千刃学院と大五聖祭【一】


 無事に三人組を撃退した俺が、静かに戦いを見守っていたクラスメイトの方を振り返ると、


「す、すげぇじゃねぇか、アレン!」


「最後の見えない斬撃は、どうやったんだっ!? 今度教えてくれよっ!」


「いや、最初の八連撃の方が知りたくない!? 早過ぎて剣の振りが全然見えなかったんだよ!?」


「なんにしろ、こいつはとんでもない剣士だぞっ!」


「あの三人を相手に無傷の勝利だからね……圧巻だよ。おめでとう!」


 割れんばかりの拍手と称賛が降り注いだ。


「え、あ……ど、どうも……」


 同級生にこれほど温かく迎えられた経験の無い俺は、しどろもどろになりながら、とりあえずペコリとお辞儀をした。


 すると、


「おつかれさま、アレン!」


「最後の技、どうやったの……っ!?」


 リアとローズさんの二人が駆け寄ってきた。


「ありがとう、リア。えーっと……最後の技っていうと、朧月おぼろづきのことかな?」


 確認のために尋ねると、ローズさんはコクコクと何度も首を縦に振った。


「そうか、リア以外の人は見たことが無かったっけか」


 それから俺は簡単に朧月の仕組みを教えてあげた。


 ローズさんはそれを「ふんふん」と、興味深々な様子で聞いていた。


「――っとまぁ、こういう感じで朧月は設置型の斬撃なんだ」 


「なるほど……実に興味深かった。ありがと」


 彼女は少しスッキリしたような表情でニッコリと笑った。


「うーん、でもやっぱりその技ズルいと思うけどなぁ……」


 隣で黙って説明を聞いていたリアは、腕組みをしながら不満げにそう呟いた。


 もしかすると、昨日やられたときのことを思い出したのかもしれない。


「そうか?」


 個人的には少し目を凝らすだけで斬撃の設置箇所がバレるし、そもそも戦闘中に相手の目を盗んで仕込むのも骨が折れるため、やっぱり欠陥の多い技だと思うが……。


 まぁ、感じ方は人それぞれなので、特にそれ以上話すことは無かった。


 そうして三人で楽しく話をしていると、


「うっ……」


「い、っつつつ……」


「き、効いた……っ」


 先ほど倒した三人組がもう目を覚ました。


(もう動けるのか、良い体をしているな……)


 さすがは千刃学院の生徒だ。

 剣術を磨くだけではなく、肉体もしっかりと鍛えているようだ。


「えっと……大丈夫か?」


 このまま棒立ちで見ているのもどうかと思われたので、俺は三人組の一人に手を差し出した。


 すると彼はジッとこちらを睨み、


「……すまねぇな」


 俺の手をしっかりと握って、少しよろめきながら立ち上がった。


 残りの二人はなんとか自力で立ち上がると――三人は揃って俺の前に立った。


(……お、おいおい、これ以上の戦いはもう勘弁だぞ)


 少し嫌な予感を覚えながら、彼らが何をしてくるのかを警戒していると、


「――すまなかった。これまでの失礼な発言をどうか許して欲しい」


 そう言って彼は深く頭を下げた。


「……え?」


 予想外の事態に俺が目を白黒させていると、残りの二人も同じように頭を下げた。


「……俺たちの目が節穴だった。アレン、お前こそがうちの代表にふさわしい」


「さっきまでの――数々の暴言をどうか許してくれ……っ」


 そうして真摯しんしに謝罪してきた三人を、俺は快く許すことにした。


「気にしないでくれ。三人の気持ちもわかるし、俺はもう気にしてないからさ」


 そう。

 そもそも俺が大五聖祭の出場選手に選ばれたことに対して、彼らが異議を唱えるのは何もおかしくない――むしろ至極当然のことなのだ。


 彼らがこれまで毎日厳しい修業を積み、自らの剣と真剣に向き合ったのは今の一戦でよくわかった。


(名門剣術学院の授業は厳しく、地獄のような毎日だと聞いたことがある……)


 この三人は凄まじい努力でそれを乗り越えて、ようやくこの千刃学院へ入学を果たした。だが、中等部での成果を見せつける大五聖祭の選手選考から漏れてしまった。代わりに入ったのは、名前も聞いたことの無いような三流学院を卒業した我流の剣士――俺だ。


(そりゃ怒るのも無理はないよな……)


 腹が立たない方がむしろ不思議である。


(でもまぁ実際に修業した時間で言えば、俺の方が遥かに長いんだけどな……)


 彼らは三年もの間、死ぬ気で剣を振るったのかもしれない。


 しかし、俺だって十数億年もの間、それこそ廃人のような状態でただ黙々と剣を振り続けてきた。


 剣を振った回数と時間で言うならば、絶対に負けていない自信がある。


 すると三人組は、突然「ふー……っ」と大きなため息をついた。


「剣術だけでなく、心のデカさまで負けるとは……男として立つ瀬がないな……」


「あぁ、違いない……」


「アレン……もしよければ、今後は仲良くしてくれないか?」


 彼らはそう言って、こちらに手を差し出してきた。


「うん、これからはよろしく頼むよ」


 俺はその手をしっかりと握り、友好の握手を交わした。


 そうして俺と三人組がしっかりと仲直りしたところで、レイア先生がゴホンと咳払いをする。


「――さて、これで全員アレンの大五聖祭出場を納得したか?」


 彼女がグルリと生徒を見回すと、ここにいる全員がコクリと頷いた。


 そんな中、俺は一つだけどうしても気になることがあったので聞いてみた。


「いや、でも……他の組の生徒が納得しないんじゃないですか?」


 いくらなんでも学院の代表をA組の一存で決めるのはどうかと思う。


 するとその回答は、先の三人組の一人からもたらされた。


「心配すんな、アレン。俺たちA組の全員が認めているんだ。他の組はどうこう言ってこねぇよ」


「あぁ、千刃学院は成績上位順にクラスが振り分けられるからな」


「最上位A組の全員がアレンを認めているんだ。誰も文句なんか言えねぇさ。お前はドンと胸を張っときな!」


 なるほど……そういうものなのか。


 俺が納得した素振りを見せると、レイア先生がパンと手を打った。


「よし、では改めて発表しよう! 今年度の大五聖祭の出場選手はリア=ヴェステリア、ローズ=バレンシア――そしてアレン=ロードルの三名だっ!」


 そうして彼女が高らかに発表した次の瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こったのだった。



 その翌日の早朝。

 俺たち一年A組の男子生徒は、実技試験を受けるために体育館に集合していた。


「ふぅー……この格好・・・・だと、さすがに朝は寒いな」


 男子生徒は白い体操服に黒い短パン。


 朝方にこの薄着は少しつらい。


 俺たち男子生徒が女子の着替えを待っていると――ようやく女子更衣室の扉が開いた。


「さ、寒いー……っ」


「もう、やっぱり足がスースーするよぉ……っ」


「なんでこんな朝早くから実技なのよ……っ」


 女子たちは口々に文句を言っていたが……確かにあれは寒いだろう。


 というのも、女子生徒は白い体操服に、下はなんと黒いブルマなのだ。


 男子と違って下半身の布面積が異様に少なく、ひんやりとした外気が生足を刺激する。


 なんでも伝統と格式を重んじる五学院では、女子の体操服はブルマで固定なんだとか。

 女生徒からの評判はあまりよろしくないが、そこは「伝統」の一点張りで一切変更の兆しは無いらしい。


 そんなことを考えながら、体育館の端の方でボーッと突っ立っていると、一人の女生徒が――リアがこちらに駆け寄ってきた。


「お、おはよ、アレン」


「あぁ、おはよう、リア」


 わざわざこんな体育館の端まで来るとは……いったい何の用だろうか?


 彼女が口を切るのを待って少し黙っていると、


「その……どうかな?」


 リアは少し顔を赤く染めながら、自らの体操服に視線を落とした。


(……いや「どうかな?」と言われてもな)


 俺は一応彼女の体を上から下までジッと見つめる。


(……うん、どこからどう見ても普通の体操服だ)


 なんの変哲も無い。

 千刃学院の売店で売ってある奴だ。


 強いて言うならば、体操服越しにでもわかる大きな胸のふくらみに、目を奪われないようにするのが大変だったぐらいである。


(だが、俺は知っている――いや、教わったと言う方がより正確か)


 今からちょうど一年前のある日、ポーラさんは俺にこう言った。


【いいかい、アレン? 女の子が服とかアクセサリーとか髪留めとか――とにかくそういう何かについて感想を求めてきたら、絶対に「いいね!」って肯定してあげるんだよ!】


 そのままの感想を言うのは悪手らしく「何でもいいからとにかく肯定するのが男の仕事なんだよ」とポーラさんは言っていた。


 そう、今の状況はまさにこれだ。


 だから、俺はポーラさんの教え通りにニッコリと笑ってこう答えた。


「うん、いいと思うよ」


「ほ、ほんと……? え、えへへ……」


 彼女は小さな声で「ありがと」と言うと、嬉しそうに女子たちの方へ戻っていった。


 ……正直何がしたかったのか、全くわからない。


 が、とにかく今の回答が正しかったのはリアの嬉しそうな反応から見て間違いない。


 さすがはポーラさんだ。


(それにしても、レイア先生はまだか……?)


 手を擦り合わせながら、そこに吐息を吹き込み、わずかながらの寒さ対策をしていると、再び一人の女生徒が――ローズさんがこちらに駆け寄ってきた。


「ねぇ、アレン」


「なんですか?」


「私のは……どう?」


 そう言って彼女は白い体操服の端と端を両手で摘まんだ。

 どうやらリアと同じ用件のようだ。


「うん、とてもいいと思いますよ」


 俺が先ほどと同様に優しくそう言うと、


「そう……」


 彼女はほんのりと顔を赤くし、満足そうに小さく笑うと、女子たちの方へ戻っていった。


(……いったいなんの儀式なんだろうか?)


 俺が一人首を傾げていると「ピーッ!」というホイッスルの甲高い音が鳴った。


 音のした方を見れば、いつものように真っ黒のスーツに身を包んだレイア先生が、体育館の中央に立っていた。


「一年A組の諸君――集合っ!」


 誰がどう聞いてもホイッスルの音よりも、先生の地声の方が遥かに大きい。


(絶対必要ないだろ、アレ……)


 そんなことを思いながら、小走りでレイア先生の元へと駆け寄った。


 それから男女全員が体育館中央に集合したところで、彼女は口を開いた。


「さて『ホイッスルは、いらないだろ……』とか思った心の濁った生徒たちよ! いかん、いかんなー、それは! こういうのは雰囲気というものが大事なんだ! 体育と言えばホイッスル、ホイッスルと言えば体育……なぁ、そうだろう!?」


 まぁ……言わんとすることはわからなくはない。


 グラン剣術学院でも基礎体育――素振りやランニングのときは、ずっとホイッスルが鳴り響いていた。


 しかし、朝から本当にテンションの高い人だ……。


「まぁ、この話はここまでにして……さて、本日は早速実技試験をやっていくぞ!」


 そうしてレイア先生は実技試験の説明を始めた。


「まず第一に魂装こんそうの使用は禁止だ。これは純粋な剣術の熟達度合を測定するのが目的だからな! 次に流派の技についてなんだが、これは全て使用可能とする。君たちが磨き上げた剣術をぜひ私に見せてくれ!」


 一通りの説明を終えた彼女は、


「それじゃみんな、体育準備室からそれぞれのサイズにあった適当な剣を借りてくるように!」


 最後にそう指示を出すと、少し楽しそうにホイッスルを「ピーッ!」と吹き鳴らした。


(あれは多分、ホイッスルを吹くのが好きなだけだな……)


 あぁ見えてレイア先生は、少し子どもっぽいところがある。


 それから俺たちは、体育準備室で大量の剣の中から自分にあった一振りを探す。

 実技試験において、自分の剣を使用することは禁止されているのだ。


 これは生徒間での不平等を避けるための処置である。

 たとえば俺が普段使っている切れ味の悪い剣と、切れ味最高の業物。

 どちらを使った方がより良い結果がでるかは、火を見るよりも明らかだ。


 剣の優劣で結果が左右されるのは、剣士の熟達度合を測る実技試験の趣旨しゅしに反する。そのため少し面倒ではあるが、実技試験では学院側から剣をレンタルするのだ。


(……よし、この剣でいいか)


 日ごろ使っているのとだいたい同じサイズ感の一振りを見つけた俺は、体育館へと戻った。

 すると体育館にはレイア先生の他に三人の男性がいた。


 多分二人の若い男性は実技試験の補助で、眼鏡を掛けた初老の男性は測定士そくていしだろう。


 しばらくして全生徒が剣を借りて戻ったところで、先生が説明を再開した。


「さて既にみんな知っている通り実技試験は、居合斬り・十本斬り・連撃の三種目。まぁ、中等部の頃にやっているものと同じだな。それじゃ最初は、居合斬りから行こうか。――おーい、準備を始めてくれ」


「「はい!」」


 レイア先生に頼まれた若い二人は、すぐに専用の台座を準備して、そこに適当な長さの竹を一本セットした。


 そうして試験準備が完了したところで、レイア先生が口を開く。


「まぁみんなもう知っているとは思うが、一応念のため簡単に流れを説明しておこう。――まず生徒は納刀状態のまま、ここにセットされた竹の前に立つ。その後、任意のタイミングで抜刀し、竹を両断する。抜刀から竹を両断するまでに要した時間が、この試験の記録となる」


 その説明は中等部で――グラン剣術学院で受けたものと全く同じだった。


「そして今回はこちらの測定士の方が、みんなの記録を測定してくれる。この道五十年のベテランの方だ。失礼の無いようにな」


 先生が話し終えると同時に、人のさそうな顔をした測定士の方がペコリとお辞儀をした。


 測定士――初等部・中等部・高等部、全ての実技試験において欠かせない大事な仕事だ。その職務はたった一つ――正確な試験結果の測定である。


 測定士の資格を取るためには視力3.0以上、反射神経0.2秒切り、体感時間と実時間の差が0.01秒以内という高いスペックが要求される。そのため高い需要の割に全国的に数が不足しているのだとか。


「参考記録として伝えておくと、うちの一年生の平均は毎年0.8秒前後となっている。まぁ頭の片隅にでも置いておいてくれ」


 レイア先生はそう言うと胸の内ポケットから、手帳とペンを取り出した。

 あれに結果を記録していくのだろう。


「では早速始めようか。まずは――リア=ヴェステリア!」


「はいっ!」


 名前を呼ばれた彼女は竹の前に立つと、静かに目を閉じた。


 体育館がシンと静まり返った数秒後、


「――ハッ!」


 鋭い一閃が走り、目の前の竹が真っ二つになった。


 全員の視線が測定士に集まる。


「――0.5秒。ほほっ、お見事」


 一年生の平均を0.3秒も上回る素晴らしい記録に、周りがざわめき立つ。


「ぃよしっ!」


 彼女は嬉しそうにガッツポーズを決めると、元いた場所に戻っていった。


「一発目からいい記録が出たな、これは幸先がいいぞ! よし、それじゃ次は――ローズ=バレンシア!」


「はい」


 ローズさんはスタスタと竹の前まで移動すると――突然グッと重心を落とした。


「桜華一刀流――雷桜らいおうッ!」


 すると次の瞬間――雷鳴の如き一閃が視界を走り、見事に竹が両断された。

 二つに分かれた竹全体にヒビが走っているところから、その威力のほどが窺える。


「――0.3秒。素晴らしい!」


 リアの好記録をさらに0.2秒も上回る新記録に、周りの生徒は大きくざわついた。


「ふふ……私の勝ち」


「ぐ、ぐぬぬ……っ」


 勝ち誇った顔のローズさんに、悔しそうな顔のリア。


 どうやらあの二人は意外と仲がいいみたいだ。


「さすがは一子相伝の桜華一刀流、凄まじい一撃だったな! よし、それじゃ次――アレン=ロードル!」


「はい」


 ついに俺の番が来た。

 台座に立てられた竹の前に立ち、大きく深呼吸をする。


(居合斬り、か……)


 確かグラン剣術学院時代の最高記録は、1.2秒だったと記憶している。

 昔は一番苦手な種目だったが、十数億年の修業を積んだ今は得意種目と言っていいかもしれない。


 呼吸を整え、精神が無の境地に達したその瞬間――俺は一気に刀を引き抜いた。


「――シッ!」


 自分の今出せる最高最速の一撃だ。


「ほぅっ!」


 俺の居合斬りを真横で見たレイア先生が感嘆の声をあげる。

 今の一撃は、自分でも中々いい線をいったと思う。


 果たして結果は……。



「……」



 ……あれ?


 どういうわけか、測定士の人は結果を教えてくれなかった。


「す、すみません、何秒でした?」


 俺が控え目にそう問いかけると、


「……え?」


 彼はビックリしたような顔をして、こちらを見つめてきた。


「え、いや、その……記録が何秒だったのか、教えていただきたいんですけど……?」


「私も今のがどれぐらいの記録か気になりますね。焦らさずに早く教えていただけると嬉しいんですが」


 俺の質問に重ねて、レイア先生も問いかけた。


 すると、


「い、いやいや、お二人ともさっきから何を言っているんですかな? 彼はまだ竹を切ってはいませんよ?」


 測定士の方は困惑気味に首を傾げた。


「いや……もう斬り終えたんですけど……」


「えぇ、アレンの言う通りです」


 目の前の竹を指で優しくつついてやると、斜めにスッパリと両断されたそれは静かに地面に滑り落ちた。


 その瞬間、後ろでジッと見守っていたクラスメイトたちが大きくざわついた。


「う、嘘だろ……っ!?」


「ぜ、全然見えなかった……っ」


「マジでいつ抜いたんだ……っ!?」


 同時に測定士の方は目をひん剥いて、慌てて両断された竹の元へ走った。


「ば、馬鹿な……っ!? 測定士歴五十年のこの儂が……居合斬りを見逃した……っ!?」


 彼はワナワナと震えながら、鮮やかな切り口の竹をくっつけては離し、くっつけては離しを繰り返していた。


 はたから見れば少し危ない人だ。


「しかし、これは困ったな……。あそこまでの速度になると見えないか……」


 レイア先生は困り顔で顎に手を添えて、何らかの策を講じていた。


「ふむ……仕方ない、か。アレン、今度はもう少しゆっくり斬ってくれないか?」


「ゆ、ゆっくり、ですか……?」


「あぁ、頼む」


「は、はぁ……わかりました……」


 まさか速度を競う居合斬りにおいて、「ゆっくり」を要求されるとは夢にも思っていなかった。


 とりあえず俺は再び、新しくセットされた新品の竹の前に立ち、ほどほど・・・・に精神を整えた。


 そして、


「――ハッ!」


 意図的に鞘走さやばしりを抑えた一撃は、先ほどよりもかなりゆっくりと竹を両断した。


「――0.1秒。て、手を抜いてこれとは……凄まじい剣士でございますな」


 これまでで一番の好記録に、背後で見守っていたクラスメイトが沸きあがった。


「さすがはアレンね!」


「まだ、遠い……っ」


 リアは何故か胸を張り、ローズさんは少ししょんぼりとしていた。


「ふむ、とりあえずアレンの記録は暫定的なものとしておこう。本来は0.1秒を軽く切っているはずだからな」


 それから一人一人順に試験を受けていったが、結局俺の暫定記録0.1秒を切るものは現れなかった。


 その後『十体斬り』、縦に並べた十体の案山子かかしをどれだけ早く全て両断できるかを競う試験が行われた。


 俺が一の太刀――飛影を使った結果、二秒という学校記録を打ち出した。


 続けて『連撃』、人体模型を使用して人間の代表的な急所である顎・心臓・肝臓・みぞおちの四か所をどれだけ素早く打つかを競う試験だ。


 これは八の太刀――八咫烏を使った結果、一秒で終わった。なんでもこれも学校記録らしく、レイア先生がとても感心していた。


 そうしてようやく長かった実技試験が終わりを迎えた。


「よし、これで本日の実技試験は全て終了だ。みんなよく頑張ってくれたな。この後、体育館は終日開放される予定だ。素振り、模擬戦、型の確認――何でも好きに使うといい。では――解散!」


 そう言ってレイア先生は、体育館を後にした。


(ふぅ……少し、疲れたな)


 久々の実技試験だったために妙に気を張ってしまい、肉体的にというよりも精神的に疲れた。


 そうして俺が大きく伸びをしていると、一人の男子生徒がこちらに近付いてきた。

 昨日俺が打ちのめした一人――確か斬鉄流の使い手だ。


「なぁ、アレン。さっき『十体斬り』のときに使ってた技……飛影だったか?」


「あぁ。それがどうかしたか?」


「そのさ、なんつーか……。もし、よかったらその技、俺に教えてくれねぇか? 代わりに斬鉄流を教えてやるからよ!」


「あー……いや、悪い……。俺はまだ人に剣術を教えるほど、優れた剣士じゃないから」


 そうしてやんわりと断ろうとすると、


「そ、そこを何とか頼むよ! 飛影の全てじゃなくてもいいから! ちょっとしたコツだけでもいいからさ! ……な、頼むよ!」


 彼は両手を前に合わせて頼み込んできた。


「う、うーん……っ」


 さすがにここまで頼み込まれて、すげなく断るのもどうかと思われた。


 そもそも俺は別に、飛影の術理じゅつりを隠しているわけではない。

 むしろどんどん真似してもらって、飛影が改良・進化していけばいいとさえ思っている。


「……わかった。でも、教えるのはあまり上手じゃないから、期待はするなよ?」


「ま、マジか!? サンキューな、アレンっ! 愛してるぜっ!」


 すると今の会話がこっそりと聞かれていたのか、


「おい、ちょっと待てそこぉっ! 抜け駆けは許さんぞ!」


「なぁアレン、俺にもお前の技を教えてくれっ! 代わりに新月流の基本を教えてやるからさ!」


「アレンくんの技、私も教えて欲しいな! 代わりに水明すいめい流の型を教えてあげるから、ね? お願いっ!」


 他の生徒たちも次々に身を乗り出してきた。


「あぁ、もちろんいいよ」


 そうして、みんなの願いを快く聞き入れていると、


「ちょ、ちょっと、アレン!? ズルいよ、私にも教えてよ!」


「私も、ぜひお願いする」


 少し出遅れたリアとローズさんが俺の両隣を陣取った。


 その後、ワイワイとみんなで剣術について語り合った。


 要望の多かった飛影の撃ち方のほか、斬鉄流の真髄、新月流の基本、水明流の型、居合斬りが少し速くなる裏技、素振りのときにいつも何を考えているかなどなど――剣術についての話が一気に花開いた。


(そうだ、俺はずっとこういう時間が欲しかったんだ……っ)


 みんなと一緒に仲良く、大好きな剣術について語り合うこういう時間が……っ。


 グラン剣術学院にいた三年間もの間も、ずっとずっと欲しくてたまらなかった。


(でも、いじめという理不尽な暴力によって結局手に入ることはなかった。……だけど、それが今、この手の中にある……っ)


 俺がぼんやりと昔のことを思い出しながら、ようやく掴んだこの幸せを噛み締めていると、


「……アレン、泣いているの?」


 リアが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


 気付けば彼女の言う通り、目尻にうっすらと涙が浮かんでいた。

 少し感傷的になり過ぎてしまったようだ。


「あ……い、いや違う。ちょっと目にゴミが入っただけだ、気にするな」


 そうして俺が大袈裟に目をゴシゴシと擦っていると、一人の男子生徒が剣をめちゃくちゃに振りながら質問してきた。


「なぁ、アレン! こっからどうやって斬撃を飛ばすんだ?」


「ははっ。飛影を撃つためには、まず剣の持ち方があってだな――」


 こうして俺が小さい頃からずっと求めていた幸せな時間は、ゆっくりと流れていった。

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