第4話 転生する意味。
『ルング、こっち向け!』
『ルンちゃん、大きくなるのよ』
『ルンちゃん可愛い!』
男性。
女性。
そして幼い少女。
3人から口々に声をかけられる。
日本語ではなく、おそらく英語でもない。
俺の全く知らない、初めての言語だ。
しかし、分かってしまう。
彼らの温かい表情。
愛しいものを口ずさむような声色。
割れ物を扱うような仕草。
その全てが、俺に語りかけてくるのだ。
「生まれてきてくれて、ありがとう」と。
……無性に泣きたくなるのは、赤ん坊になったからだろうか。
3人の姿は理想の家族そのもので。
だからこそ俺の存在は……異質だ。
転生――生まれ変わり。
創作物や宗教的な
死でその命を終えるのではなく、新しい命へとまた生まれる。
……あくまで人の願望に過ぎないものだと思ってたのに。
俺の今の状況は、正に
暗い夜道で轢かれかけた少女の代わりに俺は死に、新たな生命として生まれ変わったということだろうか?
……バカげた想像だ。
何の理屈も、根拠もない。
けれど、赤ん坊であるにも関わらず既に自我があり、前世の事を憶えてしまっている。
……どうして?
わからない。
わかるわけもない。
それにひょっとすると、
前世の事を赤ん坊の時には憶えていて、成長するにつれて新たな自我が芽生えて行く。
そうだとすると。
……これからこの
考えて体が震える。
だとすれば……残酷だ。
……俺は消えるのか?
自身の存在が土台から揺らぐ不安。
1度死んだ時にすら感じなかった恐怖。
そんな風に世界ができているのだとしたら……きっと神様なんていないのだろう。
『あら、ルンちゃん? どうしたの? 寒いの?』
女性が俺の震えに気付いたのか、慈しむ様に抱きしめる。
そこに、
『わたしもルンちゃん、あたためるー!』
少女がひしっと参加し、
『なら、俺が全員ゲットだぜ!』
そんな2人を、長い腕で更に上から抱きしめる男性。
俺を包み込む、3人の輪。
……温かい。
別に寒かったわけではないのに、震えが止まる。
……この温もりの中で消えるのなら、幸せなのかもしれない。
そう考えると、大分気が楽になる。
『あら、落ち着いたみたいねえ』
『よかったあ』
『流石だなルング! 強い子だ!』
眩しく俺を照らす笑顔に囲まれたことで、ある疑問が俺の中で影を濃くしていく。
……俺という人間の前世は、無為に日常を繰り返していただけだ。
歯車の様に。
誰かのためどころか、自身のために生きていたのかすら怪しい。
惰性で生きて、生きるために生きていた。
そんな存在だ。
そんな俺が生まれ変わったのを、受け入れるとして――
……
学生の命を救ったからか?
理由としては、それくらいしか思いつかない。
それ以外は特段目立つこともない、ただのくたびれた男。
人生に疲れ切った、モノトーン人間だったはずだ。
そう考えると――
……俺よりも転生するのに相応しい奴は、いくらでもいるはずなのに。
勿論あくどい奴も、人道にもとるような奴も前世には沢山いたが。
国を治めたり、様々な分野で偉業を残したり、それこそ多くの人の命を救ったり。
そういう努力と才能で世界に貢献した偉人だって、多くいたはずだ。
……その中でどうして俺なのだろう?
それとも、ほんの少しでも善行をした奴は、皆こうなるのか?
俺だけが特別に生まれ変われたのなら……何が特別だったのか?
全てが闇に包まれたままだ。
好きな異世界転生もののように、神に救われたというわけでもないし。
分からないことだらけだ。
誰の思惑なのか、何をすべきかも分からない。
ある意味では圧倒的な自由であり。
ある意味では灯のない暗闇。
……自身の存在すらあやふやな中で、俺は生きて行けるのだろうか?
『ルング! パパだぞおぉぉぉぉ!』
俺の思索の中に、声と共に飛び込んできたのは、男性の顔だ。
その顔は、相変わらずドロドロにとろけている。
隣では、
『もう……貴方ったら』
呆れながらも、微笑む女性。
そして――
『ルンちゃあぁぁぁぁん! わたしがおねえちゃんだよおぉぉぉぉ!』
男性と同じく、とろけた笑顔の少女。
……ああ。
ストンと
確証のない、
前世では失われたものだからこその、都合のいい思い込みなのかもしれない。
でも。
この三人の笑顔――温もりこそが、転生した俺の生きる意味になるのなら。
それは本当に幸せなことだと思えるのだ。
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