第21話 新藤さんと2人きりでイルカショー!?ええやんええやん
「いやいや、ここはイルカショーでしょ!」
「いや、アシカショーだ! これだけは絶対に譲らん!」
水族館の玄関口で俺達は不毛な争いを続けていた。出入りする人達が何事かとチラチラ俺達を見ていた。思い返すと恥ずかしい。
「ちょっと、やめてよ2人共! せっかく楽しんでたとこなのに喧嘩しないで!」
芦屋さんが俺達の間に割って入って仲裁する。流石に意中の人の前で情けない姿は見せられないと思い、素直に京田と『ごめんなさい』と謝った。新藤さんと芦屋さんは『気にしなくていいよ』と言ってくれた。
それから芦屋さんが口を開いた。
「2人の意見は分かったから。私からいい提案があるよ! それはね……」
―――――――――――――――――――
バシャーン、水中の中からうねるようにそれは飛び出す。太陽の光を背に受け、しばらく滞空した後思いっきりまた水中に沈み込む。
「うわー凄い! イルカってあんなに飛べるんですねー!」
「ホントですね、やっぱりこういうのは生で見るに限りますよね!」
俺は新藤さんと2人でイルカショーを見ることにした。京田は芦屋さんとアシカショーを見ることにしたらしい。本当は4人で見たかったけど、仕方ない。いい妥協点を提示してくれたなと心の中で芦屋さんに感謝するのであった。
京田達と別れた後俺達はすぐにイルカショーのチケットを買った。ただ、争い時間が長くてほとんどの席が埋まってしまったため……、
「最前列じゃなければもっと最高でしたね……」
「ほっ……ホントですね……、ハーーックショーン!」
イルカの水飛沫確定の最前列しかチケットが取れなかった。今日のイルカショーはこの時間帯が最後だったので、仕方ないとも思ったが……やっぱり水浸しになると寒い。一応カッパは配られたがほぼ意味がなかった。俺達は何回もイルカの水飛沫をくらい続け、身体中びしょ濡れだった。
「すみません、やっぱり京田の言う通りアシカショーにしておけば……」
俺は後悔の念からそう言った。すると、新藤さんが俺に向き直って、
「そんな事ないですよ! 私、増田さんと一緒にいられるだけで嬉しいんです」
と言った。その言葉を聞いた俺は一瞬、時が止まったかのように感じた。世界の音が少し遠く、新藤さんと2人だけの空間で辺りが満たされたような気がした。後にも先にもこのような体験は特別だったと自信を持って言えるかもしれない。
俺は照れ臭くなって、
「そそそそそそそそそぅなの?」
と、かなりどもりながら言ってしまった。おかしくなかっただろうか。変に思われなかっただろうか。新藤さんは続けて言う。
「だから。増田さんは自分が選んだ事を後悔しないで下さい」
ああ、何ていい人なんだろう。俺のせいでびしょ濡れになったというのに、一切怒らないどころか、俺が落ち込まないよう優しく言ってくれて、しかも、俺と一緒にいれて嬉しいなんて言葉まで言ってくれて。新藤さんは凄いなぁ。心が広いなぁ。ああ、可愛い。濡れた姿もその屈託のない笑顔も。
俺達は再びイルカショーを見るために姿勢を前に戻した。しばらく2人とも無口のままショーを見入っていたのだが、新藤さんが突然口を開き、こう言った。
「神童アリサの非公式ファンサイト……、作ってくれたの増田さんですよね」
「そうですけど……、あっ! すみません、一緒に作ろうっていう約束だったのに待ちきれなくて京田達と勝手に作っちゃいました……」
「いえ、いいんですよ。実は私にできることはあまりなかったんです。でも、あの人達が……、私のために……」
「私のため? あれは神童アリサのファンサイトですけど……」
俺がそう言うと、新藤さんは何かに気付いたように、
「なななんでもないよ! うん、私アリサチャンの大ファンだからウレシカッタノー」
と片言で言った。うん、生粋の大ファンであってくれて嬉しいな。サイトのクオリティの高さに驚いたのかもなー。
「なるほど……、ですよね。俺もあの2人が作ってくれたサイト見て嬉しい気持ちになりましたし、世間の人達も同じように感じてくれていて嬉しいです」
「そうですね……」
しばらく沈黙があった後、新藤さんが再び口を開く。
「あの増田さん、聞きたい事があるんですけど……」
「何ですか?」
「そういえば増田さんって歌唱絶姫決定戦のSNS投票って誰に入れました?」
ああ、そう言えばその話してなかったな今日。新藤さんも俺が誰に投票したのか気になっているんだろうな。
「投票は1人2票なんですよね……。同じ人に2回入れてもいいし、1票ずつ他の人に入れてもいい。もちろん1票は神童アリサに入れましたけど……、あ、思い出した! そういえば新藤さんに聞きたいことがあって……」
「なっ、何でしょう……?」
「投票フォームに新藤さんの名前がないんですよね。新藤さんにも投票しようと思ってて探したんですけど出てこなくて……」
俺がそう言うと新藤さんがかなり焦った様子で慌て始めた。
「あっ、イヤーそのぉ……、応募はしたんですケド、Webページのエラーで名前が表示されないことがあるんですよー。バグかもしれないので、後で運営側に連絡しますね!」
「なるほど、そういう事でしたか……」
サーバーエラーかな。あれだけ大きな大会だから起こっても仕方ない事なのかもしれない。よく分からないが、待っていれば復活するだろう。
「じゃあ直ったら新藤さんに1票入れますね!」
「はい、ありがとうございま……」
『バッシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!』
俺達の会話はイルカに遮られた。
「ほへ?」
「はひぃ?」
俺達は最後に特大水飛沫をくらったのであった。
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