最終回の続きを見に行く
日崎アユム/丹羽夏子
Days1 夕涼み
梅雨の中休みでほっとひと息の快晴、なんて幻想だった。七限目の授業が終わる頃、あっという間に空が曇ってゲリラ豪雨になった。気象病で低気圧を察知しぼんやり忍び寄る頭痛を感じていたわたしの体が正解だった。
自転車通学の多い我が校は、突然の大雨警報によって大勢の生徒が閉じ込められた。警報が出たからと言って帰ってはいけないルールではないのだけど、この大雨では視界が悪く、国道で
わたしはバス通学だ。バスは止まらない。バスが止まっても、専業主婦の母に連絡すれば、車で迎えに来てもらえる。
それでも教室に残ったのは、彼を見張らないといけない気がしたからだ。
先ほど一度ふらりと消えたので、この大雨の中帰ってしまったのかと思った。自転車通学なのに。慌てて連絡を取ろうとしたけれど、自転車に乗っていたら気づくはずはないし、気づいても応じてほしくなかった。どうしたものかとやきもきしていると、紙パックのオレンジジュースを持って教室に帰ってきた。学生食堂の自動販売機まで買い物に行ってきたらしい。彼の机をじっと見つめ、彼の顔を見てほっとしていたら、わたしたちが付き合っていることを知っているクラスメートの女の子たちがくすくすと笑った。恥ずかしい。
彼の肩が雨で濡れている。食堂は教室棟とは別なので、途中に屋根のない場所がある。それでもジュースが欲しかったのか。なんだか情けない気持ちだ。欲しいと思ったら我慢できずに取りに行ってしまう。彼はいつもそうだった。だからこそ、わたしのことなんかべつに欲しくなさそうなのが嫌だった。わたしは彼に焦ってがっついてほしかったのかもしれない。初めてセックスした時誘ったのはわたしのほうだった。嫌な気持ち、嫌な気持ち、嫌な気持ち……。どうしてわたしを欲しがらないの。わたしよりオレンジジュースのほうが好きなの。
不意に机のスマホが震えた。学校にいる間はサイレントモードとバイブレーションモードをオンにしていて、音が鳴らない代わりに振動する。
手に取り、画面を開くと、LINEを一通受信していた。
『18時から太陽。一緒に帰るぞ』
天気予報アプリの話をしているらしい。確かに太陽マーク、つまり晴と表示されている。
顔を上げると、彼がオレンジジュースのストローを咥えたままスマホをいじっている。直接話し掛けてこないのはわたしが先ほど笑われて嫌な顔をしたのを見ていたからか。べつにいいじゃないの。みんな知ってる、わたしたちが付き合っていることを。変な気は回さないで。嫌な気持ち、嫌な気持ち、嫌な気持ち……。
不意に彼も顔を上げたので目が合った。
彼が窓の外を指さした。
彼の指先から魔法が放たれたかのように、クラスじゅうが窓を見た。
「わあ……!」
「止んだじゃん」
「虹だ」
クラスメートたちが窓を開けると、濃密な雨の匂いと涼しい風が入ってきた。
「じゃ、帰る」
そう言って彼が立ち上がった。
その様子を、クラスメートのみんなが見ている。
「帰ろうぜ、雪」
わたしは真っ赤になりながらしぶしぶ立ち上がった。
みんなが見ているのに、彼はこのクラスに君臨する王様で、なんならわたしをも支配している存在なので、何をしても注目されるし、何をしても許されるのだった。
「俺も清森と帰る!」
「俺も俺も!」
「あたしも清森と帰りたい!」
「はいはい、好きにしなあ」
結局、わたしたちはみんな連れ立って教室を出た。
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