Days10 散った
一学期の期末試験、最後にして最大の難所である数学2Bが終わった。私立文系の大学に進学する予定のわたしにとってはそれほど重大な科目ではないのだけれど、共通テストは一応全科目受ける予定なので、油断してはいけない。私立大学には共通テストの成績が良ければ各大学が独自に設定している試験を免除してくれるところもある。さすがのわたしも受験生活は短ければ短いほどいいと思っているから、共通テストの成績が良ければそこで妥協するかもしれない。
毎日寝る前にこつこつ勉強してきたかいがあり、それほど難しいとは思わなかった。とても素晴らしい成績とはいかないかもしれないが、六割から七割は取れているはずだ。一番苦手な数学がこの程度で、得意な国語や歴史は九割ほどだろうから、なんとかなるような気がする。真面目に育ててもらってよかった。
帰ろうと思って廊下に並ぶ生徒用ロッカーに向かうと、彼がロッカーにもたれかかっていた。涼しい顔で、スマホでぴこぴこと高速のフリック入力をしている。スマホ以外には何も持っていない。帰り支度をしていないということだ。
「天、帰らないの」
声を掛けたら、彼が顔を上げた。わたしの顔を見る。
「終わった」
「そうね、終わったわね。来週の答案の返却まで震えていなさい」
「いや、マジ。俺の成績が終わってる」
意外な返答だった。涼しい顔をしているから余裕なのかと思った。彼の成績は把握していない。この学校は成績順を貼り出すような暴力はしないし、お互い試験の点数を報告し合うこともない。
「結果悪そうなの」
「志望大学入れんかもしれん」
わたしは驚愕した。
「えっ、大学行くの?」
「えっ? 大学行かないのにこんな進学校にいる俺なに?」
「あ、あら、そう……バックパックで世界を放浪する予定なのかと思ってた」
「なに? 俺どういうイメージ?」
何か先走ったことを想像してしまっていたらしい。そのへんの擦り合わせは必要そうだ。毎日一緒にいて何をしゃべっているのだろう。お互いの将来のイメージ像なんてたぶん何も知らない。
「何が目的で何学部のある大学に……?」
おそるおそる聞くと、「学部は決めてない」という斜め上の答えが返ってきた。
「どこに入っても最終的に自分が一般企業に就職してるイメージがまるでない」
当たらずとも遠からずだった。
「それじゃ、何のために大学に……」
「えー」
わたしは天地がひっくり返ったかと思った。
「雪のお父さんがまともな大学を出ないと結婚を許さないと言っていたので……」
目を真ん丸にしたわたしの隣で、クラスメートの女の子たちが「きゃああ」と黄色い声を上げた。
「おめでとう! 式には呼んでね!」
「ええ……何も聞いていない……わたしはなんにも……」
帰り道でぎゅうぎゅうに問い詰めた。
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