Days2 喫茶店
彼は写真部に所属している。でも、写真部はみんな個々に勝手に撮影をしていて、集まりは週に一度しかない。
わたしは文芸部に所属している。けれど、読むだけで書くことはないので、やはり週に一度の集まりに顔を出して部員の作品を読んだり読まなかったりするだけだから、ほとんど活動していないと言ってもいい。
写真部も文芸部も月曜日だけの活動で、他は六日間全部ひまだ。
今日も、わたしと彼は待ち合わせたわけではないのに一緒に学校を出て、用もなく駅の周りをぶらつき、彼が行きつけだという喫茶店に落ち着いた。
彼の行きつけの喫茶店というのは、どうやら一ヵ所だけではないらしい。その日の気分や同行者によって変えているのだという。
わたしは一人だと駅前のコーヒーショップにしか行かない。だから、個人経営の喫茶店はすごく敷居が高いような気がしていて、彼がいないと入ってはいけないところのように思っている。どこのお店もコーヒー一杯の値段はそんなに変わらないのに、わたしは彼がいないと喫茶店に入れない。
今日たどりついたのは、裏路地にある、古びた看板のお店だった。昭和四十八年創業、つまり今年で開店五十周年である。白髪のマスターが一人で切り盛りしていて、白いコーヒーカップに薫り高いコーヒーを注いで出してくれる。ソファは定期的にメンテナンスしているのか、もこもこで座り心地がいい。
彼はそんなお店に何でもないように溶け込んで、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。
長い指がコーヒーカップの取っ手をつかみ、もう反対の手で新聞紙を持つ。そうして黙って眼球だけを動かす様子はうちの父にも似ている。長い睫毛に囲まれた黒い瞳の動きを黙って見つめる。コンタクトレンズがなくてもよく見えるその目がうらやましい。
私は本を読むけれど、実は文芸作品は好まない。新書が好きで、なんとなく歴史や科学を追っている。小説は苦手だ。他人の心の中を覗き見するのが好きではない。部活の付き合いで読むのがせいぜいで、しかもライトノベルともなるとわたしは辟易してしまう。恋なんかしたい? 物語のように溺愛してくれるイケメンなんか現実には存在しないのに。王子様はわたしを無視して新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。溺愛は程遠いが、してもらってもお互いにキャラ崩壊だな、なんて思う。
「新聞、おもしろい?」
問い掛けると、彼は「べつに」と答えた。
「ネットのニュースだと興味がある記事しか開かないから、トピックスだけざっと見て、後で気になった話題をスマホで調べる感じ。そういう斜め読みのざっくり把握なら政治も経済も事件事故もまんべんなく取り上げる新聞は便利だと思う。でも正直新聞社によっては鼻につくこともあるから、なんだこいつ俺とは気が合わねえな、と思うこともちょこちょこある」
「ふうん。ねえ、それって、わたしとしゃべるより有意義?」
「なんだよ、構ってほしいのかよ。それならそうと言えよ」
わたしは何も言わずにミルクたっぷりのアイスコーヒーを飲んだ。嫌な気持ち、嫌な気持ち、嫌な気持ち……。
「べつに」
「そう? じゃあいいじゃん」
溺愛なんてしてほしくないし。
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