ヴェステリア王国と親衛隊【三】


 旅の支度を整えた俺とリアは、千刃学院の校庭へ向かった。

 するとそこでは、既に大きな王室専用機が待機していた。


(……会長のプライベートジェットより一回り大きいな)


 さすがは王室専用機、個人の所有するものとは規模が違う。


 飛行機の前には黒い礼装を身に纏った五人の集団がおり、リアの姿を見るなり一斉に頭を下げた。


 そして集団の先頭に立つ一人の女性が口を開く。


「――お待ちしておりました、リア様、ドブ虫様。既に離陸準備は整っております、どうぞ中へ」


 ドブ虫様、か……。


(申し訳程度に敬称はついているけれど……)


 全く歓迎されていないと一瞬でわかる、とてもいい挨拶だった。


 すると、


「ねぇ、そんなふざけたこと言ってると……私、行かないわよ?」


 あからさまに不機嫌になったリアは、鋭い目付きでそう言った。


「……申し訳ございません。リア様………………アレン様どうぞこちらへ」


 ずいぶんと長い間の後、彼女はちゃんと俺の名を呼んだ。


「ふん……っ。行こ、アレン」


「あ、あぁ」


 そうして俺はリアに手を引かれながら、飛行機に乗り込んだ。



 千刃学院からヴェステリア王国への移動中。

 リアはヴェステリアの観光名所をたくさん教えてくれた。


 どんな願いでも叶うと言われる希望の丘。

 歴史的価値のある様々な美術品・骨董品・遺物を展示した国立ヴェステリア博物館。

 剣士が己の技を競い合い、毎日毎日凄まじい戦いが展開される大闘技場。


 やっぱり自国のことは、誇らしく思っているのだろう。

 ヴェステリアの話をするリアは、とても楽しそうだった。


「お父さんとの話し合いが終わったら、絶対一緒に観光しようね!」


「あぁ、そうしよう」


 そうして二人で約束を交わしていると、飛行機は徐々に高度を落とし、ゆっくりと地面に降り立った。


「――ヴェステリアが首都アーロンドに到着致しました。お二人ともどうぞこちらへ」


 そうして飛行機から降り、空港を出た俺は――大きな衝撃を受けた。


 空気が、においが、人が――全てが違うのだ。

 異国だから当然と言えば当然のことかもしれない。

 しかし、初めて国を離れ、海を渡った俺には、その衝撃はとても大きいものだった。


 そうして空港から出たところで、黒い礼装を着た女性は口を開く。


「リア様。国王陛下との会談は、午後八時を予定しております。まだ一時間半ほどお時間がございますので、ご夕食は――」


「――アレンと一緒に食べるから、大丈夫。二人にしてちょうだい」


「……かしこまりました」


 彼女は不承不承といった様子で頷いた。

 俺とリアが一緒に行動することを快く思っていないようだ。


「……では、我々はここで失礼いたします。念のため、もう一度――陛下との会談は、午後八時を予定しております。どうかお忘れなきよう、お願い申し上げます」


「わかってるわよ。ここまで来てすっぽかしたりしないわ」


「いえ、そうではなく……リア様は昔から少々おっちょこちょいなので、きちんと時計を見て行動していただければなと……」


「ぜ、全然おっちょこちょいじゃないから! もう! ほら、早く行ってよ!」


「――かしこまりました。どうかお気を付けて」


 そうして礼服の集団と別れた俺たちは、雑踏に紛れるようにして大通りを進んだ。


「全くもう……っ。ポンコツだとか、おっちょこちょいだとか……ちょっとひどいよね?」


「あ、あはは、そうだな……」


 正直言うと、リアはちょっとポンコツなところがあるし、おっちょこちょいなのは間違いない。

 それはここ数か月、同じ部屋で生活を共にしたことでよくよく知っている。


 しかし、面と向かってそんなことを言うわけにもいかないので、笑って誤魔化すことにした。


 それから俺は、今歩いている大通りに視線を移す。


(……都のオーレストとは違って、大きなお店はあまりないな)


 その代わりに、小さな露店が所狭しと並んでいる。

 店の総数は圧倒的にこちらの方が多いだろう。


(それにもう六時も回っているのに……凄い数の人だ)


 腰に剣を差した剣士。

 買い物袋を持った女性。

 酒瓶を片手に鼻歌まじりに歩いている男性。


 様々な人が明るい顔をして、通りを行き来していた。


 商人の街――ドレスティアと同じぐらい活気に満ちたところだ。


 そうして俺がキョロキョロと通りを見回していると、


「ねぇ、アレン。あまり時間も無いことだし、晩御飯を食べましょう?」


 リアはトントンと俺の肩を叩いて、そう言った。


「あぁ、そうだな」


 時刻は夜の六時半。

 そろそろお腹が空いてくる頃だ。


「アレンは何か食べたいものとかある?」


「うーん、そうだな。強いて言えば……お肉系かな」


「ほんと? それならおススメの店があるわ! 私が小さい頃から通い詰めているお気に入りのところなの!」


「へぇ、それじゃそこにしようかな」


「うん! こっちよ、ついてきて!」


 そうしてリアの後について行くと、とても記憶に残っているあの・・料理屋さんの前に到着した。


「こ、これは……っ」


「ふふっ、驚いた? 本場のラムザック店よ!」


 ラムザックは、ヴェステリアの伝統料理。

 ギリギリ一口サイズの三角形のパイ生地に、牛肉たっぷりのビーフシチューを詰め込んだものだ。


(ラムザックは確かにおいしい。それに牛肉がたっぷり入っているから、俺の要望ともマッチしている……)


 だが、問題はその量だ。 

 以前リアとローズとこれを食べに行ったときは、あまりの物量を前に俺とローズは白旗をあげた。


(ど、どうする……断るか?)


 俺がそんなことを考えていると、


「ここのお店は一家でやっていて、とっっってもおいしいのよ! パイ生地がもうサックサクで! 中に入ったビーフシチューのコクがもの凄くて! それでそれで! お肉も口の中で溶けちゃうほど柔らかいの!」


 本場のラムザックを前に興奮したリアは、目を輝かせて熱くそう語った。


「そ、そうか……。それは楽しみだな」


 ここまで嬉しそうな彼女に向かって「悪いけど、別の店にしないか?」と言えるわけもない。


 俺は少し引きつった笑顔のまま、コクリと頷いた。


(……いざとなれば、俺の分を食べてもらえばいいか)


 あまり無理をするのはよくない――これは前回の食事で学んだことだ。

 苦しくなったら、残りは全て彼女にプレゼントするとしよう。


「さっ、入りましょう」


「あぁ」


 そうして俺たちが店に入ると、


「はいはい、いらっしゃいま……って、あらまっ! リア様じゃないか! いつこっちに帰って来たんだい!」


 背の低い老齢の店員さんが、リアの元へ駆け寄ってきた。


「ラムお婆さん、お久しぶりです! ちょっといろいろ事情があって少しの間だけ、帰って来てるんですよ」


「おぉ、そうかいそうかい! 元気そうで何よりだよ! ところで……これまたかっこいいのを連れているじゃないか。もしかして……彼氏さんかい?」


「え、えっと……っ。そ、それは、その……?」


 リアは途端に歯切れが悪くなり、チラリと俺の顔を見上げた。


 どうやらこの手の質問には、自分から答えたくないらしい。


(そう言えば、いつかポーラさんが言ってったけか……)


『いいかい、アレン? 女の子は繊細な生き物なんだ。だからもし女の子が困っているときは、男のあんたが気を遣って助けてあげるんだよ!』


 リアは年頃の女の子。

 そして今、質問にどう答えるべきか困っている。


 ここは男の俺が気を遣って、彼女の代わりに答えてあげるべきだろう。 


「あはは。ただの友達ですよ、友達」


 そうして軽く質問に答えると、


「……そっか。……まだ『友達』みたいです」


 何故かがっくりと肩を落としたリアは、大きなため息をついた。


「ふふっ、そうかいそうかい! いやぁ、甘酸っぱいねぇ……。ちょっとあたしも若くなった気がするよ!」


 反対に何故か元気になったラムお婆さんは、楽しそうに笑った。


「さてと、注文はいつもの奴でいいかい?」


「あっはい、特盛ラムザック二つお願いします」


「あいよ、それじゃお好きな席にどうぞ!」


 その後、俺とリアは本場のラムザックに舌鼓を打ったのだった。



 それから、お腹いっぱいラムザックを食べた俺たちは、会計を済ませて店を後にした。


「んーっ! おいしかったね、アレン!」


「あぁ、やっぱり本場は違うな。オーレストで食べたのよりも、ずっとおいしかったよ」


「でも、あまり食べてなかったけど……大丈夫?」


「あ、あぁ……っ! ちょっと最近、体を絞っているんだ!」


 そう。今回俺は無茶をしなかった。

 ちょうど五個食べ切ったところで――腹八分目になったので、残りの十五個は全てリアにプレゼントした。


(それにしても……やっぱりリアの大食いっぷりは凄まじいな)


 合計三十五個のラムザックを完食する姿は、神々しさすらあった。


(さてと……ここからが本番だな)


 ラムザックは所詮、偶発的に起こった前哨戦ぜんしょうせんに過ぎない。


 これからリアの父――ヴェステリア国王に話をつけるという『本戦』が始まるのだ。


「リア、わかっているな? もし『奴隷になったのか?』と聞かれたら、絶対に『いいえ』と答

えるんだぞ?」


「大丈夫よ、今回はちゃんとそう答えるわ!」


「よし、それじゃ案内を頼めるか?」


「えぇ、こっちよ。ついてきて」


 それからリアの案内を受けて、右へ左へと道を進んでいくと――見上げるほど大きな城に到着した。

 そこには飛行機で一緒に移動した五人の姿があった。


「――お待ちしておりました、リア様、ドブ………………アレン様」


 ドブ虫と言いかけた彼女は、長い長い空白の後、苦々しい表情で俺の名を呼んだ。


「国王陛下がお待ちです。――どうぞこちらへ」


 そうして俺たちは、鋭い目付きでこちらを睨み付ける衛兵の横を通り抜けて王城へと入った。


(……さすがに緊張するな)


 一国の王様との会談――どう考えても一学生には荷が重た過ぎる案件だ。


(ほんの数か月前までは、田舎の剣術学院の落ちこぼれだったのになぁ……)


 いったい何がどうなって、こうなって・・・・・しまったんだろうか……。


(話し合いは得意じゃないけど、やるだけやってみよう……)


 そうして俺は最近癖になってしまったため息をつきながら、王城の中を進んでいったのだった。

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