第11話 神童アリサの葛藤、そして大会への決意

『歌唱絶姫決定戦』


 国内最大手音楽レーベルGRASNOWグラスナウによって主催される歌い手の歌い手による歌い手のための大会。歌い手を始めて3ヶ月以上であれば誰でも参加可能。しかし、GRASNOW側から直接参加をオファーした特別招待枠もある。


 既に3000人以上の応募者がいる。


 運営側から提示される様々な対決を制し、見事優勝した人物には国内ドームツアーの権利+ワールドツアー進出の権利を手にする。また、5年間に渡りGRASNOWから音楽活動のバックアップを受けることができる。まさに人生が変わる夢のような大会だ。


 期間は1年間、数ヶ月ごとにGRASNOW側よりお題が提示される。


 対決内容は未定。検討中。


最初のステージではお題に沿って活動し、ポイントを多く獲得した者が決勝進出。


最終決勝はさいたまスーパーアリーナで行われる。そこに進めるのは5名のみ。


 


――――――――――――――――――――




 私はマネージャーから添付されたファイルを見て、溜め息を吐く。


 「夢のような大会ね」


 まあ誰でも参加可能とは書いてあるけど実質最後まで勝ち残りそうなのは、特別招待枠に入っている


『戌威メラ』


『こすもテスラ』


『道明ミオ』


『RISHA』


 の4人だろう。私はこの人達ち太刀打ちできるだろうか。増田さんにああは言ったのはいいものの、やっぱり怖い。


 私の決断はこれで良かったのか。本当に後悔はないのか。増田さんとカラオケで一緒に撮った写真を見るたびに思う。


「増田さん……」


 彼こそが私を絶望の淵から救ってくれた私にとって恩人。でも、初めて会った時に感じたのはそれ以上の何ともいえない、胸が苦しくなるような感情。


 彼は私の事をどう思っているのだろうか。変だと思われてないだろうか。


 そんな事を考えながら私は思いを馳せる。


 それはカラオケの前日に起きた。


 自宅の部屋で寝転がっていると、マネージャーから1本の電話がかかってきた。


 こんな時間に珍しいな。そう思いながら電話に出ると、彼女は興奮した口調で、


「アリサ! おめでとう! あのGRASNOWから歌詞絶姫決定戦に特別招待枠としてオファーが来たわよ!」


 と言った。まるで自分の事のように嬉しそうにしていたのが印象的だった。


「いい人だよね……、峰田さんは……」


 この1年、真摯に私と接してくれ、辛い時も気分が落ち込んでいる日もずっと側にいてくれたマネージャーさん。感謝してもしきれないぐらいの恩恵を受けている。


 もちろん、あの最大手のレーベルが主催する大会というのは魅力的だし、何より参加メンバーが豪華すぎる。


 私が4年間目標としてきた人達、その人達と合間見えるチャンスなのだ。憧れの存在、その人達と共に日本一を決める大会。出場するに十分に値する。


 でも、この大会に参加すれば増田さんとはあまり会えなくなるかもしれない。何しろ期間は1年。あまりに長すぎるのだ。


 せっかく仲良くなった友達、私の夢を後押ししてくれた人。そして、誰よりも大切にしたい人。


「ファンクラブの約束も守れそうにないなあ……」


 これ程までに応援してくれているのは嬉しいし、ありがたい。


 でも同時に私は葛藤していた。


 これ以上嘘を付き続けるのもどうかと。


 増田さんに説明している新藤愛華という人間は歌い手志望の女子高生だ。まだ増田さんの中で新藤愛華=神童アリサではない筈。だからこそ、自身の正体を話せないのは心苦しい。


 いっそのことバラしてしまおうか。最初に会った時から何回か本気で考えた。マネージャーの峰田さんに相談したら猛反対された。


 所属事務所がシークレット歌手として扱っているから顔出しもダメだし、ましてや自分から正体をばらすなんて言語道断。もしそうすれば多大な違約金を支払わないといけないらしい。(※但し最終決戦に進んだ場合、つまりさいたまスーパーアリーナでのみ顔出しOKという通知は後に出た)


 もっともだろう。私がそういう契約にして欲しいと望んだのだから、私の要求はあまりに身勝手なものだったのだろう。


 だからこそ、自分の矛盾に腹が立つ。


 バレてもいけない、バラシてもいけない。


 やきもきした気持ちを抱えながら、増田さんとこれから接していけるだろうか。


 答えはNo!


 そんな生半可な気持ちで勝ち抜けるほどこの大会は甘くない。全身全霊でやらなければ私は即座に脱落するだろう。


 それに日本一になれば夢だったドーム……いや、海外進出までできる。栄光を勝ち取った歌い手、今や令和を代表する歌手となったAboあぼのように私もなりたい。そして、進化した神童アリサを皆に見せたい。


 増田さんにも、より神童アリサを好きになってもらうために、自分の中に残る甘さを断ち切らなければいけない。


 次会う時は、自信を持って私を推してほしいから。


 だから、私は挑む。


「見てて、増田さん。私、夢を叶えるよ」

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