千刃学院と大五聖祭【二】


 俺が大五聖祭の出場選手として正式に認められた次の日は、千刃学院の創立記念日ということで丸々一日お休みだった。


 創立記念日とは言うものの、学院の施設自体は全て開放されている。

 そのため修練場や演習場には、今日も多くの生徒が詰めかけることだろう。


 時刻は朝の七時。


 リアと一緒に簡単な食事を食べた俺は、顔を洗って歯を磨き、朝支度に入った。


 その間彼女は化粧台の椅子に座り、長く美しい金髪を上品なワインレッドのリボンで縛っていつものツインテールにしていた。


 俺が脱衣所で寝間着から制服に着替えていると、リアの鼻歌が聞こえてきた。どうやら今日は機嫌がいいみたいだ。


 チラリと窓の外を見れば、暖かい日光が地面をサンサンと照らしているのが見えた。


(……いい天気だ。今日は絶好の修業日和だな)


 誰にも邪魔されず、静かに素振りをするのは何だか久しぶりな気がする。


 最近はリアとの決闘に三人組との模擬戦と、不運にも実戦続きだった。


 そのため一人でじっくり素振りをする時間が少なく、少しストレスを感じていたのだ。


(ふふっ、今日は朝から晩までひたすらに素振りと行こうかな?)


 そうして上機嫌に剣を腰に差したところで、冷蔵庫に水筒を忘れていることに気付いた。


(おっと、危ない危ない)


 今日のために、昨晩から冷やしておいた水筒を手に取ると、


「ねぇねぇ、アレン。今日、暇?」


 ニコニコと幸せそうな笑顔を浮かべたリアが問いかけてきた。


(……正直、こういう質問のされ方をすると非常に困る)


 というのも俺が暇かどうかは、彼女がこの後に口にするであろう誘いの内容次第だからだ。


 できるならば、先に用件を伝えた上で暇かどうかの確認を取って欲しいところである。


(これは、どう答えたものか……)


 彼女のこの上機嫌ぶりから察するに……これがどこかへの誘いであることは間違いない。それが修練場なのか、都へのショッピングなのかは不明だが……。


(……果たしてどう答えるべきか)


 そうして俺が頭を悩ませていると、


「……ご、ごめん、もしかして忙しかった?」


 彼女はしょぼくれた様子で謝ってきた。


(素振りも確かに大事だが……。リアとの――友達との時間も大事だよな)


 剣さえあれば、素振りはいつだってどこだってできる。


 だが、リアと一緒に何かをすることは、いつだってできるわけではない。


(そもそも彼女は王女だし……いつ母国であるヴェステリアに帰ってしまうかもわからない)


 様々なことをたっぷりと思案した俺は、彼女の不安を吹き飛ばすように優しくこう言った。


「――暇だ。丸一日ぽっかりと空いているぞ」


 その返答を聞いた彼女は、パンと両手を打った。


「やった! それじゃ今日は、一緒にラムザックを食べに行きましょう!」


「……ラムザック?」


 その名前、どこかで聞いたような……。


「もう忘れたの? ほら、この前言ったじゃない。私の母国――ヴェステリアの伝統料理よ!」


 あぁ……思い出した。


 そう言えば先日、そんな話をしていたような気がする。


「この近くにとってもおいしいラムザックのお店があるから、お昼ご飯はそこにしましょう!」


「あぁ、構わないぞ」


 こうして今日の昼の予定が無事に決まった。


 食後は多分どこかへ一緒に買い物にでも行くことになるだろう。

 残念ながら、やはり今日は修業ができそうにない。


(でも……たまにはこういう日があってもいいよな)


 チラリと横目で見たリアの顔は――とても嬉しそうだった。


 そうして俺たちは昼時になるまで、二人でまったりと部屋の中で過ごしたのだった。



 それからおよそ三時間後。


 時刻は昼の十二時。


 俺たちはラムザックとやらを食べるために街へと繰り出した。


 服装は二人とも千刃学院の制服。


 これは別に私服に着替えるのが面倒だとかいう話ではなく、五学院の生徒は基本的に制服での外出が推奨されているのだ。


 自身が五学院の一員であることを認識し、常日頃から立派な剣士であることを世間に示す――という意味があるらしい。


 さすがは伝統と格式を重視する五学院だけあってなかなかに堅苦しい。


(まぁ、これは『推奨』されていることであって決して『義務』ではない)


 だから、別に私服でも良かったんだが……。


「アレン、今日は二人とも制服で行きましょう!」


 リアからの強い要望があって、二人とも制服で行くことになったのだ。


 なんでも「一生のうち制服を着て、気兼ねなく出歩ける期間は少ないから」とのことだ。

 確かにそう言う考え方もあるかもしれない。


 それから二人で大通りを歩いていると、


「うーん……今日はいい天気ねっ!」


 太陽に右手をかざしながら、リアは笑顔でそう言った。


「あぁ、絶好のしゅ――外出日和だな」


 一瞬『修業欲』のようなものがあふれ出したので、俺は慌てて言い直した。


 しかし、


「……今、修業って言わなかった?」


 その失言を聞き逃さなかったリアは、真っ直ぐ正面からジッと俺の目を見つめた。


 俺はそれから逃げずに、真っ直ぐその目を見つめ返す。


「気のせいだ。さすがの俺もリアと二人で出掛けるときにまで、剣術のことは考えてないよ」


 これは嘘ではない。


 俺は本当に『剣術』のことは一切何も考えていない。


 ただ『剣を振る』という動作が一瞬頭をよぎっただけだ。


 十数億年もの間、ずっと無心で剣を振り続けた後遺症なのか、どこにいても何をしていても「素振りでもしようかな」とつい考えてしまう。


 もはやこれは病気のようなものかもしれない……。


 そうして四秒、五秒とお互いがお互いを真っ直ぐ見つめ合う。


 すると、


「そ、そう……っ、ごめんね、疑っちゃって」


 彼女は頬を赤く染めて、サッと目をそらした。


 俺の言うことを信じてくれたみたいだ。


「あぁ、気にするな。そんなことより、道はこっちであっているのか?」


「う、うん、もう何回も行ってるから大丈夫よ!」


「そうか、それなら安心だ」


 その後、二人で談笑しながらラムザックの食べられるお店へと向かっていると、


「……あっ」


 偶然、ばったりと制服姿のローズさんに出くわした。


「アレンに、リア……?」


「おはようございます、ローズさん。こんなところで会うなんて奇遇ですね」


 俺が右手をあげて挨拶をすると、


「……どうして二人が一緒なの?」


 今日はあまり機嫌が良くないのか、彼女はジト目で俺とリアを交互に見た。


「え、えーっと……。こ、これから二人でラムザックという料理を食べに行く予定なんですよ」


「……らむざっく?」


 ローズさんはコテンと小首を傾げた。

 どうやら彼女も知らない料理のようだ。


「ラムザックというのは、リアの母国ヴェステリアの伝統料理です。――そうだ、ローズさんも一緒に来ませんか?」


「え……?」


 すると一瞬、リアが戸惑いの声をあげた。


「行く」


 ローズさんは即答すると、すぐに俺の隣に並んだ。


 すると、


「……こっちよ。付いて来て」


 何故か少し不機嫌になったリアは、早足で歩き始めた。



 その後、リアの案内で右へ左へと進んでいくと、とあるお店の前で彼女の足がピタリと止まった。


「さぁ、着いたわ。ここが私イチ押しのお店――ヴェスランドよ」


 それはレンガ造りの建物で、その上部には大きな煙突がついており、なんというかレトロな風情が感じられた。


「おぉ、なんかいい感じの店だな!」


「こういう外観の店は、けっこう好き」


「ふふっ、さぁ入るわよ」


 少し機嫌を直してくれたリアを先頭にして店内へ入ると、


「いらっしゃいませ。三名様でよろしいでしょうか?」


 白いコック帽をかぶった店員がすぐに対応してくれた。


 三人を代表してリアがコクリと頷く。


「かしこまりました。どうぞこちらへ」


 運のいいことに空席があったらしく、俺たちはすぐに四人掛けのテーブルへ通された。


 俺の右隣にはリアが、そして対面にはローズさんが座った。


 店員は三人分の水の入ったグラスを手早くサッと並べ、


「ご注文がお決まりになりましたら、お気軽にお声掛けくださいませ」


 そう言って丁寧に一礼した後、厨房へと戻っていった。


 それから俺は、なんとなく店内をグルリと見回した。


 昼時ということもあって家族連れの客が多く、心地よい賑やかさがあった。


(店員の接客も丁寧だし、客層も悪くない……。ここはいい店だな……)


 そんなことを思っていると、


「見て見てほら、これがラムザックよ!」


 リアが嬉しそうにメニューに載っているラムザックの写真を指差した。


「おぉ、確かにこれはおいしそうだなっ!」


「うん、悪くない」


 写真を見る限り、ラムザックとはギリギリ一口サイズの三角形のパイ生地に牛肉たっぷりのビーフシチューを詰め込んだものらしい。


 パイ生地に牛肉たっぷりのビーフシチュー――まずくなる要素がどこにもない。

 これはかなり期待が持てそうだ。


「サイドメニューもいろいろあるけど……。二人ともここは初めてだし、ラムザックだけでいいよね?」


「あぁ、それで頼む」


「問題ない」


 俺とローズさんがコクリと頷いたことを確認したリアは、右手を挙げて店員を呼んだ。


「すみませーん!」


 するとその声を聞き付けた店員が、すぐに厨房からやってきた。


「――お待たせいたしました。ご注文でよろしいでしょうか?」


「はい。えーっと、ラムザックの盛り合わせを一つお願いします」


「かしこまりました」


 店員は丁寧に頭を下げると、早足で厨房へと戻って行った。


「あのね、ここの『ラムザックの盛り合わせ』はとにかくすっごい量なの! そうね……だいたい大人三人で、ギリギリ食べ切れるかどうかって感じよ!」


「へぇ、一人前なのにそんなに多いのか?」


「うん! 私が初めて頼んだ時なんか、本当にギリギリだったんだから!」


 ……そのときリアは、一人で食べ切ったのか? それとも他に誰か友達がいて、一緒に食べ切ったのか?


 正直かなり気になったが、どうせ追々おいおいわかることなので聞かなかった。


 それから待つこと十分。


「お待たせしました。ラムザックの盛り合わせでございます」


 店員は、ラムザックが山盛りに積まれた大きな皿をドンとテーブルに載せた。


「こ、これは……っ!?」


「食べ切れる、か……!?」


 握りこぶしよりも大きなラムザックが、パッと見でも軽く三十個以上。


 三等分しても一人頭最低十個だ。


(しゃ、写真よりも一回り以上も大きい……っ!?)


 普通こういうのは宣材写真よりも、実物は少し小さいものだろうに……っ。


 正直、このサイズを十個も食べられる自信は無い。


「ふふふ、凄いでしょー?」


 俺とローズさんが唖然あぜんとする中、リアだけは目をキラキラと輝かせていた。


「か、かなりの量だが……。確かにうまそうだ」


「うん、とてもいいにおい。……かなり多いけど」


「でしょ!? さぁ、温かい内に早くいただきましょう!」


 それから俺たちは、三人で行儀よく手を合わせ


「「「いただきます!」」」


 一斉に口に頬張った。


「んー……これこれっ!」


「っ! ……これはうまいなっ!」


「はむ……っ! ……おいしい」


 ほどよい歯ごたえと甘みのある牛肉。

 熱々で濃厚なコクのあるビーフシチュー。

 小気味良い食感を生み出すサクサクとしたパイ生地。


 ラムザックは見た目通り、確かなボリューム感があって非常においしかった。


「でしょでしょ! うちの国でも大人気の料理なのよっ!」


 母国の伝統料理を褒められたリアは、嬉しそうに次から次へとラムザックを頬張っていった。


 それから十分後。


(ぐ……っ。ここまで、か……っ!?)


 俺はあまりにも強大なラムザックを前に、意識を失いかけていた。


 勇猛果敢に戦った仲間ローズさんは……既にやられた。


 そんな中、


「んーっ! 懐かしいなぁーっ!」


 まるで飲み物のようにラムザックを吸い込むリアは、さながら伝説の勇者のように見えた。


(……うん、これは無理だ)


 人間にはできることと、できないことがある。


(後は全て、彼女に託そう……)


 俺は素直にラムザック討伐を諦めた。


 これは決して敵前逃亡ではない――戦略的撤退なのだ。


 そうして完食を放棄した俺が水をグイッと飲み干すと、ちょうど今しがた起き上がってきたローズさんと目が合った。


「……」


「……」


 不意に目が合ってしまったため、お互い見つめ合ったまま沈黙の時間が続く。


 正直……少し居心地が悪い。


 俺が何か話題が無いかと頭を捻っていると、意外にも彼女の方から口を開いた。


「ねぇ……どうして私にだけ敬語なの?」


「……さぁ、どうしてでしょうか?」


 言われて気付いた。


 そう言えば俺は、一年A組の中でローズさんにだけ敬語を使っている。


(……何故だろうか?)


 ローズさんが大人びているからか。

 それとも出会いが剣武祭という少し特殊な場であったからか。


 多分、どちらも当てはまるような気がする。


「敬語はやめてほしい」


 確かに、クラスの中で一人だけ敬語で呼ばれていたら疎外感を覚えるだろう。


「……わかったよ、ローズさん」


 俺は彼女の要望を素直に聞き入れた。


「呼び捨てがいい」


「わ、わかったよ……ローズ」


「うん、いいよ。アレン」


 ローズは俺の目をジッと見ながら微笑んだ。


 彼女の赤く澄んだ美しい瞳に、俺の意識が吸い込まれそうになったそのとき。


「――ごちそーさまでしたっ!」


 リアが両手をパンと打ち鳴らした。


 見れば、あれだけ大量にあったラムザックはたったの一つも残っていない。


 まさに完全撃破という奴だ。


「ま、マジか……っ」


 まさかあれだけの量をほとんど一人で食べ切るとは……。


 そうして俺が目を丸くしていると、


「ほらもう! 次のお店に行くわよ!」


 何故か突然機嫌を損ねた彼女は、スタスタと早足でお会計へと進んだ。


「お、おいちょっと待てよ、リア!」


「……ちっ、惜しい」



 ヴェスランドでラムザックを堪能した俺たちはその後、水族館に駄菓子屋、雑貨店などなど――いろいろな場所を散策した。


 年相応にはしゃぐ彼女たちは、なんというか普通に可愛らしかった。


 そうして現在、俺たちは都で最も有名な高級宝石店に来ていた。


「わぁ……綺麗っ! ねぇねぇ、ほら見て見て、アレン!」


 そう言って彼女は、ダイヤモンドの指輪を嵌めた指をこちらに突き出した。


「あ、あぁ、そうだな……っ。似合ってる、ぞ……っ」


 俺は決してそれに触れないよう注意しながら、ぎこちない笑顔で褒めてあげた。


「ねぇアレン、見て。これも綺麗だよ」


 今度は白金プラチナのネックレスを首に下げたローズが、感想を求めてやってきた。


「あ、あぁ綺麗だっ! とてもよく似合っているから、絶対に落としたりしないでくれよ!?」


 そうこれらは二つとも売り物であり、店員が嬉々として試着を勧めたものである。


 きっとここの店員はリアが隣国の王女であり、ローズがあの賞金稼ぎであることを知っているのだろう。


 それが一目でわかるほどに、しきりに二人へ商品を勧めていたのだ。


 俺は周囲に陳列された商品に気を配りながら、ソロリソロリと二人の後について移動する。


(リアとローズの財力ならば、痛くもかゆくも無いんだろうが……)


 もしも俺がこのうちの一つでも壊してしまったら、それこそ一巻の終わりだ。


 とんでもない額の借金を背負うことになり、最悪の場合学院を退学――即就職の可能性もある。


 何よりも恐ろしいのが、商品に値札が一切貼られていないことである。


(きっと目玉が飛び出すレベルの額なんだろうな……)


 そうして精神を酷く摩耗まもうした俺は、周囲に商品の無い安全地帯からリアとローズに声を掛けた。


「わ、悪い。少し疲れたから、このベンチで少し休むよ!」


 すると、


「だ、大丈夫なの!?」


「どうしたんだ急に!?」


 二人は高価な宝石を身に付けたまま、こちらへ駆け寄ってきた。


(も、もう勘弁してくれ……っ)


 これ以上は俺の胃がもたない。


「だ、大丈夫だ! ほんのちょっと目まいがしただけだから! 二人はそこでゆっくり、落ち着いて、冷静に楽しんでいてくれ!」


 両手を前に突き出して、彼女たちに静止を求めた。


「ほ、本当に大丈夫なの?」


「私たちに気を遣う必要は全くないぞ?」


「あぁ、気にするな! 少し休めばすぐに治る!」


 すると二人は納得してくれたのか、クルリときびすを返すと二人仲良く話し始めた。


「ねぇ、ローズは何か月分のが欲しいの? やっぱり定番の三か月?」


「理想は三。でも、一番大事なのは気持ちかな。最悪無くても構わないかも」


「うわぁ……、あなたって意外と尽くしそうね」


「そうか?」


 いったい何の話をしているのかは知らないが、ずいぶんと仲が良さそうに見える。


(それにしても、二人とも凄い体力だな……)


 もうかれこれ数時間は立ちっぱなし、歩きっぱなしなのにまだまだ元気そうだ。


 あまりにも場違いな場所で精神的にこたえるものがあったとはいえ、まさか俺の方が先にダウンするとは思ってもみなかった。


(買い物慣れをしていないからかな……?)


 そんなことを考えながら、ボンヤリと二人を眺めていると――突然店の窓ガラスが粉々に割れ、防犯ベルがけたたましく鳴り響いた。


「な、なんだっ!?」


 慌てて窓の方を見るとそこには――黒い覆面をかぶった十人の男たちが剣を片手に店へ踏み入るところだった。


「動くなっ! 全員黙って両手をあげろっ!」


 宝石強盗だ。


(くそっ、まさかこんなときに出くわすとは……ついてない)


 リアとローズに目配せをして、とりあえず今は強盗の言う通りに両手をあげて大人しくすることにした。


 ここには俺たちだけでなく、店員やお客といった剣士でない一般人が大勢いる。


 下手に動いて混乱を起こすことだけは、絶対に避けなければならない。


 その後、店内の全員が命令に従ったことを確認した強盗は、一人の店員に大きな革袋を渡し、同時に剣を突きつけた。


「おい、お前っ! この袋にありったけの宝石を詰めろ! 今すぐにだっ!」


「え、あ、い、命だけはぁ……っ」


 首元に切っ先を突きつけられた若い店員は、あまりの恐怖にその場で腰を抜かしてしまった。


「……ちっ、使えねぇなぁっ!」


「きゃぁっ!?」


 宝石強盗は動けなくなった店員の背を斬りつけた。


 その瞬間――俺たちの目の色が変わる。


(大人しく宝石だけを盗むなら、人命最優先として見逃すつもりでいたが……)


 向こうが手を出すというのならば、こちらも対応を変えざるを得ない。


 俺とローズは同時に剣を引き抜き、リアは魂装を発現した。


「侵略せよ――<原初の龍王ファフニール>ッ!」


 美しい真紅の剣と美しい黒と白の炎が宙を舞う。


「な、なんだてめぇらっ!?」


 強盗の注意がこちらに移ったその瞬間。


「八の太刀――八咫烏ッ!」


「桜華一刀流――桜閃おうせんッ!」


「覇王流――剛撃ごうげきッ!」


 怒涛の攻撃で強盗を一気に制圧していった。


「が、は……っ」


「んだ、よ……こ、れ……っ」


「ば、ばけも、の……」


 既に九人は仕留めた。


 残すはただ一人だ。


「な、なんだよ、こいつら……く、くそがぁあああああ!」


 最後の一人は、店内に散乱した宝石をいくつか掴むと一目散に逃げだした。


「ま、待ちなさいっ!」


「待て!」


 リアとローズが強盗を追いかけようとしたそのとき、


「う、うぅ……っ」


 背中を斬られた店員のうめき声が、二人の足を止めた。


「くっ……こちらが優先ね」


「……やむを得ないな」


 二人は悔しそうに剣を収めたが、


「問題ない――まだ俺の射程内だ」


 俺は既に剣を振りかぶっていた。


 罪には罰を――あんな輩をそう簡単に逃がしてはならない。 


「一の太刀――飛影ッ!」


 そうして一直線に空を駆けた斬撃は、


「――ぐはっ!?」


 見事強盗の後頭部に直撃し、無事に意識を刈り取ることに成功した。



 その翌日。


 朝刊では「お手柄! 千刃学院の生徒が強盗を確保!」という記事が写真付きで一面を飾っていた。


 それはリアとローズという美少女二人組が、勇ましく剣を構える素晴らしい一枚だった。


 そしてその右後ろには、


「ち、小さいな……っ」


 周囲を警戒して剣を持つ俺が、豆粒ぐらいの大きさで写っている。


 それに記事の中では千刃学院の生徒『二人』が活躍したと書かれており、俺という存在は完全に無かったことにされていた。


(でも……まぁいいか)


 記事の最後に被害を受けたあの店員が傷も浅く、即日退院したと書かれてあったので、とりあえず俺はホッと胸を撫で下ろしたのだった。

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