魔剣士と黒の組織【三】


 その後、魔剣士協会を出た俺たちは、ひとまず三枚の依頼書を眺めた。


「ゴブリンにオーガ、それからキメラか……。一応噂とか図鑑で最低限の情報は知っているけど、実物を見たことは無いんだよな……」


 すると二人は、一瞬驚いたように顔を見合わせた。


「えっ、そうなの? ここ最近魔獣の数が増えているって聞くし……実際によく見ると思うけど……?」


「あぁ、俺もその噂はたびたび耳にしているんだけどな……」


 運がいいのか悪いのか、一度もお目にかかったことが無かった。


 するとローズは、コテンと首を傾げて問いかけた。


「もしかして、アレンは貴族の生まれ?」


 多分、俺が魔獣を見たことが無いと言ったから、そう思ったのだろう。


 残念ながら俺は温室育ちではなく、吹きっさらしの中で育ってきた。


「いやいや、田舎も田舎――ゴザ村の出身だよ」


「ゴザ村……? ごめん、ちょっとわからない」


「ははっ、そうだろうな」


 俺はクスリと笑った。


 ゴザ村は人口百人にも満たないような超小規模な村だ。

 村の者か村と交易のある商人、それか後は地方の役人ぐらいしか知らないだろう。


 それぐらい存在感も経済規模も小さい村だ。

 ローズが知らなくても無理はない。


 俺はゴホンと咳払いをして、少し脱線しかけた話を元へ戻す。


「さてと、それでどうする? この三種類だと……やっぱりゴブリンからかな?」


 ゴブリン五匹の討伐。

 三件の依頼の中で必要討伐数は最も多いが、一匹一匹の戦闘力はさほど高くない。


 多分、これがこの中で一番簡単な依頼だろう。


「そうね……。まずは最弱のゴブリンで体を温めてから、次にオーガっていうのが無難なルートかな」


「それでいいと思う。キメラは絶対に最後」


 三人の意見はきっかりと一致した。


「三種類とも出現場所はゾール森林か……。このあたりは気を回してくれたのかもな」


「もしかしなくてもボンゾさんって……優しい人よね?」


「うん。あのつぶらな瞳が答え」


「見た目は怖いけど、きっといい人だな。レイア先生とも昔からの知り合いみたいだったし」


 なんにせよ、三件とも同じ出現場所の依頼で固めてくれたのはありがたい。

 わざわざ移動する手間が省ける。


「それじゃ早速行こうか」


「「おーっ!」」


 こうして俺たちはオーレストから少し離れたゾール森林へと向かった。



 それから早足で進むことおよそ一時間。


 ゾール森林に到着した俺たちは、最初のターゲットであるゴブリンを探していた。


 森の中には当然、ゴブリン以外の危険な魔獣も生息している。

 そのため俺たちは、不用意な音を出さないよう静かに行動していた。


 すると、


「見て、アレン……っ!」


 リアは小声でそう言うと、地面にできたひづめの跡を指差した。


「これは……ゴブリンの足跡か?」


「えぇ、間違いないわ」


「まだ新しい。……近いよ」


「よし、ここからはさらに慎重に行こう」


 リアとローズはコクリと頷き、俺たちは気配を消してゴブリンの捜索にあたった。


 その二分後。


「……いたぞ」


 目の前に七匹のゴブリンを見つけた。


 緑色の体表。

 身長は百センチほどの二足歩行。

 筋肉質な体つき。

 腰には木でできたこん棒をぶら下げている。


(初めて見るが……聞いていた通りの奴等だな)


 幸いなことに、ゴブリンがこちらに気付いた様子はない。


 七匹は一か所に集まって、木の実を貪り食べているところだった。


「このまま一気に仕留めたいところだけど……それはさすがに、な?」


「えぇ、今回の目的は修業だからね」


「うん、真っ向から戦おう」


 今回の目的はただゴブリンを狩ることではない。


 ゴブリンとの戦闘――つまりは実戦で得られる経験値を目的とした修業だ。


 奇襲をかけて全部狩ってしまっては、全く修業の意味を為さない。


「リア、ローズ。準備はいいか?」


「えぇ」


「もちろん」


 二人が頷いたのを確認した俺は、わざと近くの茂みを剣で揺さぶった。


 バッサバッサという音が鳴り、それに反応したゴブリンが一斉にこちらを振り向いた。


「ゲギャッ!」


「グギョギャッ!」


「ギャギャギャッ!」


 しゃがれた声で口々に何かを叫んだ彼らは次の瞬間、七匹同時に襲い掛かってきた。


 リアとローズはしっかりとそれぞれ構えを取り、俺は遠距離から牽制の一撃を放った。


「一の太刀――飛影ッ!」


 数日ぶりの飛影は、


「はっ!?」


 いつもの三倍の威力と速度で放たれた。


「ブヒッ!?」


「ブヒャッ!?」


「グヒャッ!?」


 その結果、七匹のゴブリンは全て一瞬にして両断された。


「え、えー……っ」


 正直、これではなんの修業にもならない。


 後ろを振り返るとそこでは、


「あ、アレン……?」


「……うそ?」


 予想外の事態に困惑した二人が、口をポカンと開けたまま固まっていた。


「え、えーっと……ごめん、終わっちゃった……」


 俺は苦笑いしながら、とりあえず軽く謝ることにした。


「い、いやいやいや……何今のっ!? いつもの『飛影』じゃなかったよ!?」


「もしかして新しい技……?」


 二人は興味津々と言った様子で詰め寄ってきた。


「い、いや、いつも通りの飛影なんだけどな……」


 しかし、どう見ても今の一撃は、普通の飛影の『三倍』はあった。


 速度・威力・範囲・射程――全てがこれまでとは桁違いだった。


(ど、どうなっているんだ……?)


 俺は呆然としながら自分の右手に視線を落とした。


 すると、


「と、とりあえずここを離れましょう」


 リアは動かなくなった七匹のゴブリンを見て、場所の移動を提案した。


「そ、そうだなひとまず移動しようか」


 そのうち血のにおいに引き寄せられて、ゴブリンよりも上位の害獣や魔獣が集まってくる。


 鉢合わせにならないよう注意しながら、いち早くここを離脱するべきだ。


 そうして俺たちが移動を開始すると、


「ちょっと待って……よいしょ」


 ローズは慣れた手つきで、七匹のゴブリンの角を素早く回収した。


「それは……?」


「ゴブリンの討伐証明部位だよ。これがないと依頼完了にならない」


「へぇ、そうなのか」


 さすがはローズ、魔剣士をやっていたというだけあってよく知っている。


「それじゃ行こうか」


「えぇ」


「うん」


 それから俺たちはこの場から速やかに離れつつ、次のターゲットについて話し合った。


「次は、オーガだな……」


 オーガ三匹の討伐。


 数こそゴブリンよりも少ないものの、難易度は間違いなくこちらが上だ。


 オーガは、ゴブリンをそのまま大きくしたような奴らだ。


 知能はゴブリンよりも遥かに低いが、純粋にその大きさが脅威となる。


 個体差はあるが、小さいものでもポーラさんサイズはある。

 ――つまり、とても大きい。


 噂によれば、変異種などは十メートルを越えるものもいるとか。


「オーガを探すなら……やっぱり水のあるところね」


「だね」


 リアの意見に俺もコクリと頷く。


 彼女の言う通り、オーガの生息地はほぼ必ずと言っていいほどに水場みずばの周辺だ。


 というのも奴等は知能が低すぎるために、地形を覚えられない。


 つまり、もし一度でも水場を離れてしまうと、どのようにしてそこへ戻ればいいかわからなくなるのだ。そうなれば、運悪く次の水場を見つけられなかった個体は、水分不足により衰弱死する。


 だから、あいつらは本能的に一度発見した水場からは基本的に離れない――離れられないのだ。


「ゾール森林の水場というと……西の方に一本小さな川があったよな?」


 俺の記憶が正しければ、小さな川が南北をズドンと走っていたはずだ。


「えぇ、私もそう記憶しているわ」


「へぇ、知らなかった」


「よし、それじゃまずは川を見つけて、それからオーガの探索に入ろうか」


「うん!」


「わかった」


 それから西へ西へと進むんでいくと、ほどなくして綺麗な小川を見つけた。


 俺たちは周囲を警戒しながら、それをひたすら上流へと登っていく。


 すると、


「オ。オ。オー……」


「ウ゛ウ゛ウ゛……ッ」


「グゥググゥグ」


 三匹のオーガを発見した。


 奴等はうめき声をあげながら、ノッシノッシと川の流れに沿って歩いていた。


 きっと獲物を探しているのだろう。


「それにしても、でかいな……」


 噂には聞いていたが、本当に大きい。


(目測だけど、三メートル近くはあるぞ……っ)


 三匹とも同じようなサイズ感であり、右手には大きなこん棒が握られている。


 あの巨体から繰り出される一撃を食らったら……きっとただでは済まないだろう。


 下手すれば一撃でお陀仏かもしれない。


 俺たちはその巨体に圧倒されながらも、小さな声で相談を始めた。


「やっぱり、正面から行くべきだよな?」


「少し怖いけど、修業ということを考えると……そうよね」


「大丈夫。オーガは頭が悪い。フェイントを絡めれば、すぐにバラバラだよ」


 どうやら技術に秀でるローズは、オーガの討伐に自信があるようだった。


 確かに、彼女の俊敏な動きと桜華一刀流は、オーガに対して相性がいい。


「俺は……ちょっと力比べやってみようかなと思う」


「ふふっ、アレン。私も同じこと考えてた」


 そう言ってリアは嬉しそうにクスリと笑った。


 正直、「怖くない」と言えば嘘になる。


 それでも力自慢のオーガを相手に、どこまで自分の腕力が通じるか――一人の剣士として知りたくなってしまった。


「力で勝てないと思ったら、すぐに切り返してね?」


「わかってる、無茶はしないよ」


「ちょっと試すだけよ。心配はいらないわ」


 俺たちはしっかりと準備を整えてから――近くにあった小石をオーガにぶつけた。


 すると、


「ウボ……?」


 後頭部に衝撃を受けた一匹が振り返り、続けて残りの二匹も同じようにこちらを向いた。


 俺たちの存在を認めたオーガは、「獲物を見つけた」と言わんばかりに顔をグニャリと歪めた。


「――来るぞっ!」


「えぇ!」


「任せて!」


 俺たちがそれぞれの構えを取ると、


「う、ウボ、ウボ……ウボォオオオオッ!」


「オ゛ォオオオオオオオオ……ッ!」


「グゥゥウウウググググ……ッ!」


 オーガたちは一斉にこちらへ向かってきた。


 その巨体に反して、奴等の動きは素早い。


 あの体は決して脂肪ではなく、全てが筋肉で構成されているのだ。


「力比べだ……こいっ!」


 俺は正眼の構えを維持したまま、奴が間合いに踏み込んでくるのを待った。


 そして、


「ウバァアアアアアアッ!」


「セイッ!」


 俺の剣とオーガのこん棒が衝突したその瞬間。


「ウボッ!?」


 圧倒的な力の差で――オーガの方が吹き飛んだ。


「……は?」


 俺は目を白黒とさせながら、遥か遠方まで転がっていったオーガを見つめた。


 その後、


「覇王流――剛撃ごうげきッ!」


「桜華一刀流――桜閃おうせんッ!」


 リアはオーガとの単純な力比べが引き分けに終わったため、持ち前の魂装の力でゴリ押した。


 一方のローズは流麗な剣技を持って、見事な立ち回りでオーガを仕留めた。


 そうして無事に全てのオーガを仕留め終わったところで、俺はリアとローズに声を掛けた。


「二人とも、おつかれさま」


「ありがとう……でも、ちょっと複雑な気持ちかも」


「アレン、いつの間にそんなに鍛えたの?」


「いや、ここ何日かはずっと病院で寝ていたから、体はにぶっているはずなんだけどな……」


 さっきのオーガは、あまりに手ごたえが無さ過ぎた。


 おそらく元々弱っていたか、それとも三匹の中で一番非力な個体だったか、このどちらかだろう。


 こうして思いのほか順調に魔獣駆除は進んだ。


 確かにボンズさんの言う通り、害獣駆除より魔獣駆除を選んで正解だった。


 それから俺たちは三件の依頼のラスト――キメラの討伐へと向かった。


 キメラはこれまでの二件の依頼とは異なり、その巣の在処ありかがしっかりと依頼書に記されていた。


 俺たちは他の面倒な魔獣や害獣と接触しないよう、慎重にキメラの巣へと向かう。


 川を越え、小さな池を抜け、そして獣道を進んだ先に――奴の巣を見つけた。


「……いたぞ」


 少し盛り上がった台地の真ん中にキメラがいた。


 キメラはライオン、ヤギ、ヘビの三種族が一匹になった個体だ。


 顔はライオン、背中にはヤギの大きな顔、尻尾は長いヘビとなっている。


 特にヘビの動きは俊敏で、さらにその牙には強力な麻痺毒がある。


 三匹がそれぞれ独立した思考を持つため、非常に手強い相手だ。


 目の前のキメラは、木の枝や草が集められたお手製のベッドの上で気持ちよさそうにうつ伏せで眠っていた。


「い、一匹なのに眠っているわね……余裕綽々よゆうしゃくしゃくって感じなのかしら?」


「……いや、よく見て。尻尾のヘビが片目を開けてるよ」


 そう言ってローズは、キメラの尻尾を指差した。


 彼女の言う通り、よく見れば紫色のヘビが片目を開けて周囲を警戒していた。


「キメラはこれまでとは別格。油断しないでね」


 そう言ってローズは、俺たちに注意を促した。


「もしかして戦ったことがあるのか?」


「うん、昔ね」


 そうしてローズはそのときの経験を聞かせてくれた。


「強敵だった。正面のライオン、背中のヤギ、尻尾のヘビ――それぞれが独自の判断で攻撃・防御を行う。とにかく隙が無くて、中々攻め込めない」


「それは……確かに厄介だな」


「うん、でも何より困ったのはその外皮。キメラの外皮はとても硬い。かなり深くまで踏み込まないと、斬れたものじゃない」


「なるほどな……。ダメージを与えるには、至近距離まで接近する必要がある。でも、そこまで間合いを詰めるのは、三匹が邪魔して難しいというわけか……」


 ローズはコクリと頷いた。


(これは強敵だな……)


 魔獣は馬鹿じゃない。

 どこまで踏み込まれればマズいかをきちんと理解している。


 つまり、一定以上距離を詰めようとするとライオン・ヤギ・ヘビの三匹が同時に立ち塞がるというわけだ。確かに、話を聞いているだけでも強敵だということが十分伝わった。


 それから俺たちは、しっかりと互いに話し合って作戦を決めた。


 まずは俺とリア――接近戦で重い一撃を放てる二人が、強靭なパワーを持つライオンとヤギを抑える。


 その間にローズが厄介なヘビを素早い桜華一刀流で仕留める。


 その後は、三対二という有利な状況を維持したまま、無理をせずジワジワと攻め落とす。


 無理に一撃必殺や急所への一撃を狙わない――手堅い戦略だ。


「リア、準備はいいか?」


「えぇ、スリーカウントで行きましょう。ローズもそれに合わせて、ヘビをすぐに抑えてね」


「わかった」


 そうしてリアはゆっくりとカウントを始めた。


「三……二……一……っ」


 三人に緊張が走る。


「零……っ!」


 その瞬間、俺たちは一斉に駆け出した。


(……え?)


 しかし、気付いたら俺は――既にキメラの胴体まで距離を詰めていた。


 目の前にはがら空きの胴体。


 リアとローズはまだ、遥か後方にいる。


「き、キシャーッ!」


「が、ガルルッ!?」


「メェェエエッ!?」


 ヘビが激しく威嚇音を鳴らし、それを聞いたライオンとヤギが飛び起きた。


 だけど、もう遅い。


 俺は既に彼らの懐の奥――必殺の間合いへと踏み込んでいる。


(……いけるっ!)


 この距離ならば、一撃必殺とはいかずともかなりのダメージを与えられるっ!


 俺は既に振り上げていた剣を――一気に振り下ろした。


「八の太刀――八咫烏ッ!」


 その瞬間、鋭利な八つの斬撃がキメラを襲う。


 しかもこれまでの八咫烏とは違う。


 ただ斬撃が八つになっただけではなく、その一つ一つが恐ろしく鋭い――全神経を集中させて放った一太刀のようだった。


 そして八つの斬撃は豆腐でも斬るかのように――一瞬にしてキメラを八つ裂きにした。


「……え?」


「何……これ?」


「う、うそ……っ」


 ピクリとも動かなくなったキメラを前に、リアとローズは剣を構えたまま、後ろの方で固まっていた。


 こうして最初の三件の依頼は、ほとんど俺一人で達成してしまったのだった。

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