「日常」という名のフィルムを巻いて
萌木
アイスボックス
気温27度。六月上旬、夏に片足が入りかけた時期。日向を歩くと汗が滲むが、日陰は風がそよそよと優しい。街路樹がポツポツあるので、日陰を探して駅を目指す。
「俺、アイスボックス食べるの初めてだな」
コンビニで買ったばかりのアイスボックスは、氷がひとまとまりに凍っていて食べづらい。にぎにぎとプラスチック容器を潰して、中の氷を一口サイズにしようとして、苦戦する。固い、潰れない。うまく潰せない私を横目で見ながら、余裕で一口サイズにできた君。
「こっち持ってて。交換しよう」
ありがとう、と、受け取ったアイスボックスを振るとコロコロ音がする。
「そうなの?これ結構美味しいんだよ。」
アイスボックスの蓋を1/3ほど開けて、天を見上げるようにして氷をガリガリと食べる。ひんやりして、少しレモンの風味も感じる。
「へぇ、そんな風にして食べるのが正解なのか」
アイスボックスをまたもや余裕で潰すことに成功し、納得した感じで、天を見上げてアイスを煽る君。
駅までは1.5キロくらいだろうか。駅に繋がる一本道を、2人で歩く。街路樹があるといえどもやはり少し暑い。やっぱり暑い季節はクリーム系じゃなくて、氷のアイスが1番かな、なんて考えていると、隣から声が上がった。
「あ、俺の小説の閲覧者数がどんどん上がってる」
最近、戦記物の小説を書き始めたらしい。
「ペンネームだけでもいいから教えてよ」
私は氷を頬張りながら、君の方を向いてそう言った。君はすかざす
「嫌だね。すぐ調べるし、読むでしょ」
と、否定してくる。ガリガリ氷を噛み砕きながら、眉間に皺を寄せている。
当たり前だ。どんな文章を書いているのか気になるし、今日一日のデートの中で小説のシナリオまで伝えられたのだから。なんなら、今後の展開についてアドバイスまでしている。
「調べるし、読むよ。黒歴史になるかもしれないけれど、いいじゃん」
絶対やだね、最低と君は言うけれど、なんだか私も少し書いてみたくなってしまった。
君がうんうん唸りながら戦記物を書くのなら、私は自分の生活のなかでの些細な時間を文字に起こそう。きっとなんて事はない時間だから、直ぐに忘れてしまうような出来事だけれど。文字にしておけばいつでも読み返せるからね。
だから、君が見つけやすいようにペンネームは萌木にしておくよ。
天を見上げるようにしてアイスボックスを食べる。あれ、もうこれで最後の一口だ。
「これさ、凄いカロリーが低いんだよ、15キロカロリー」
アイスボックスの蓋を眺めながら私がそう言うと、君は笑って
「夜はロコモコ丼にケーキを食べるから、今日のカロリーは凄いことになるね」
……それは、そう。
笑いながら手を繋ぐ。だってアイスボックスを食べたら手が冷えたから。
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寝る前に、君が言った。
「今日は一緒に食べたアイスボックスが凄く楽しかった。なんだか高校生になったみたいで」
えー、そうなの?なんて言ってみせたけれど、私も同じ。君が目を細めてそう言うから、その時間を文字にした。
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