4時間目 体育・課外授業 後②
冬の夜空のように青白い光がセイマの体を縁取る。
やがて光が収束すると群青色のローブがセイマの小柄な体を包んでいた。黄色や赤、蒼色の点が、散りばめられ、線で繋がっている。
天体の模様が描かれていた。さながら、夜空を切り取り、被ったようだった。
エッジたち村人が突然の出来事にざわめく。
しかし、イサミだけは一人冷静に、訊ねる。
「いま夜じゃないけど星の力って使えるの?」
ローブのフードを右手で外すと、お馴染みのボブカットのセイマが現れた。目元の下に星くずを現わすラメのような化粧が塗られ、陽の光を反射させていた。
「多分大丈夫です。この青い空の向こうでは星は瞬いていますから」
セイマはふんすと鼻から息を漏らして力んでいた。
南の山脈を睨み、天に向かって左手を突き上げる。
その手には、引き絞ったボウガンを彷彿とさせる扇形の装置が握られていた。
弧の部分に刻まれた目盛を読む為の棹が在り、セイマが天に突きつけると棹先がスライドし弧の中心で止まった。その道具がなんなのかわからないイサミは、セイマがまさにボウガンに矢をつがえ空に構えたと思ってしまった。
「ケイローン!」
セイマは名を呼ぶように呪文を叫ぶ。手にした装置の弧の部分が淡く緑に光り始める。
やがて弧に接するように球体が生まれる。
黒く深い青色をしており夜空を球にした――天球儀が浮かび上がり、そのまま空へと向かって放たれた。
周囲の空が群青に染まり、瞬く間に晴天は消え、夜空が生まれる。
上空に僅かに広がった夜空に光る星のいくつかが線で繋がれ、一つの星座が浮かび上がった。
「――な、なんだ!?」
タウカン少尉たちは、突如上空が夜空になったことはもちろん、星々の謎の動きに驚きが尽きない。
「何すか!? 急に夜になったっす!――あれ、あっちは晴れたままっすね」
部下のうち、小柄の兵士が後ろに振り返り安心したように言った。
「星がおかしいんだぬ!」
小太りの兵士は血相を変えて空を指さした。
「あの小娘が何かをしたようですが……タウカン様、これは……何かの魔術でしょうか?」
中肉中背の兵士がタウカンのそばに寄る。
それまで後ろで何食わぬ顔で草を食べていた馬たちも一斉に嘶き始めた。
「わからねぇ……。たぶんそうだろうが、聞いたことも見たこともない術だ――なっ!?」
線で結ばれていた星の一つが、一等眩しく光った。
瞬間、タウカンは寒気を感じ震える。
星が……デカくなってる?……いやっ――!
「逃げろっ!」
と部下へ叫びながらも真っ先に駆けだす。馬に乗ることも忘れて。
部下たち、そして騎馬たちもまた慌ててタウカンの後を追う。
その二秒後だった。
大地を星が殴る鈍い音と強烈な光がタウカンたちのいた場所を襲ったのは。
「なっな……」
瞬く間に山の中腹から衝撃波が生じ、大地が揺れた。
イサミは目を丸くするしかできない。
「なっ、なんだ今の!?」
「やっぱりこの装備のおかげかもですね」
セイマはにこりと微笑み、自分を見渡すために体を左に右にとねじった。
「デューク先生が準備してくださったこれ、力を引き出すと仰ってましたし」
衣装と、そしてその扇形の装置――八分儀を、愛でるように見つめて抱き締めていた。
「あの先生、あの傭兵みたいなガタイで服飾デザイン趣味とかすげーよな」
「見た目は関係ないと思いますけど。念じるだけで着られるから便利ですよね。ちょっとした攻撃からも身を防いでくれるって言ってましたし」
「いいなぁ……やっぱ俺ももうちょっと考えたらよかったかなぁ」
などと二人が平然と話をしているのを、村人たちは唖然と眺めていた。あぐあぐと口を揺らすだけで、会話に割って入る余裕もないようだ。
「あれでも当たったら……やばいよな?」
イサミもまた、今更ながら引きつった苦笑を浮かべる。山の方を指す指は弱く曲がっていた。
「ヤバいで済むはずはないですよ?」
セイマは特に悲しむ様子も怖れる様子もなかった。むしろ満足げに微笑みけろりと言ってのける。
「だけど急に夜空を作るとは知りませんでした。これだと不意打ち性能は下がりますね。気づかれて逃げられたかもです。攻撃も直線的でしたし」
冷静に自身の攻撃を分析しだすありさまだった。
「……だとしたらこちらに来るかもしれないわね」
ようやく驚きを咀嚼し終えた村人たちの中で、フーリィが中腹を睨んだ。
「う、うむ」
囲まれていたルミナーラもまた、輪の中から一歩前に出た。
「今のところ周りから伏兵が現れる様子もない。たかが伝令役が一軍を率いていることもないだろう。南からの襲撃にだけ備えればよい」
ルミナーラの指示に周りの大人たちが「はっ」と声を揃えて返事をする様に、イサミは固唾を飲む。
「さすが落ち着いてるって言うか、胆が据わってるな」
「……それなりの苦労をしてきたつもりだ」
ルミナーラの表情は乾いていた。
「――どぅわあああ!」
タウカンたちは衝撃波に吹き飛ばされた。木の幹に背中を強打し鈍い悲鳴が口から洩れる。「ぐえっ!」
「タウカン様ぁぁぁぁ……」
小太りの兵士はそのまま山を転がり落ちていく。
「た、タウカン様、やはり我々の存在はばれていたのでしょうか」
「恐らくそうだな……。しかもなんだあの術は……」
ミラーロ様やフーリィどころの騒ぎではないぞ。かのミララセ様と同等かそれ以上か……。
「逃げるっすか?」
「ヴァカ! ここまで来て逃げられるかってんだ。とにかく、作戦変更だ。先生と合流するぞ。このままではまずい。……おい、早く転がり落ちたあいつを引っ張ってこい!」
「――ありがとうございます。もう大丈夫ですよトリヒスさん。……降ろしていただいても」
トリヒスはアイサを背負って『王家のあやまち』と呼ばれる巨大な窪地をぐるりと半周したところだった。
アイサの頭がトリヒスの左肩に乗っかっている。いつもの彼女は、声は控えめだがはっきりと話す。しかし今は弱々しく、その吐息が耳にかかり、トリヒスは思わず顔をこわばらせて、足を止めた。
「どうしました?」
「あ、いえっ――」
咳ばらいを、トリヒスは一つ入れて、「よろしいのですか? お体の方は」
「ええ。なんとか落ち着きました」
そっと屈んだトリヒスの背中からアイサはゆっくりと降り立った。一瞬くらりと体が横に揺れたが、すぐに足を踏み直す様子に、トリヒスは小さなため息を吐いた。
「ご迷惑をおかけしましたわ」
「い、いえ……むしろ私が未熟でなければ、シセリーなどに手を煩わせることもなく……」
「それを言うなら私の方ね。力の都合上、戦闘後は血が足りなくなるんです」
トリヒスは先ほどの目の赤いアイサを思い出し一筋の汗を流す。
まるで魔獣のようだった。今の彼女は凛としたただの美少女だが……。恐ろしい力だ。拳は鎧ごとシセリーの体にめり込んでいた。まだ若造とはいえあのシセリーがあれほどあっさりやられるとは……。それに、あの白き衣などはどこに消えたのだ? 聞いてみたいがあまり質問ばかりしてはアイサ殿のご負担になるやもしれぬ……。
「……村への帰りにでも、質問はお受けしますわ」
物言わず難しい顔を浮かべていたトリヒスの心中を読み、アイサが軽妙に答えた。
トリヒスは不意を突かれて恥ずかしそうに短く返事をすると下を向いた。
「その前に、あれ、読んでくださるかしら?」
アイサはその長く細い指で、少し奥にそびえる石碑を指すのだった。
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