第3話 三階三番目のトイレでキス



私は霊美ちゃんのことをもっとよく知るため、

常に後を着いて回った。

友達と距離感を維持しつつ

するのは難しかったけど、

それなりに収穫があった。

霊美ちゃんには友達がいない。

部活をしていないので他クラスにも居ない。

以前から感じ取っていた孤高の雰囲気は、

雰囲気だけでなく実際にそうだった。

お昼ご飯は購買で買う、

ご飯ものと惣菜パンを毎日交互に。

所作が所々上品。

トイレのスリッパは脱ぎ揃える。

集中力が驚くほど高く、

それ故に周りを見失うこともしばしば。

移動教室で突然道を

逸れた時は考え事をしていた。

普段とのすまし顔のギャップで萌える。

幽霊の情報は逐一集めているようで、

今日も放課後空いているか聞かれた。


「うん、空いてるよ」

「なら、今日もお願い」

「今日はどんな場所?」

「トイレよ、

三階の手前から三個目の個室に出るそうよ」

「それって…」

「ええ、花子さんかもしれないわ」

「また変態チックなやつ?」

「トイレにいるのだから、

どう足掻いてもそうなる運命ね」

「確かに」

早速足を運んだ。

「あ…」


女子トイレなのだから個室は多く、

左右両方に三つ目の個室がある。


「あ」


左の方に普通にいた。

便座に鎮座している。

何か悩む必要はなかった。


「では、早速」

「うん」


リップを塗って個室に入る。


『キィ…バタン』


扉が閉まり。


『ガチャ』


鍵も閉まる。

何故だろう、すごくドキドキする。

個室だから幽霊との

距離が近すぎるからだろうか。

それとも好きな女の子と個室に

入っているからだろうか。


『クイ』

「ん」

『む』


唇の感触。

高揚感のせいで、

唇の情報しか頭に入ってこない。

柔らかい。


『ちゅ』

「どう?」

「どうって?」

「私…キスが上手くなったかしら?」


なーんだそんなことか


「霊美ちゃんは元々上手かったよ」


美味くもあった。


「そう、よかった」

『む』

『ぷちゅ』

「練習してたとか?」

「それは…その、言うのが恥ずかしいわ…」

『ちゅ』

「えー、教えてよ」


元カノとかだったらどうしよう。


「その、ぬいぐるみで…練習したの」

「ええ、へっ」

「ほら、笑ったじゃない…」

「違うの、すっごく可愛くって」

『ちゅー』

「ぷは、ぬいぐるみにキスするのって、その、

気持ち悪くないかしら?」

「うんうん全然、私犬によくキスするし」

「犬を飼ってるのね」

「うん、サモエド」

『ちゅ』

『ぱ』

「可愛いなんて…初めて言われたわ」

「そう?まあ確かに霊美ちゃんは綺麗系だもんね」

「いや…ふふっそうね」

『ちゅ〜』

「んむ〜」


耳で聞こえるくらい長く強い吸い付き。


『ガサッ』

「「!?」」

スリッパが地面に擦れる音。

キスに夢中で、

誰かが来ていたのを察知できなかった。


『ちぅ…ちぅ…』


ちょっと一旦吸うのやめよっか。


『ジャー…キュ』


手を洗って某はどこかへ去った。


『ッぱ!』

「はぁ…はぁ…忍びの末裔がいたわね」

「女子校に忍びは創作の世界だよ…あ」


便座を振り返ると、もやは消えていた。


「ふぅ」


霊美ちゃんが徐に便座に腰掛けた。


「あ、する?」

「いえ、何となく」


見つめ合う。

霊美ちゃんの上目遣い。

今は彼女が下。


「んしょ」


太ももに腰掛ける。


「…すみれさん?」

「たまにはこういうのも悪くないよね」

「もう…好きにして頂戴」

『クイ』

「あ…」



昼休みの1ーA教室。


「ねえ霊美ちゃん」

「どうしたの?」

「放課後空いてる?」

「そうね…ええ、一応空いてるわ」

「一応?」

「その…放課後になったら話すわ」

「うん、わかった」


どこか引っかかりながら、

別の会話をはずませた。



放課後。


「私…お金をそれほど持ってないの」

「そうなの?」


全くそういった雰囲気は感じてこなかった。


「いくら持ってるの?」

「今財布に入っているのは…

購買で買ったおにぎりのお釣りの二十円」

「二十円!?」


小学生でも一桁多く持っているだろう。


「全財産は…?」

「二十円よ」

「はー…」


こう見えて浪費癖などあったりするのだろうか。


「その…家が厳しくて、

食費と日用品を買う必要最低限の

お金しか貰えなくって」

「バイトは?」

「させて貰えないの」

「んあー…」


土曜に半日働いて

あれも欲しいこれも欲しいと思っているのに、

さぞ辛い生活を送っているのだろう。


「それって、欲しいものとか買えるの?」

「最近できた買い物は…このリップがそうね」


いつも使っていたリップを取り出した。


「あ、それ…なんだ…」


私と付き合い始めて、

いいキスをするためにわざわざ買ってくれた。

それを思うだけで、

胸がいっぱいになり霊美ちゃんを

見る目が変わってくる。


「だから私、放課後の買い食いとかもできないの、

時間的に空いてはいるのだけど、

できることは少ないわね…」

「うん…わかった!」

「!?」


霊美ちゃんの手を握る。


「ならお金がかからないことしよ」

「ええでも、高校生なのだし

消費はつきものなんじゃないかしら…?」

「そんなことないよ、

公園とか図書館なら誰でも使えるし」

「私はそれでも構わないけど、すみれさんは…」

「いいよ、霊美ちゃんとならどこでも行けるし」

「ええ…ありがとう」


抱きしめられる。


「えへへ…あ、そうだ、私の家来る?」

「え」


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