第2話

ガンジス川のほとりで、真紀はタナカさんと共にしばらく佇んでいた。川の流れは絶えず続き、巡礼者たちの祈りと共に、時折小さな波音が聞こえる。川の向こう側には、色とりどりのサリーを身に纏った女性たちや、祈りを捧げる僧侶たちの姿が見えた。


「この地に来ると、自分の存在が小さく感じられるでしょう?」タナカさんは静かに問いかけた。


真紀は頷いた。「ええ、でもその小ささが、なぜか安心感を与えてくれます。」


「それはガンジス川の魔法かもしれませんね。ここでは、私たち一人一人が大きな流れの一部であることを感じることができます。」タナカさんの言葉には、長い年月をかけて培われた深い理解が滲んでいた。


その日、真紀はタナカさんと共に川沿いの町を歩き回った。彼はこの地の住人たちと親しく、様々な場所で彼らと挨拶を交わしていた。市場の賑わいや、路地裏の静けさ、そして寺院の荘厳さなど、全てが新鮮な驚きに満ちていた。


途中、真紀はふと目に留まった一軒の小さな書店に入った。そこで、タナカさんは一冊の古びた本を手に取った。「これはね、ガンジス川についての詩集です。ここの詩人たちは、この川に多くのインスピレーションを得て作品を紡いでいます。」


真紀はその本を開き、一つの詩に目を留めた。それは、川の流れに身を委ねることで、心の痛みが浄化されるという内容の詩だった。その詩の言葉が、彼女の心に深く響いた。


「この詩のように、私もこの川に身を委ねることができるでしょうか。」真紀は静かに呟いた。


タナカさんは優しく微笑んで言った。「あなたはもう、その一歩を踏み出しているのですよ。」


その夜、真紀はガンジス川のほとりで、川の音を聴きながら一人静かに瞑想を始めた。遠くから聞こえる祈りの声が、彼女の心を包み込むように響いた。彼女は目を閉じ、自分の内面と対話を続けた。


「夫の死から逃げるのではなく、その痛みを抱えながら生きることを学ばなければならない。」そう思いながら、彼女はゆっくりと深呼吸をした。


その時、真紀の心に一つのメロディが浮かんだ。それは宇多田ヒカルの『Deep River』の旋律だった。その音楽が、彼女の心に安らぎと希望を与えてくれた。


「明日もまた、新しい一日が始まる。」真紀はそう心に刻み、静かに瞑想を終えた。


---


翌朝、真紀はタナカさんとアミットの案内で、ガンジス川の更に上流へと向かった。そこでは、朝の光の中で多くの人々が祈りを捧げ、川の水で身を清めていた。


「この場所では、全てが新たに始まると言われています。」アミットはそう説明しながら、真紀に川の水を手ですくうように促した。


真紀はそっと手を伸ばし、冷たい水を感じた。その瞬間、彼女の中に何かが浄化されるような感覚が広がった。彼女は深く息を吸い込み、その清らかな空気を感じながら、祈りを捧げた。


「私はこの川の一部になり、過去の痛みを乗り越えることができる。」真紀はそう心に誓った。


その後、彼女はタナカさんとアミットと共に、ガンジス川沿いの様々な場所を巡った。彼らの話を聞きながら、真紀は少しずつ自分の心が軽くなっていくのを感じた。


「この旅は、私にとって新たな出発です。」真紀はそう感じながら、ガンジス川の流れを見つめ続けた。


そして、真紀はこの聖なる川のほとりで、自分自身と向き合い、再生の道を歩む決意を固めたのだった。彼女の心には、遠藤周作の『深い河』と宇多田ヒカルの『Deep River』が響き続け、その旋律が彼女の新たな一歩を支えてくれた。


真紀のガンジス川での旅は、過去の痛みを乗り越え、新たな希望と再生の道を見つけるための重要な一歩となった。この旅を通じて、彼女は自分自身を再発見し、新たな人生を歩む力を得たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る