落第剣士と剣術学院【二】
ドドリエルとの決闘から数日後――俺へのいじめは酷くなった。
と言っても、前と違って直接俺に危害を加えるようなものは無くなった。
その反動として陰口が増えた。
落第剣士。
卑怯者。
暗器使い。
学院のどこを歩いていてもそんな声が聞こえてくる。
多分ドドリエルとその取り巻きが触れ回っているんだろう。
だけど、不思議と心は穏やかだった。
(昔の――十数億年前の俺ならば、きっとこんな環境には耐えられなかっただろうなぁ)
そんな風に自分を客観視することができるほどに落ち着いていた。
「そう言えば、母さんは元気かな……」
ポーラさんの待つ寮への帰り道、ふと故郷に残してきた母さんのことが気になった。
グラン剣術学院に通い始めてから早三年。
月に一度は手紙のやり取りをしているものの、故郷に帰ったことは一度もなかった。
自分のことで精いっぱいで、それどころではなかったのだ。
「よし……決めた。次の休みに一度帰ろう」
故郷のゴザ村までは小走りで十時間以上かかる。
でも多分、今の俺ならもう少し早く着けるだろう。
「そうだ、何かお土産でも買っていこう」
三年ぶりに帰るんだ。
さすがに手ぶらというわけにはいかない。
母さんは
お土産として持って行けば、きっと喜んでくれるだろう。
(いや、その前に……。今、いくら持っていたっけ……)
懐からガマ口の財布を取り出してひっくり返すと、チャリンと三枚の硬貨が出てきた。
「ご、五百二十ゴルド……」
これじゃまともなお土産を買うことはできない。
「……バイトでもしようかな」
バイト先は……ポーラさんに相談してみよう。
あの人はとても顔が広い。もしかしたらいいバイト先を教えてもらえるかもしれない。
それに彼女の紹介先ならば安心して働くことができる。
そうして俺は鼻歌まじりに寮へと帰って行った。
■
寮に帰ってすぐ、ポーラさんにいいバイト先が無いか聞いてみた。
「バイトだぁ!?」
「はい。どこかいいところは無いでしょうか?」
「どうしてまた急に? 剣の修業はいいのかい?」
彼女は首を傾げながら、そう問いかけてきた。
「修業も大切なんですけど、そろそろ一度くらい故郷の母さんに顔を見せに行こうと思いまして。それで――」
「――なるほど、土産を買おうとしたけど、お金が無かったってわけだね?」
俺が全てを言い切る前に、ポーラさんがその先を続けた。
「あはは……お恥ずかしながら、その通りです」
「よしよし……話はわかったよ。それなら一個とっておきの奴があるよ!」
彼女は腕組みをしながら、何故か嬉しそうにニヤリと笑った。
「本当ですか! ぜひ紹介してください!」
「おぅとも! ――こいつに出れば、一攫千金さ!」
そう言ってポーラさんは掲示板に貼ってあった一枚のポスターを剥ぎ取り、食卓にバシンと叩き付けた。
少しシワの入ったそれを手に取り、内容に目を落とす。
「
剣武祭――隣町のオービスで月一回開かれる剣士たちのお祭りだ。お祭りといっても出店で賑わうような楽し気なものではない。剣士たちが一対一でぶつかり合い、己の剣術を競う武の祭典だ。確か上位入賞者三名には、少なくない額の賞金が進呈される。
「そうさ! やっぱり男たるもの腕っぷしでのし上がってかないとねっ!」
そう言って彼女は、俺より三倍は太い上腕三頭筋をパンパンと叩いて見せた。
「剣武祭……か」
昔の――十数億年前の俺ならば、間違っても出場しようなんて思わなかった。
でもあの地獄を乗り越えた今の俺なら、上位入賞は難しくとも健闘することはできるかもしれない。
――しかし、剣武祭に出るにあたって大きな問題が一つある。
「確かにいい案かもしれませんが……その、参加費用が……」
剣武祭に出場するには参加費用として千ゴルドが必要だ。
残念ながら、今そんなお金は無い。
俺が申し訳なさそうに、ポスターをポーラさんに返すと、
「馬鹿だね、あんた! うちの寮生が男を見せようってのに、金を出し渋っちゃ寮母やってらんないよっ!」
そう言って彼女は棚から千ゴルド紙幣をつまみ出すと、それを俺の手にねじ込んだ。
「ほら、持ってきな!」
「い、いいんですかっ!?」
「あぁ! その代わり、出るからにはガツンとかましてくるんだよっ!」
「あ、ありがとうございます……っ! 必ず勝って賞金を手に入れてきます!」
こうして思いがけず剣武祭に出場できることになった俺は、週末に控える剣武祭に備えて今日もひたすらに剣を振り続けた。
■
その数日後。
俺は剣武祭に出場するため、隣町のオービスに来ていた。
「えーっと……そろそろ着くはずだと思うんだけどな……」
ポーラさんに描いてもらった簡単な地図を片手に、会場へと進んでいく。
「この店がここだから……よし、次の角を右だな」
そうして一つ先の角を曲がった俺は、思わず息を呑んだ。
「……っ」
そこには大勢の屈強な剣士たちが詰めかけていた。
腰に剣を差して大男たちが目をギラつかせているその光景は、得も言えぬ迫力がある。
(ま、マジか……っ)
膨張した筋肉。
使い込まれた剣。
間違いない。
ここにいる全員、俺よりも格上の剣士だ。
(少し、いや……かなり見通しが甘かった……っ)
まさか剣武祭のレベルがここまで高いとは夢にも思っていなかった。
その異様な光景に一瞬飲まれかけたけど、すぐに今すべきことを思い出した。
「そ、そうだ、まずは出場登録を済ませないと……っ」
その場でキョロキョロと周囲を見回し、受付らしき場所を探していると、
「……っと」
突然、背後から誰かがぶつかってきた。
振り返るとそこには身長二メートルにもなる角刈りの大男が、不機嫌そうな顔つきでこちらを見下ろしていた。背中に大剣を背負っているところから見て、剣武祭に出場する剣士だろう。
「あ゛ぁん? こんなところで突っ立ってんじゃんねぇよ、クソガキが!」
彼は敵意を剥き出しにして、怒鳴り付けた。
続けざまに、取り巻きである三人の女性がこちらを見てクスクスと笑う。
「もぉー。こんなか弱い子をいじめちゃダメじゃない、バブル?」
「腰に剣を差しているってことは、この子も参加者なのかしら?」
「いやいや、それはないっしょ! こんなヒョロヒョロが出ても、試合にならないって!」
そう言ってこの失礼な集団は、ケラケラと楽しげに笑った。
これにはさすがの俺もムッとした。
ぶつかってきたのは、このバブルとかいう大男の方からだ。
それに俺が立っているのは道の端だし、何より彼は女性と話すのに集中して前を見ていなかった。
非がバブル側にあるのは、誰の目にも明らかだ。
そんな考えが表情に出てしまっていたのか、
「おい。なんだ、その反抗的な目は? この俺様とやろうってのか?」
彼は額に青筋を立てながら、指をバキボキと鳴らした。
そこで俺はいろいろなことを考えた結果、
「……すみません」
特に反抗することなく、素直に謝っておくことにした。
こんなところで問題を起こしたら、剣武祭に出場できなくなるかもしれない。
わざわざ参加費用を出し、今も寮で応援してくれているポーラさんをがっかりさせたくはなかった。
「はっ、言い返すこともできねぇのか。この負け犬が!」
そう捨て台詞を残して、バブルたちは雑踏の中に消えていった。
あいつらの姿が完全に見えなくなってから俺は、大きくため息をついた。
「はぁ……」
災難だった。
あんな
(……切り替えよう)
世の中は広い。
ポーラさんのように優しい人もいれば、さっきのバブルのようなおかしな奴もいる。
あんな変な輩に構って時間を無駄にする必要はない。
「えーっと、受付は……あそこだな」
剣武祭の会場の真ん前に長い列ができていた。
その先頭に『剣武祭受付』と書かれた立て看板があった。
あそこが受付で間違いないだろう。
俺はひとまずその列の一番後ろに並び、そのまま自分の番が来るのを待った。
それから十分後。
「お次の方、どうぞ」
「はい」
ようやく俺の番が来た。
受付では金髪の美しい女性がテキパキと登録作業を行っている。
「おはようございます。本日は剣武祭への参加を希望されているということでよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました。それでは参加費用千ゴルドをお願いいたします」
心の中でポーラさんにお礼を言いながら、ガマ口の財布から千ゴルド紙幣を取り出し、受付嬢に手渡した。
「ありがとうございます。それではお名前と所属する流派を教えていただけますでしょうか」
「アレン=ロードルです。りゅ、流派は、その……っ」
まさか所属流派を聞かれるなんて思ってもいなかった俺は、口ごもってしまう。
「アレン=ロードル様でございますね。えっとその……何という流派の出身でしょうか?」
二度聞かれてしまった。
どうやら
「そ、その……どこにも所属していなくて……。我流……になります」
尻すぼみになりながら「我流」であることを答えると、
「ぷっ……が、我流ですね……っ。か、かしこまりました……っ」
受付嬢は必死に笑いを堪えながら、震える手で事務作業を進めた。
剣士はほぼ全員がどこかしらの流派に属する。
流派に所属しない剣士は、よほどの酔狂者か、流派に入る実力の無い者に限られる。
そんな落ちこぼれが実力者ひしめくこの剣武祭に出場しようとしているのだから、笑われるのも当然のことだ。
その後、無事に出場登録を終えた俺は列からずれて小さくため息をついた。
(はぁ……。さすがにちょっと恥ずかしかったな……)
いや、もう過ぎたことだ。
これ以上は考えないようにして、剣武祭に集中しよう。
確か祭りの開始までは後三十分ほど時間があったはずだ。
「よし、それまでは素振りでもしておくか」
それから俺は適当な空き地を見つけて、一人黙々と剣を振り続けた。
■
剣武祭開始の五分前。
俺は開会式に出席するため、会場に戻っていた。
剣武祭の会場は、吹きさらしの平地に大きな石の舞台。
その舞台をグルリと囲うように観客席、という非常にシンプルなものだ。
現在は剣武祭の責任者が舞台上で剣武祭のルールを説明し、参加する大勢の剣士たちが舞台の周りで静かに聞いているという状況だ。
対戦形式は一対一の決闘。
石の舞台から落下すれば敗北。
組み合わせは試合開始直前のくじ引きによって決定される。
ルールはたったこれだけの簡素なものだった。
そうして説明事項を全て伝え終わったところで、いよいよ剣武祭が始まった。
「それではこれより第一試合の組み合わせを決定します!」
剣武祭の実況を務める女性が、大量のくじが入った箱から二枚を引く。
「第一試合は――バブル=ドミンゴ選手対アレン=ロードル選手に決定しましたっ! 両選手は速やかに舞台上までおいでくださいませっ!」
「……一番かよ」
理想を言えば、何戦か他の剣士の戦いぶりを見てからが良かった。
けれど、もう決まってしまったものは仕方がない。
俺は対戦相手のバブル=ドミンゴと共に舞台にあがる。
すると、
「おいおい、誰かと思えばさっきの負け犬じゃねぇか! こらぁ、驚いた! まさか本当に剣武祭に出てたとはなぁ!」
舞台上で、嘲るような笑みを浮かべたバブルが俺を挑発してきた。
(『バブル』という名前から、もしかしてと思ったけど……。まさか本当にさっきぶつかってきたあの大男だったとは……)
奴の安い挑発を聞き流していると、実況者が手元の紙を読み上げ始めた。
「えー、こちらの事前情報によりますと、バブル選手の流派はあの金剛流! 大剣を武器に強力な一撃で相手を粉砕する――伝統のある渋い流派ですね! 一方のアレン選手は……ぷぷっ。な、なんと……っ、アレン選手は我流だそうですっ!」
その瞬間、会場がドッと沸き上がった。
それはもういっそわかりやすいほどの――俺への嘲りだった。
「ぎゃははははっ! バブル、お前くじ運がいいじゃねぇかっ! 軽く一勝いただきだな!」
「おい、坊主! 踏みつぶされねぇように注意しろよっ!」
「ぷぷぷ……っ。御自慢の『我流』の剣を見せてくれよーっ!」
隣にいるバブルもその例に漏れない。
「おいおいおい、勘弁してくれよ! 我流の――それもこんな小っちぇお子様が相手なんて、これじゃまるでイジメみたいじゃねぇかよぉ……っ! ぎゃははははっ!」
バブルは大袈裟な身振りで、腹を抱えて大笑いを始めた。
悔しい。
悔しい……が、彼らは間違ったことは言っていない。
俺は確かに強くなった。
しかし、それはグラン剣術学院という小さな箱の中での話だ。
実際こうやって一歩外の世界に踏み出してみれば、このように格上の剣士がそれこそ山のようにいる。
(俺はまだまだ、だな……)
世界は広い――これを知れただけでも、剣武祭に出た価値はあった。
とにかく今は、胸を借りるつもりで全力でぶつかっていこう。
「――お願いします」
俺はそう言ってペコリと頭を下げ、試合開始の合図を待った。
『たとえ相手がどれだけ失礼な奴でも、人として最低限の礼儀は払わないといけない。そうじゃないと相手と同じになってしまう』――母さんが教えてくれたことだ。
それから俺とバブルは、試合の開始位置についた。
「両者準備はよろしいですね? それでは第一試合――開始っ!」
実況者が試合の開始を告げると同時に、俺とバブルは剣を引き抜いた。
俺はへその前に剣を置く――正眼の構えをとる。
一方のバブルは、大剣を大上段に構えた。
(あの地獄の十数億年を経て、俺の剣がどれほど成長したのか……。この剣武祭で見極めてやるっ!)
そのためには受け身でいては駄目だ。
積極的に攻めて、自分の剣術を前へ前へと押し出さなくてはならない。
だから今回は、先手を打つことにした。
俺は正眼の構えから素早く剣を縦に振った。
「一の太刀――飛影ッ!」
俺が十数億年の修業で身に付けた飛ぶ斬撃だ。
威力こそ控えめだが、出が早く、間合いを保ったまま撃てるため、相手の出方を窺うための――牽制の一撃としてはもってこいだ。
(さぁ……どう出る……っ!?)
迫る斬撃を前に、バブルは一切動く素振りを見せなかった。
(なるほど……。ギリギリまで引き寄せて、最小の動きで回避しようというわけか)
失礼な奴だが……こと戦闘においてはやはり俺よりも優れているな。
そう思った次の瞬間。
「――ぱがらっ!?」
鼻っ柱に飛影の直撃を受けたバブルは、軽く場外にまで吹き飛んでいった。
「……え?」
予想だにしなかった事態に俺が硬直していると、
「しょ、勝者! アレン=ロードルッ!」
実況者が試合結果を大きくアナウンスした。
この結果を受けた観客や、大勢の剣士たちの間に大きなざわめきが起こった。
「な、なにが起きたんだ……?」
「何か一瞬、めちゃくちゃ速い黒い何かが飛んでいかなかったか!?」
「はぁ!? そんなの全く見えなかったぞ!?」
あまりのあっけなさに俺は、一時呆然としてしまう。
「う、嘘……だろ?」
もしかしたら俺は……自分が思っているよりもずっと強くなっているのかもしれない。
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