第18話 ガラパゴス蔗糖



「席空いてるかな」


またちょうどよく

対面で座る席が一つ空いている。

荷物をカゴに入れて座る。


「ふー、結構歩いたね」

「え、ええ」


霊美ちゃんがなんだかそわそわしている。


「どうしたの?」

「い、いえ、こういうところに来るのは初めてで、

落ち着かなくって」

「あー」


確かに満席でぎっしり人が詰まっているのに、

お互い干渉せず思い思いに喋っているのは、

初めてでは騒々しく感じるだろう。


「静かなところに行く?」

「いえ大丈夫よ、今のうちに慣れておかないと」

「霊美ちゃんがそう言うなら」

「メニューは…どこにあるのかしら」

「大体は注文口のところにあるよ、

あとはスマホでも見れると思う」

「なるほど」


スマホで色々見始めた。


「この…期間限定のいちごのやつ、

とても美味しそうよ」

「あーそれ美味しかったよ」

「ならこれにしようかしら」

「なら行こっか」

「すみれさんは見なくていいの?」

「私はいつも頼んでるやつがあるから」


レジに並ぶ。


「なんだか緊張するわね」

「私が注文するよ」

「悪いわよ」

「なら私が先に言うね、

霊美ちゃんはサイズ決まってるから

そこは言わなくていいよ」

「ええ」


順番がくる。


「フラペチーノのLサイズ、

チョコソースでお願いします」

「期間限定のやつ、一つ」

「二点で千百五十円になりまーす」


霊美ちゃんは握りしめたお金をきっちり出した。

私は財布を開いて小銭を数え、

若干お釣りが出る数を渡す。

会計が終わり番号札を渡される。


「番号が呼ばれましたら順にお取りくださーい」

「はいこれ霊美ちゃんの」

「どうも」


受け取り口からやや離れて構える。


「やっぱりすみれさんは、

こういう場は慣れてるわね」

「まあ慣れてると言えば慣れてるけど、

ただ回数重ねただけだからそんなに偉くないよ」

「偉さは関係ないわ、私がただ尊敬しただけ」

「そっちの方がむず痒いや」

「ふふ」

「番号札1151番でお待ちのお客様ー」

「私だ」

「先に座っててちょうだい」

「うん」


先に座って一飲みする。

あーこれこれ。


「お待たせ」

「ん」


霊美ちゃんも席に着く。


「ネットの画像よりも赤赤しいわね」

「わかる、ちょっと食欲失せるよね」

「いただきます」

「あ、いただきます」

『チュー』

「どう?」

「なんというか…

新感覚すぎて上手く表現出来ないわ…」

「私も初めて飲んだ時そんな感じだった」

「正直、

美味しいのかすらも怪しくなってくるわ…」

「最初に頼むには挑戦的すぎてみたいだね、

一口ちょうだい」

「あ、どうぞ」

『チュー』

『ジー』


飲むところをまじまじと見られている気がする。


「んー、そういえばこんな味だった、

かなり甘いね」

「え、ええ」

「私のもいる?」

「ちょ頂戴するわ」

『チュッ…チュッ…』


なんだか飲み方がぎこちない。


「あ…こっちの方はかなりスッキリした味わいね」

「いちごのやつと比べるとそうだね」


あ、そういえば。


「関節キスだね」

「…」

「…」


やってしまった。

お互い顔を赤面させて、

ただ飲み物を飲む空間と化してしまった。

今更関節キスくらいでと思ったが、

いざ意識してみると恥ずかしい。


「あ、だんだん中身が混ざって

美味しくなってきたわ」

「おお、よかった」

「…今更関節キスと思っても、

いざ意識したら恥ずかしいわね」

「私もそう思った、へへ」


私達は初速が速すぎて、

色々置き去りにしてしまったんじゃないかと

思ったけど、そんなことはなくて安心した。

二人同時に飲み終わる。


「正直今までネームバリューだけの

お店だと思っていたけれど、

ちゃんと商品も美味しかったわ」

「また来ようね」

「ええ」


ゴミを捨てて退店。

時刻は午後六時。


「晩御飯食べて帰る?」

「食べてもいいけれど、

既に用意されているだろうし難しいわね」

「んー、なら門限まで遊ぶ?」

「それがその…

ぶっちゃけて言うと私の家の食事は

ほとんど使用人さんが

作って持ってきてくれるから、

帰るのが遅れるとその分待たせてしまうの」

「ああなるほど…キャセルとかできないの?」

「恥ずかしながら、母の連絡先を知らないの。

それに私がいつもと違う行動を起こせば、

誰に飛び火するか分からないし」


独裁者みたいだ。


「霊美ちゃんは優しいね」

「他人事のように思えないだけよ」

「実質的な門限って十八時?」

「場所にもよるけど、そのくらいがベストね」

「了解、家まで送るよ」

「ありがとう」


手を繋いで歩く。

もちろん恋人繋ぎで。



家の前に到着する。


「その…今日は本当に楽しかったわ。

人生で一番楽しい日かもしれないくらい」

「へへ…そんな褒めすぎだよぉ」


社交辞令程度に


受け取られてしまうかもしれないが、

本当にそう思っていることは心が証明している。


「また明日」

「うん、また明日」


名残惜しく別れ、壁の中に入る。

小走りで歩き離れへ向かう。


「?」


待っている使用人さんがいつもより少ない。

料理を持ってきてくれる人がいない。


「私の料理は?」

「存じ上げません」


洗濯物を

回収してくれる人はやはり知らないようだ。

心当たりのある人物を探しに母屋へと向かう。


「お母様」


その人は何事もなかったかのように

茶を啜っていた。


「なんでしょう」

「私の夕食が用意されていない件について、

何かご存知ありませんか」

「あら、てっきり食べて帰るかと思ったから、

そう言いつけてしまったわ」


嫌味か本音か。


「…連絡先を交換しませんか?

二度とこのような事が起こらないよう」

「であれば私ではなく…いえ、

わかりました、交換しましょう」

『…パカ』

「…!?」


ガラパゴスケータイを開き出した。

私が十数年前に見たものと、同じものだ。


「これが私のメールアドレスよ」

「あ…はい」


メールアドレスに

人の連絡先を入力するのが初めてで、

上手くいかない。

写真に撮って後でやろう。


「それと、

いい機会だから言い渡すことがあります」

「はい」

「門限を十一時に引き上げます。

九時を超えて帰宅する場合

メールに一報入れなさい。

異論は認めません」

「あ…はい」

「それでは、お行きなさい」

「今日は…帰るのは九時を超えると思います」

「…あまり羽目を外しすぎないように」

「心得ています」


母屋を離れ、壁から出る。

走りながらチャットを打つ。


『今どこにいるかしら』


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