新学期と一年戦争【五】


 魂装<緋寒桜ひかんざくら>を発現させたローズは、緋色ひいろの美しい剣を天高く掲げる。


「――舞え、<桜吹雪>ッ!」


 その瞬間、彼女の背後に咲く桜のはなびらが、凄まじい勢いで俺の元へ殺到する。


「なっ!?」


 視界一面が緋色に染まる。

 その数は軽く万を超え、数えるのが馬鹿らしくなるほどだ。


(く……っ。ローズの能力が判明していない以上、うかつにはなびらへ触れるわけにはいかない……っ)


「一の太刀――飛影ッ!」


 俺はひとまず飛影を放ち、迫り来る大量のはなびらを撃ち落とさんとした。


 しかし、


「甘いっ!」


 彼女が左手を振るうと――それに連動してはなびらも曲がり、俺の斬撃を容易く回避した。


(レイズさんの<三匹の小骨龍スリー・スケルトンズ>同様、遠隔操作が可能な力というわけか……っ)


 波のように押し寄せる桜吹雪を前にした俺は、


「八の太刀――八咫烏やたがらすッ!」


 八つの斬撃を四方八方へ張り巡らせ、自らの身を守る結界とした。


 だが、


「そこっ!」


 結界の間隙かんげきを突いた一握りのはなびらが、俺の脇腹をかすめた。


「ぐっ!?」


 鋭い痛みが走り、苦痛に顔が歪む。

 視線を脇腹に落とせば、そこは鋭利な刃物で切られたかのように切り裂かれていた。


(やはり、ただのはなびらじゃない……っ)


 恐ろしいほどの切れ味――まるで一枚一枚が小さな斬撃のようだ。


 圧倒的に数が多い分、同じ操作系の魂装――<三匹の小骨龍スリー・スケルトンズ>より遥かに厄介な能力だ。


「なるほど……。<緋寒桜>の能力は、その鋭利なはなびらを操ることか……っ」


「半分正解。だけど、もう半分は――ハズレよ!」


 そう言うと彼女は小細工をろうすることなく、真っ正面から斬り掛かってきた。


「桜華一刀流――夜桜よざくらッ!」


 俺の胸元目掛けて放たれたその袈裟切りは、先ほどとは比べ物にならないほど速くなっていた。


「なっ!?」


 咄嗟に剣を水平に構え、なんとかその一撃を防いだ。

 だが、彼女の一撃はただ速くなっただけではなかった。


(く、そ……。なんて力だ……っ!?)


 かつて経験したことのない衝撃が、剣から両手へ両手から全身へと伝っていく。


「はぁあああああっ!」


 そこからローズはさらに力を加えていき、


「ぐっ!?」


 純粋な力勝負で押し負けた俺は、大きく後ろへ吹き飛ばされた。


 そこへ、


「まだまだっ!」


 ローズは間髪をれず、畳み掛けるように猛攻を仕掛けた。


「桜華一刀流――連桜閃れんおうせんッ!」


 まるで閃光のような突きが、連続して放たれる。


「くっ……!?」


 ときに躱し、ときに撃ち落とし、ときに薄皮のみを切らせ――なんとか全ての突きを回避した俺は、大きく後ろへ跳び下がる。


(さっきまでと違って、身体能力ではローズの方が完全に上を行っている……っ)


 その契機となったのは間違いなく――彼女が魂装を発動させたことだ。

 ここから導き出される結論は、たった一つ。


「その圧倒的な身体能力……。<緋寒桜>は、強化系の魂装だったのか……」


「ふふっ、ご明察。この桜の木は、ただただ莫大な力の塊。<緋寒桜>の能力は、その力を自在に操ることよ」


 そう言って彼女は、はなびらを一つ手に取ってみせた。


(なるほど。桜の木に内包された莫大な力を吸収し、自分の身体能力を大幅に上げているということか……)


 はなびらを操作した攻撃は、その副産物と言ったところか……。


(強化系でありながら、操作系の力を持つ魂装……。全く、厄介極まりない力だな……)


 だが、対処のしようがないわけじゃない。


「だったら……この手はどうだ?」


 俺はターゲットをローズから<緋寒桜>本体へと切り替えた。


 そして、


「はぁああああああっ!」


 全体重を乗せた大上段からの切り下ろしを放った瞬間。


「くっ!?」


 まるで鋼鉄を打ったかのような、強い衝撃が両手を走った。


(か、硬い……っ!?)


 ただの木ではないと思っていたが、まさか傷一つ付けられないとは……っ。


 俺が驚愕に目を見開いていると、背後からローズの声が降った。


「――それは物質的な木じゃない。『木という概念』をこの世界に固定したもの。そう易々とは切れないよ」


 すぐさま後ろを振り返ると、彼女は既に剣を引き抜いていた。


「桜華一刀流――雷桜ッ!」


 雷鳴の如き居合斬りが駆け抜ける。


「く……っ!」


 俺は咄嗟に防御態勢を取って、なんとかその一撃を防ぐが……。


 体勢不利かつ身体能力で遅れを取っている現状、その勢いを殺し切ることはできず――がら空きの腹部を晒してしまった。


「さっきの――お返しっ!」


 そこへ、彼女の鋭い蹴りが叩き込まれる。


「か、はぁ……っ!?」


 人間離れしたその脚力に、俺はまるでボールのように吹き飛ばされた。


「く、がは……っ」


 体中の血液が跳ね回り、肺の空気が全て絞り出された。


「……っ」


 しかし、さらなる追撃を許さないよう、俺はすぐさま立ち上がって正眼の構えを取る。


「……今の一撃を受けて、即反撃の姿勢を取るなんて。やっぱり、とんでもない身体能力をしているね……」


 彼女はまるで化物でも見るような目で、こちらをジッと見つめた。


「今度は、こっちから行くぞ……っ!」


「えぇ、望むところよ」


 それから俺は持てる全ての技を駆使し、ひたすらローズを攻め立てた。

 彼女はそれを持ち前の精緻せいちな剣術で防ぎ、期を見ては的確な反撃を挟み込んだ。


 その結果――俺の体には一つまた一つと、切り傷が増えていった。


 だが、勝機がないわけではない。


 むしろ試合の流れは、徐々にこちらへと傾いてきていた。


「八の太刀――八咫烏ッ!」


「お、桜華一刀流奥義――鏡桜斬ッ!」


 八つの斬撃がぶつかり合い、共に消滅した。

 今や互いの身体能力は五分五分。


(いや、ややこちらが上回る……っ!)


 ここが攻め時と判断した俺は、前へ前へと攻め立てた。


「うぉおおおおおおおおおっ!」


「くっ……はぁあああああああああっ!」


 互いの剣がぶつかり合い、鍔迫り合いの状態となる。


(<緋寒桜>を発現してからというもの、ローズは目に見えて攻勢に出た)


 最初は、能力のタネが割れないうちに試合を決めたいのかと思ったが……どうやらそうではないらしい。


(ローズには、攻め・・急がなければ・・・・・・ならない・・・・理由・・があったんだ……っ!)


 彼女の力の源泉である巨大な桜の木は――徐々に枯れ始めていた。

 満開だった桜の花は、いまやその半分ほどが散ってしまっている。


 そしてはなびらが一枚また一枚と散っていくごとに――彼女の身体能力は、目に見えて落ちていった。


(つまり、<緋寒桜>には持続時間がある……っ!)


 鍔迫り合いの状態――先ほどは敗北した純粋な力比べを、


「ハァ゛ッ!」


「きゃぁ……っ!?」


 今度は俺が制した。


 後方へ吹き飛ばされたローズは、なんとか受け身を取り――すぐに正眼の構えを取った。


「どうやらその<緋寒桜>には、持続時間があるようだな。……いや、まだ力を制御できていないと言ったところか?」


「……っ」


 俺がそう問いかけると、彼女は押し黙った。

 どうやら図星のようだ。


(魂装は発現した後、その制御に膨大な時間が掛かるとレイア先生が言っていたっけか……)


 それも強大な力であればあるほど、その制御は困難を極める、と。


「……試合中なのによく見ているね。アレンの言う通り、私はまだ<緋寒桜>を制御し切れていない。持続時間の三分は……もうとっくに過ぎているよ」


 彼女は白状するようにそう言った。


 そして次の瞬間。


「――だから、次の一撃で決めさせてもらう!」


 残る全ての桜のはなびらが、彼女の剣へと集まっていった。

<緋寒桜>から莫大な力を供給された彼女の剣は、妖しい緋色を煌々こうこうと放つ。


「……っ」


 その圧倒的なプレッシャーを前に、俺は思わず息を呑んだ。


「――いくよ、アレン」


「あぁ……決着を付けよう」


 短く言葉を交わし――俺たちは同時に駆け出した。


「はぁあああああああっ!」


「うぉおおおおおおおっ!」


 互いの間合いが重なり合った次の瞬間。


「桜華一刀流奥義――緋桜斬ひおうざんッ!」


「五の太刀――断界ッ!」


 お互いの全身全霊の一撃が交錯した。


 そして、


「……やっぱり、強いな。アレンは……っ」


 ローズの剣が砕けた。


 それと同時に――緋寒桜の本体は、まるで砂のように消えていった。


「――勝負ありだ」


 ローズの方へ切っ先を向けると、


「……あぁ、完敗だ」


 死力を尽くした彼女は、どこか儚げに笑った。


「し、試合終了ぉおおおおおっ! 息をつく暇もない激戦を制したのは――アレン=ロードル選手ですっ!」


 こうして強力な魂装を発現したローズをなんとか打ち倒した俺は、一年戦争最後の舞台――決勝戦へと駒を進めたのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】

新作を公開しました!

タイトル:怠惰傲慢な悪役貴族は、謙虚堅実に努力する~原作知識で最強になり、破滅エンドを回避します~

URL:https://kakuyomu.jp/works/16818093087479543721


もしよかったら↑のリンクをタップorクリックして、是非読んでみてください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る