力を宿したヴァイと比べても、一線を画した美しい黄金色へと成長している。
「そうだね。こっちの大きさは負けちゃった……」
落ち込む姉に対して、
「い、いや?
初めて自分でヴァイを育てて、これだけ育てられんのは大したもんだ!
虫食いも病気にかかってるのも全くねえし、落ち込むことはねえよ」
慌てて慰める父。
素晴らしい親子愛だが――
……本当に
この期に及んでもわからない。
「あら? 凄いわねえ」
姉によく似た、しかし落ち着いた声が響く。
「おお! ゾーレ、来たのか! クーグルンの畑、すげえだろ!」
母だ。
姉をそのまま成長させたような美貌。
ただしその髪は、黒髪。
艶のある見事な黒髪である。
どうやら母も、収穫作業を手伝おうと顔を出したらしい。
姉のヴァイにも負けない、輝くような笑顔。
その母の一番の笑顔が向けられているのは、
「こっちのヴァイ、宝石みたいねえ! 本当に綺麗だわ……」
最も
「貴方、本当にクーちゃんのヴァイ凄いわよ! 実も大きいし、栄養も豊富そう」
細い日に焼けた指が、姉のヴァイに触れる。
黄金を慈しむその様は、畑に宿る妖精の様だ。
娘とその作物の成長に対する喜びが、その指先からはわかりやすく溢れている。
「お母さん、私すごい?」
「ええ。本当にすごいわ! さすが私たちの娘!」
母もまた姉を抱き上げる。
似たもの夫婦であり、似た者母娘。
「おいしいかなあ?」
「どうかしら。これだけ綺麗だから、美味しいと思うけど……」
もう姉のヴァイは十分に熟している。
後は収穫して、処理をすれば食べられるだろう。
キラキラと期待のこもった二対の瞳が、俺と父――正確には父に向けられる。
……俺も姉のヴァイは是非食べてみたい。
どんな味がするのか。
どんな効能があるのか。
是非とも味わってみたい。
そんな俺たちの要望が伝わったのか、
「そうだなあ……領主様に納めるには足りねえし、害がねえか確認も必要だしな!
採種して村長に報告したら、俺たちで食うか!」
「「「やったああ!」」」
こうして姉の初めてのヴァイを、一家全員で食べることとなったのだった。
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