キミを幸せにするデータ(中編)

「神宮司くんが放課後にカフェに付き合ってくれる確率……97%!」


「……いや、公野さん? なんのことだ?」


「ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノを私が頼むから、神宮司くんは抹茶フラペチーノベンティエスプレッソショットチョコレートシロップエキストラホイップモカソースがけを頼んでね! シェアしよシェア」


「なんの呪文だ!?」


 病院での一件以来、私と神宮司くんは放課後カフェに繰り出すくらい仲良くなった。

 ……まぁ? 私が一方的にアプローチしているだけなんですが?

 でも、毎日放課後が楽しみで仕方がない。

 もちろん桃色的感情もあるけれど、単純に神宮司君と遊ぶのが面白いのだ。

 どうして高3の秋まで絡まなかったのか。今さらながら後悔が募る。


「キミのデータは論理的ではないな。根拠がまるで感じられない」


「そう言いながらちゃっかり放課後デートに付き合ってくれる神宮司くんだった」


「か、勘違いするでないぞ!? 知見を深める為にそのクソ長い名称の商品を飲んでみたくなっただけなのだからな!」


 かわいいか、キミは。

 男のツンデレってこんなに萌えるの? えらくキュンキュンしたのだけど。


「おっと。公野さん、こちら側を歩くが良い。道路側の方が危険な確率91%だからな」


 もう……好き!

 神宮司君の全てが好き!

 嫌いな所が一切ない!

 なんなのこの人!? なんでこんなイケメンが女子に人気ないの!? 

 もし人気あったら私が嫉妬で狂う確率100%だからいいのだけど。


「それにしても、わざわざこんな降りそうな日に行かなくても良かったのではないか? これから雨に変わる確率88%だぞ」


「雨が降ってきたら同じ傘に入れてね。降水確率を知っているということは折り畳み傘持っているんでしょ?」


「当然だ。データに基づいた最善の行動を取るのが俺、神宮司伸三郎の特色だからな!」


「わーい相合傘楽しみにしているね」


「あ、相合——っ!?」


 おぉ? ちょっと顔赤くなった?

 やった。神宮司くんが意識してくれている。

 ふっふっふ。あかりちゃんの熱烈アプローチは効いてきているみたいだね。







「こんなに上手い飲み物なんて俺のデータにないぞ!」


    パリ―ン!


 どうやら神宮司君のデータにないほど抹茶フラペチーノベンティエスプレッソショットチョコレートシロップエキストラホイップモカソースがけは美味しかったらしい。


「私のヤツあげるからそっちも頂戴」


「間接キスの可能性100パーセントぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


    パリ―ン、パリ―ン!


 最近分かったのだけど、神宮司君の眼鏡が割れる時って『データにないことが起こったから』ではなく『神宮司君の予想を上回る出来事が起きた』場合に起こるらしい。

 見ている分にはとても愉快なんだけど、日々の眼鏡代は大丈夫なのだろうか? 


「……む? 雨脚が強くなってきたな」


「あらら。本当だ。暗くなってきたし、今日はこのくらいで切り上げようか」


「そうだな」


「『今日は』ってことは、次がある確率100%だね」


「…………」


    パリーン。


 顔を真っ赤にさせながら無言でメガネが割れている。

 もしかして照れているときもメガネ割れるのかな? 

 そうだったら嬉しいな。

 メガネの修理代が増す神宮司君には気の毒だけど。


「い、いくぞ! 送っていってやる!」


「あかりちゃんが嬉しい確率100%」


「最近のキミは本当に俺に影響されているな。ま、まぁ、喜んでもらえて幸いではあるが」


「手を繋いでもらえると200%に跳ね上がるんだけど?」


「確率が100%を超えることは化学的に有りえないからな!? 全く、キミのデータには根拠というのが本当に——」


 ぶつくさ言いながら、大きな手で包み込むように私の手を握ってくれている。

 ……うん。

 あかりちゃんが嬉しい確率300%にまで跳ね上がりました。







 ぽつぽつと雨が降っている。

 秋とはいえ暑い日が続くので、このひんやりとした雨の空気はちょっぴり気持ち良い。


「公野さん、もっとこっちへ入れ。濡れるぞ」


「う、うん」


 それにしても近い。

 相合傘なのだから当たり前だけなのど物理的に距離が近い。

 しかもこの人、身を屈めて私の高さに合わせてくれている。

 さりげない行動がイケメンなんだよなぁ。


「ふぅむ。川が増水しているな」


「ね。雨の日に川見るのってなんかテンションあがるよね!?」


「……共感度87%」


「わかってるねぇ神宮司くん。私達さりげなく気が合うよね」


「……ま、否定はしないさ」


 なんか、ちょっといい感じ?

 もうちょっとムードが高まったら、告白とかしちゃったりなんか——


「むっ!!」


「ど、どうしたの!?」


 急に神宮司くんが私に傘を預けて急に走り出した。


「……にゃあぁ!」


「ね、猫が流されてる!?」


 大変!

 土手際で猫が川に落ちてしまっており、流されながらもがくように苦しんでいる。


「助けなきゃ!!」


「ま、待て! 川に入る気か!? 無理だ! 危険すぎる! この天気で気温だって低いのだ! この時期に河川に飛び込むのは自殺行為すぎる」


「私達より猫ちゃんの方が寒いわよ!」


「駄目だ! ……もう、あの子猫が助かる確率は——23%だ」


 神宮司くんがいうならばその数値は事実に近いのだろう。

 だけど、私はその言葉を聞いて安堵した。

 口元で笑みを作って見せて、私は強がるように神宮司くんに言葉を返す。


「ありがとう神宮司君。23%助かる確率あるんだ。だったら私は……キミのデータを信じるよ!」


「待て!!」


 制止する神宮司くんを振り切って、私は土手際をダッシュする。

 猫ちゃんが岸からドンドン離れるように流されてしまう。

 手を伸ばすだけじゃ届かないか。

 なら、やっぱりこうするしかないよね


    ザパンッ!!


 上着と靴を脱ぎ棄て、私は川に飛び込み、子猫に手を伸ばす。

 当たり前だけど足が付かない。

 しかも……想定より水が冷たい。

 服が水を吸い込んで気を抜くと沈んでしまいそうだ。


 でも——それだけだ。

 寒さを我慢し、必死のバタ足で川の流れに抵抗すればいい。

 必死に手を伸ばした手はねこちゃんの首根っこを……掴んだ!


 よし!

 後は……陸地に戻る……あ、あれ?

 必死にバタ足しても全然前へ進むことができない。

 どうして!?


「——川は……陸地側よりも……中心部の方が流れが速いのだ!」


 神宮司くん!

 神宮司くんが川の中にまで私を追いかけてくれていた。

 自分で危険だって言ったのに……


「俺に捕まっていろ! それと絶対に子猫のことも離すなよ!」


「……うん!」


 私は子猫を片手でしっかりと抱え込み、反対の手で神宮司くんの首回りに腕を絡めた。

 彼も若干苦しそうにしているが、それでも懸命に陸へ向かって泳ぎ続けている。


「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 すごい!

 ものすごい速さのバタ足で私と子猫ちゃんを抱えたままの状態でグングンと前へ進んでいく。

 でも、みるみる顔色が悪くなっている。

 苦しいんだ……当然だ。

 私も彼の負担を減らす為一緒になってバタ足を行う。


「神宮司くん、頑張って! 私達が助かる確率は——」


「分かっているさ。俺たちが助かる確率は——」


 これが単なる強がりだということは分かっている。

 だけど、こういう苦しい境遇での精一杯の強がりは確かな勇気を齎してくれる。

 だから私たちは声を揃えて大きな叫びを轟かせることにした。


「「100パーセントだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」

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