落第剣士と剣術学院【四】


 推薦入学の話を聞いてから数日が経ったある日。


 今日と明日は学院が休みのため、早速ゴザ村に住む母のもとへ行くことにした。


 朝支度と朝食は既に済ませてある。

 後は荷物を持って出発するだけだ。


「よし――それじゃ行ってきます」


 寮の玄関口でそう言うと、食堂からポーラさんが顔をこちらに向けた。


「忘れ物は? せっかく買った土産はちゃんと持ってるんだろうね?」


「はい、ばっちりです」


 昨日、露店で購入した煎餅とおかきは、ポーラさんに借りた風呂敷で大事に包んである。


「そうかい。なら気を付けて行くんだよ!」


「はい!」


 俺はペコリと頭を下げ、寮を後にした。


 ちなみに寮の玄関には、剣武祭の優勝トロフィーが堂々と飾られていて……何というか少し恥ずかしい。


 寮を出た後は、ゴザ村まで長い長い獣道をひたすら南に下っていく。


 一時間、二時間、三時間と走ると、ようやく目の前にゴザ村が見えてきた。


 茅葺かやぶき屋根の家がぽつぽつと等間隔に建っており、その周りには広大な牧草地帯と畑が広がっている。総人口は多分百人に満たない、とてもとても小さな村だ。


「ここに帰るのも久しぶりだなぁ……」


 あの異界で過ごした十数億年を差し引いたとしても、この村に帰るのは実に三年ぶりだ。


 そうして一人懐かしさに浸っていると、


「あんれ! おめぇ、アレンでねぇか!?」


 背後から南訛みなみなまりのしわがれた老人の声が聞こえた。


 そちらを振り返るとそこには――昔、竹馬や手製のめんこなどで遊んでもらった竹爺たけじいの姿があった。


「竹爺っ! 久しぶりだね!」


「おーこりゃ、しっばらぐ見ねぇうちに大きなったなぁー!」


 大陸南部に位置するゴザ村は、かなり南訛りが強い。


「あはは、そりゃ成長期だからね」


 それから少し彼と昔話に花を咲かせていると、


「おっど! おらなんかと話すより、はようロードルさんとこ行っちゃれ! おめぇさんおらんなってから、やっぱ元気が無ぇんど」


「わかった。それじゃ、またね竹爺」


「うんだ。また後でうちにも顔出してくれっこ!」


「もちろん!」


 そうして竹爺と別れた俺は、家畜のにおいがする道をしばらく歩き――ようやく俺の家を見つけた。


「うわぁ……久しぶりだなぁ」


 三年前――最後に見たときから何にも変わっていない。本当にあの頃のままだった。


 鍵も掛かっていない横引きの古びた扉をガラガラと開ける。


「母さん、ただいま」


 少し大きめの声を出してそう言うと、家の奥からドタドタと走る音が聞こえてきた。


 すると、


「あ、アレンかぃ!?」


 鍋蓋を片手に持った母さんが、目をキラキラと輝かせて現れた。

 ちょうどごはんの仕込みをしていたのだろう。


「うん、ただいま。母さん」


「あぁ……もう大きなっちや!」


 そう言うと母さんは両手を大きく広げて、俺をギュッと抱き締めた。


「えらい久しぶりよってに! 元気しとうや!?」


「うん、この通り元気でやってるよ」


「そらぁ、えがった! ほんれ、立ち話もなんじゃき、早う上がらんね」


「うん」


 それから俺は食卓の丸椅子に座り、晩御飯の仕込みをしている母さんといろいろな話をした。

 そして母さんが鍋に蓋をして少し手が空いたところで――俺は本題を切り出すことにした。


「……ねぇ、母さん。ちょっと大事な話があるんだけど、聞いてもらってもいいかな?」


「どしたね? 急にそんな改まってさ」


「うん、それがね――」


 それから俺は、今最も悩んでいる進路選択について母さんに相談した。


 現在俺は三年生で、今後の進路について悩んでいること。

 選択肢は聖騎士・魔剣士・千刃学院への進学の三つがあること。

 三つそれぞれを選んだときのいいことと悪いこと。


 そうして現状を粗方あらかた説明し終えると、母さんは拍子抜けしたように肩を竦めた。


「なぁんぞそれは……。改まって『大事な話』言うがら、どったら大きなこつか思ったら……。そんな簡単なこと迷いよるかね……」


「い、いや……これはそんな簡単な問題じゃなくて――」


「――千刃学院ば行きたかよね?」


「なん、で……わかったの?」


 まだ自分の希望も思いも考えも――全く何も話していない状況でピタリと図星を当てられてしまった。


「親っこ舐めたらいかんさね。アレンはこーんに小さいこっから、剣ば振るうのが好きやってな。お前さんが千刃学院いうとこ行きたかことなんて、お見通しぬら」


 俺が押し黙っていると、母さんは優しく諭すように言った。


「私のことなんかなぁんも気にせんでええよってに。アレンはアレンの人生を生きな。私はそん道を陰ながら、ずぅと応援しとうや。ただし――私より一秒でもええから後に死ぬんぞ? それが一番の親孝行やきな?」


「……わかった。母さん、ありがとう」


 そうしてお礼を伝えると、母さんはニッと笑ってくれた。


「よし、話が終わったぬらご飯にしよって! 今日はあんたの好きやったシチュー、たくさん作ったがぁ!」


 そういうと母さんは木製の皿に、今できたばかりのシチューを注ぎ込んだ。


 ゴロンと大きなイモが入ったシチュー。


 いつもは俺の誕生日にだけ出る――我が家の特別メニューだ。


「おいしい……おいしいよ……っ」


 十数億年ぶりに食べた母さんのシチューは――言いようもないほどにおいしかった。


「そうか、そうか! おかわりもあるよってに、遠慮せんとたくさん食べーよ!」


 母さん特製のシチューをたっぷりと堪能した後、俺はこれまた懐かしい釜風呂につかっていた。


 それにしても……。


「母さん……歳、とったなぁ……」


 久しぶりに見た母さんは、ずいぶんと老けて見えた。


(今年で五十歳になることを考えたら、普通の老化なのかもしれないけど……)


 顔の小じわも白髪もかなり増えていたし、少し背が縮んだような気もする。


「……千刃学院で必死に修業をして、早く立派な剣士にならないとな」


 そうしてたくさんの給金を稼いで、母さんに楽な生活をさせてあげなくては。


 そんな決心を新たに、俺は風呂場で疲れを流したのだった。



 アレンが風呂場に向かった直後、彼の母ダリア=ロードルしかいないはずの食卓にしゃがれた老爺ろうやの声が響いた。


「ほっほっほっ! このシチュー、中々どうしておいしいのぅ!」


 そこには腰の曲がった初老の男――時の仙人がいた。


 いつの間によそったのか、彼の手にはシチューの入った皿とスプーンが握られている。


「……封印が緩んでいたからもしやとは思ったけど、やっぱりあんたの仕業かい……時の仙人」


 南部特有の訛りが消え、流暢な標準語を操るのは――アレンの母ダリア=ロードルその人だ。


「いやぁ、それにしても上手に隠したもんじゃのぅ……。おかげで見つけるのに骨が折れたわい」


「そう。だったら――もう一本ぐらい折っといたら?」


 一瞬で時の仙人の後ろをとったダリアは、彼の頭上目掛けて拳を振り下ろした。


 しかし、時の仙人は自身を透明化することによって、難なくその一撃を回避する。


 ダリアの拳は虚しくも空を切り、ただ木製の椅子を木っ端微塵に粉砕した。


「ほほっ! おー、怖い怖いっ!」


 余裕綽々の時の仙人は、大きなジャガイモをパクっと口に含んだ。


「ほっほっほっ! 久しぶりに美味な食事じゃったわい。では、またどこかで会おうぞ」


 そう言うと彼は、まるで霧のように突然フッと消えた。


「……ちっ、逃げやがったか」


 ダリアが苛立った様子で大きく舌打ちをしたそのとき。


「おい、今の気配って奴じゃねぇのかっ!?」


 ロードル家の玄関が開き、竹爺が姿を見せた。


 彼もまた流暢な標準語を使っている。


「遅かったわね。時の仙人ならとっくの昔に逃げたわよ」


「ぐっ……ということはやはり……?」


「あぁ……。一億年ボタン、使われちまってるみたいだね……っ」


「くそ……なんてこった……っ」


 二人の間に沈痛な空気が流れる。


「なぁ、ダリア……。どうして時の仙人はアレンを捕捉できたんだ? 封印は完璧だったはずだろ?」


「……もしかするとアレンの感情を強く揺さぶるようなことがあったのかもしれないね。学院では楽しくやってるって手紙で聞いていたから、安心してたんだけど……」


 アレンは学院でいじめを受けていることを、一度たりともダリアに打ち明けたことは無い。それは彼が母を信頼していないということではなく、純粋に心配を掛けたくないという気持ちからだ。


「まぁとにかく、時の仙人は何がなんでもあたしたち・・・・・の邪魔をするみたいだよ……っ」


 ダリアは強く拳を握り締めながら、歯を食いしばった。


「だけど、今回ばかりはあんたの思い通りにさせない……っ」


 その後、竹爺はすぐに自分の家に戻り、ダリアは壊してしまった椅子を外のゴミ捨て場に持って行くのであった。



 故郷のゴザ村に帰り、母さんとも相談した結果――俺は千刃学院からの推薦入学を受けることに決めた。


 だが、ここで一つ予想外のことがあった。


 推薦入学はこちらが受諾した時点で自動的に合格扱いになると思っていたけれど、実はそうではないらしい。


 入学時の筆記及び実技試験は免除されるが、適格検査として面接だけは受けなければならないようだ。


 一瞬かなり不安に襲われたが「面接で落とされるなんて話は、今まで一度たりとも聞いたことがない」と校長先生と教頭先生が口を揃えて言ったので少しは安心した。


 そして今日がその千刃学院の面接の日だ。


 服装に指定は無かったため、グラン剣術学院の制服で臨むことにした。


「それにしても……とんでもない量の人だなぁ……」


 俺は今日生まれて初めて、この国の都――オーレストの地を踏んだ。


 驚くほどに活発な人の往来や先進的な建物の数々に惑わされながらも、何とか千刃学院の正門までたどり着くことができた。


「ふー……ようやく着いた」


 面接開始予定時間の十五分前。ちょうどよい時間だ。


 正門を警備している人に、自分の受験票を見せて学院内へと入れてもらった。


 面接会場は第三校舎の三階――その最奥にある応接室だ。


(第三校舎は……っと、この建物だな)


 目的の建物に入り、階段を登って三階に到着した瞬間――俺は一歩後ずさることになった。


(ま、マジか……っ)


 そこには大勢の受験生の姿があった。


 おそらく彼らは推薦入学組ではない、一般入学試験組だろう。


 まさか同日にやっているとは思わなかったため、少しだけ驚いてしまった。


 その後、自分の名前が呼ばれるまでぼんやりと待っていると、


「受験番号1723番アレン=ロードルは速やかに入室してください。繰り返します。受験番号1723番アレン=ロードルは――」


 院内放送が鳴り響いた。


 俺はすぐに立ち上がり、廊下の突き当りにある応接室まで移動し、コンコンコンとノックしてから扉を開けた。


「――失礼します」


 部屋の中には三人の面接官が座っており、彼らの対面には丸椅子が一つ置かれていた。

 俺がそこへ腰かけるとすぐに面接が始まった。


「これより面接を開始いたします。まずは受験番号とお名前をお願いいたします」


「受験番号1723番、アレン=ロードルです」


 そう答えるとすぐに別の面接官が質問をしてきた。


「では次に自分の長所を教えてください」


「長所は……やはり忍耐力ですね」


 俺の長所としてパッと思い浮かんだのがこれだった。


「忍耐力ですか。それはどのぐらいのレベルのものですか?」


「そうですね……十数億年もの間、ずっと剣を振り続けていられるレベルです」


「じゅ、十数億年ですか……? それは……とてつもないですね……」


「はい。本当にとてつもない経験でした」


 あれはもの凄い経験だった。「もう一度やりたいか?」と問われれば、悩ましいところではある。


「は、反対に短所はどういうところでしょうか?」


「短所ですか。短所は……無鉄砲なところ、ですね。あのとき・・・・もう少しだけ冷静に行動していれば……いや、これはタラレバですね。それに自分はあのときのことは後悔していません」


 そう、あのとき――何の考えも無しに一億年ボタンを押した、押せた・・・からこそ今の俺があるんだ。これは長所でもあり、短所でもあるだろう。


「は、はぁ……あのとき、ですか……?」


「はい」


「……」


「……」


 面接官は次の質問を考えているのか、少しの間だけ押し黙ってしまった。


「え、えーっと……そ、それでは続きまして、所属する流派を教えてください。それともし可能ならば、得意な技を一つあなたの後ろに設置してある案山子かかしに向かって実演してください」


「流派はその……お恥ずかしながら我流となっています。ですが、技自体はいくつもあるので、そのうちの一つを実演させていただければと思います」


 俺は立ち上がり、剣を抜き放つ。


 そして、


「八の太刀――八咫烏ッ!」


 案山子を八等分することに成功した。


 これは別に得意な技というわけではないが、単純に見栄えが良いから選んだのだ。


「んなっ!?」


「斬撃が、八つに分かれた……!?」


「しかも……何という鮮やかな切り口……っ!?」


 試験官は三者三様の反応を見せた。

 概ね受けはよかったと言えるだろう。


(よしよし、八咫烏を選択して正解だったな) 


 そうして俺が剣を鞘に収納し、再び丸椅子に座ったところで、


「あ、ありがとうございました。これにて面接は終了になります。数日後に合否の結果を封筒にて送付いたしますのでご確認ください。それでは、お気を付けてお帰りください」


 無事に面接は終わった。


「失礼します」


 最後に一度礼をしてから、応接室を出た俺は千刃学院を後にした。


「ふぅー……っ」


 さすがに少し緊張した。


 しかし、終始無難な回答に徹することができた。


 大きな間違いも犯していない。


 それに最後の実演も中々に好感触だった。


(ひとまず、これで合格は間違いないだろう)


 確かな手ごたえと共に、俺はポーラさんの待つ寮へと帰宅した。



 アレンが退室した後の面接室では、何とも言えない微妙な空気が漂っていた。


「……それにしてもおかしな生徒でしたなぁ。何を言っているのか全くわからなかった。推薦とはいえ……本当に合格させても大丈夫なんですか?」


「確かに、何を言っているのか全くわかりませんでしたね……。しかし、彼は理事長が直々に推薦入学を希望した生徒ですから……。さすがに我々の判断で勝手に落とすわけには……」


「うぅむ、あれ・・で我流ですか……。まともな師がつけば、あの子はきっと化けますよ。……正直、何を言っているのか全くわかりませんでしたが」


 面接官の意見は、アレンが『何を言っているのかわからない』という点で完璧に一致していた。



 面接を受けた数日後、千刃学院から一通の封筒が届いた。


 このタイミングで届いたことからおそらく、いや間違いなく合否についての連絡だ。


 果たして無事に合格しているのか――正直胸が張り裂けそうなほどドキドキしている。


「ふーっ……」


 何度か大きく深呼吸してから、中身を破ってしまわないようにゆっくり開封した。

 中には一枚の大きな紙が入っており、そこには大きく二文字・・・でこう書かれていた。


「……合格」


 そう、合格だ。


「――いよっし!」


 推薦入学なのだから受かって当然なんだけど、それでもやっぱり嬉しかった。


(本当にまさか自分があの名門千刃学院に通えるなんて……まるで夢のような話だっ!)


 ほんの一か月前までは、ずっと落第剣士と馬鹿にされていたというのに――人生何が起きるかわからない。



 そしてその数日後――いよいよ別れの時がやってきた。



 自分の荷物を全てまとめた俺は、玄関まで見送りに来てくれたポーラさんに深々と頭を下げる。


「ポーラさん。三年間、本当にお世話になりました」


 そう。

 ポーラさんとは――三年間ずっと生活をしてきたこの寮とは、今日ここでお別れだ。


 この寮から千刃学院まで毎日往復するのはさすがに骨が折れる。


 というかそもそも千刃学院は全寮制であり、特別な理由が無いと一般の家に住むことはできない。


「全く……一々大袈裟だねぇ、あんたは。別にこれが今生こんじょうの別れでもあるまいし、もっとサラッとした感じでいいんだよ」


 ポーラさんはそう言うけれど、俺はちゃんと感謝の言葉を伝えておきたかった。


「本当に、ポーラさんには感謝しても仕切れません。ほとんど無一文だった俺を泊めてくれたり、毎朝起こしにきてくれたり、おいしいご飯を作ってくれたり、困った時は相談に乗ってくれたり、楽しい話をいっぱいしてくれたり――とにかくたくさんの楽しい時間を本当にありがとうございました……っ!」


 すると彼女の目元に、薄っすらと雫のようなものが浮かんだ。


「や、やだね、あたしったら……っ! 歳のせいか涙腺が緩くなっちゃってるよ……っ!」


 そう言うとポーラさんは両手で豪快に目を擦った。


「――うし。腹が減ったらいつでも来な! メシならいくらでも食わせてあげるからね!」


「はいっ! 絶対にまた食べに来ますねっ!」


 彼女のご飯は絶品だ。

 あの刺激的で豪快な料理を俺は、一生忘れないだろう。


「では、そろそろ行ってきます」


「千刃学院だか万刃学院だか知らないけど――行くからにはてっぺん獲ってくるんだよっ!」


「はいっ!」


 こうしてグラン剣術学院の落第剣士アレン=ロードルは無事に卒業を果たし、明日からは五学院の一つ――千刃学院の剣士アレン=ロードルとなるのだった。

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