企業殺し屋 椎名剛

@mogami2004

第1話 朝礼

「椎名、お前はこれとこれ。超特急は明日までに提出しろよ。締め切り守れよ」

朝8時、調査部の井上課長の声が響く。


「うぇー、超特急ですか。今夜はまた徹夜かぁ」

私はボヤキながら課長から渡された調査依頼の内容を確認する


ここは西日本経済、福岡支社。企業調査会社では、帝王調査バンク、大阪信用リサーチに次ぐ、第三位の会社である。本社が西日本にあるので、地元の企業に強いことで知られている。そして、辛口の調査内容でも知られていた。

支店の構成は、倒産の情報を事前につかむ「情報部」と、依頼を受けて企業を調査する「調査部」の二つに分かれている。私は調査部に属している。


調査部では日々上がってくる調査依頼を調査員に振り分けて、手分けして処理する。

今はその割り当てが振られているのだ。

依頼主は調査して欲しい企業の名前と住所の他に、重点的に調査して欲しい項目を指定する。そして提出期限に応じて料金も高くなる。超特急は一日、つまり翌日には報告書を提出しなければならない。


「はぁー、きついな」私はまたぼやいた。

「うるさいぞ。超特急の方が給料に反映されるからいいだろ」

ぶつぶつ不満を言ってる私に井上課長が怒る。


確かに課長の言うとおりだ。給料は最低保証給与と出来高制になっている。

出来高は情報会員と言って、自社の情報誌の勧誘や出版物の販売が含まれる。

給与の大半は営業成績であるが、新人の内は中々営業など獲れない。

結局、営業が出来ない社員は最低給与と調査の出来高で給与が決まっている。

少しでも割のいい調査は、期限が早い案件だ。その何割かが給与に反映される。


だが、実際にそれをやると、睡眠時間が削られる。毎日朝から夕方まで出回って、

調査を行い、実際の報告書を書くのは自宅に帰ってからになる。

 それも新人にとっては、苦行だった。何を書いていいか分からないのだ。仕方なく、企業の前回の調査報告書を一部文言を変えるなどの小手先でで、何とかして報告書を作成する。しかし、全く新規の企業の調査は、一から十までかかなければならないので一案件3時間で済めば、いい方だ。その分、寝るのは遅くなる。


「篠倉、お前、報告書はどうした」井上課長が声を荒げる。

篠倉さんは私より3か月ほど先に入社したが、中々報告書が上がらない。当社では、1年以内に調査件数が20件に達しないとクビが規定としてある。

彼はもうすぐ9か月になる。だが、毎月ノルマの半分も満たない月が続いている。

それで怒られているのだ。


「いやー、眠くて寝て強いました。」と関西弁で笑っている。篠倉さん本人はヘラヘラと笑っている。この人は福岡県南部の蝋燭製造社長の息子で、後継ぎになるのが既定路線と聞いていた。将来が決まっているが、本人はバスの運転手を希望する変わった人だ。

「椎名君は偉いのぉ」相変わらず、ヘラヘラしながら篠倉さんが話しかけてくる。

彼は関西の有名私立大学を出て、就職浪人になり、渋々、この会社に入社した。渋々だから、やる気も起きない。いわゆる、「バブル入社組のダメ人間」というやつだ。

「篠倉、お前はやる気はあるのか」井上課長の怒号が飛ぶ。今の時代ならパワハラと言われるかもしれないが、バブル崩壊直後はこれが当たり前として通っていた。


「まあまあ、井上課長」と岩清水課長が割って入った。この人は地方拠点の支店長だったが、人間関係で、調査部課長に降格処分となったと聞いた。

「篠倉君もそろそろ目標を意識しないとね。後輩が迫ってるよ。残り三か月だよ」

と、篠倉さんに目を向ける。岩清水課長は普段は温和だが、支店長を務めただけあって、鬼の岩清水の異名をとっていた。その迫力にさすがの篠倉さんも笑いが消える。


「そろそろ朝礼の始まりですばい」と調査部部長、真田の筑後弁で時間に気が付いた。時間は8時半になろうとしていた。


「それでは朝礼を始めます」福岡支店次長の富山の声で、調査部、情報部、経理の全員が中央に集まる。


「では、始めます。まず昨日の売り上げから。福田部長、情報会員3名、24万。年鑑8万」売上が読み上げられる都度、拍手が起きる。

調査会社と言っても、所詮は民間企業。調査件数が何件出来るかよりも、売上が重視される。私はそれに嫌気がさしていた。新人には会員なんてないし、調査部よりも情報部の方が沢山の情報を早期に得るので有利になる。不公平だ。


売上の発表が終わると「続いて情報部」と声が掛かる。今日は情報部の大田課長から発表が行われる。しかし、これも新人にとっては難題である。本来は会員獲得のためのネタなのだが、会社名がさっぱり頭に入ってこない。ベテランになると常に2万~3万社の情報が、頭の中にあるというが、新人には全く関係性が分からない。

そのうち、朝礼が終わった。


再度、調査部、情報部、それぞれに分かれて本日の売上見込みの聞き取りが始まる。

真田部長が聞き取りをしていく。井上課長、岩清水部長、黒木さん、篠倉さん、私、の順で発表だが、篠倉さんと私は「見込みなし」と答えた。篠倉さんが私の方を振り返る。渋い顔をしている。調査件数20件+売上は酷なのだ。

私は同意するように頷く。

それを見ていたのか、真田部長が「二人も一万円でもいいから売上を上げるよう努力しんしゃい」と諭すように言う。毎日これだ。

二人とも見込みもないのに「ハイ」と力なく答えた。







渋い顔をしている。
















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