キミを幸せにするデータ(前編)
ウチのクラスにはデータマンが居る。
今も球技大会のソフトボールにて、彼は持ち味のデータを活かした知略を繰り広げようとしていた。
「ふっ、俺のデータによれば、次の投球は内角高めのストレートの確率100%! ——見えた!」
「……ストラーイク。バッターアウト」
「ここで外角低めのシンカーだってぇぇぇっ! そんなの俺のデータにないぞっ!!」
パリ―ンっ!
「うわわわっ! 神宮寺の眼鏡がまた割れたぁぁっ!」
「データにないことが起こるとメガネが割れる仕組みなんなの!?」
とまぁ、データを基に行動する人でして。
だけど、そのデータの信用度は半々といった所みたいだった。
「——やっほ。あかり。男子の方はソフトボール勝てそう?」
友人の真衣が隣にやってくる。
「勝てそうな感じだよ。その、神宮司くん以外は全員ヒット打っているから」
「あー、神宮司くんね。運動神経良くて長身で美形なんだけど、なぜか三枚目だよね。残念なイケメンって感じ。いいヤツではあるんだけど」
「……でも、とっても頑張っているから」
神宮寺くんの評価はクラス内では微妙だった。
人気者ではあるのだけど、付き合いたいほどではない。
友達としてはアリだけど、それ以上の関係は無理。
女子の共通認識としてはそんな感じ。
だから、そんな彼の評価を聞くたびにいつも思ってしまう。
——神宮司君の素敵な所を知っているのは私だけなんだなぁ。
時は少し前に遡る。
私が神宮司くんに興味をもったきっかけはほんの些細な出来事からだった。
「なー、神宮司~。頼むよ~。課題のプリント写させてくれ! なっ?」
「お前のデータが俺らを救ってくれるんさ。よっ、知将! 下々の俺らに愛の手を!」
クラスメイト数人が神宮司くんを囲って課題を映してもらおうと頼み込んでいた。
「駄目だ駄目だ。課題プリントは自分の力でやれ。それに俺のデータは俺だけのものだ。他人に譲渡するつもりはない」
神宮寺くんはきっぱりと断っていた。
「ちぇ~」
「せっかくお前のデータを役立ててやろうと思ったのに」
「まっ、こいつのデータなんて元々充てにならんしな。自分で解いた方がマシか」
若干恨めしい視線を向けながら去っていく男子達。
何を勝手なことを言っているんだこの男子達は。
さすがにカチンときた私は文句を言いにいこうと立ち上がったのだけど……
「……自分の力で解いた方が身になる確率——100%」
ぽつりと呟かれた独り言に自然と足が止まる。
そっか。神宮司君は彼らの為に頑なにプリントを見せなかったんだ。
優しい……人なんだな。
それに思いやりもある。
その日から私は事あるごとに神宮司くんの様子を目で追うようになっていた。
補足だけど、さっき神宮司君に絡んでいた男子達への制裁はドロップキック一発ずつで勘弁してやった。私ってば超優しい。
「では、この問題を——神宮司、答えてみろ」
「ふっ。その解が『ES細胞』である確率——45%!」
「割と自信ないのな。ちゃんと正解だから安心しろ。神宮司に拍手」
「……ふっ、ふふっ。俺のデータは今日も冴えているな」
声、震えているよ? 神宮司君。
「神宮司~、学食で何食う~?」
「ふっ。今日のB定食にプディングが付く可能性——89%!」
「おぉ。さすがデータマン! じゃあB定食一択だな」
「ああ」
………………
…………
……
「B定食が完売だなんて俺のデータにないぞ!」
パリ―ン!!
「いや、よくあることだから! それくらい想定しとけ!? ほら。C定食にはプチシュークリームが付くんだと。そっちにしようぜ。なっ?」
「C定食にプチシューが付くだなんて、俺のデータにないいいいいぃっ!!」
パリ―ン、パリ―ン!
貴方の眼鏡のレンズは何重仕込みなの!?
「ねぇねぇ。最近さ、萌黄くんと赤井さん、なんかいい感じじゃない?」
「だよねだよね! 超推しカプ。赤井さん、高飛車なイメージあったけど最近ひたすらに可愛いよね」
「——萌黄と赤井がカップルになる確率……99%!」
「きゃー! やっぱり神宮司君もそう思う~?」
「ああ。恋愛に関するデータは充分に取れている。あの二人がくっつくのは時間の問題だろうな」
「そういう神宮司君は誰か良い人いないのかな~?」
「——俺が高校在学中に誰かと付き合う確率……1%」
「「「「…………」」」」
「ええい! 憐みの目で見るな! 別にいいのだ俺のことは! データマンに恋愛感情なんて必要ないのだ!」
「そ、その、頑張れ」
「神宮司君のこと応援しているよ」
「な、なんだったら誰かいい子紹介してあげるからさ、その、元気出せ」
「優しさが時に人を傷つける確率……100パーセントォォォォォォッ!」
涙を散らしながら走り去っていく神宮司君。
神宮司くん、彼女欲しいのかな?
なるほどなるほど……
ふーん……
「うー、超風邪引いたぁ、頭が頭痛で痛い」
酔っぱらいの千鳥足みたいにフラフラになりながらようやく病院にたどり着く。
受付を済ませ、待合室へ向かう。
くらっ……
あ、やば。
めまいにより意識が霞み、一瞬視界が暗転した。
そのまま前のめりに倒れ——
がしっ!
倒れる直前に誰かに抱えられる。
「あ……すみませ——」
「——だ、大丈夫か!?
この聞き覚えのある声……
「んと……もしかして神宮司くん?」
「ああ! 奇遇だな公野さん。風邪か? 辛そうだな。とにかく喋らない方がいい。その掠れ声からノドが炎症している可能性79%だ。無理するな」
相変わらず思いやりあるなぁ。優しさの権化かな?
私は神宮司君に肩を支えられながらゆっくりと待合室の長いすに腰を掛ける。
ぐぃ……
「んん?」
神宮司くんが私の肩を自分の方に寄せてきた。
抵抗することなく、私は彼の腕に凭れかかるような姿勢になってしまう。
「じ、じじじ神宮司くん? な、なに?」
「座っているのもつらいだろ? 本当は横になった方がいいのだが、他にも座る人が居るかもしれんからな。俺の腕にもたれかかった方が聊か楽になる確率84%!」
うぅ……恥ずかしさで熱があがりそうなんだけど……
でも神宮司くんの腕逞しいな。鍛えているのかな?
「そういえば神宮司くんはどうしてこんな所にいるの?」
「喋るなといったろうに……まぁ、いいか。俺のオヤジがこの病院で勤務していてな、俺は家族に忘れ物を届けてきただけだ。その途中でたまたまキミを見かけてな」
病院で勤務って、お父さんお医者さんなのかな? すごいな。
神宮司君もお医者さんを目指していたりするのかなぁ? 町の優しいお医者さんになりそう。白衣も似合うんだろうなぁ。
「そういえば初絡みだったね。えへへ。
「卒業間際によろしくというのも変な話だな。まぁ、よろしくな」
神宮司君の言う通り、高校3年生の秋にして初めて彼と絡むことができた。
ずっと気になっていた人だったから思いがけない幸運だった。
「待合中寝ててもいいぞ? 名前呼ばれたら起こしてやるから」
「い、いやいや、そこまでお世話になれないよ」
「む? そうか? 別に遠慮はいらないのだがな」
「…………」
この人は私が肩に凭れかかっていても何も思わないのかなぁ?
こんなにも意識されてないのわかるとちょっとへこむよ。
もぅ……
その後、彼は無言で肩を貸し続けてくれた。
さすがに眠ることまではせず、看護師さんに名前が呼ばれるのをじっと待つ。
やることがなく、何気なく周囲をぼーっと見渡す。
さすが大きな病院。来訪者がたくさんいるなぁ。
一人、また一人と病院のドアが開かれ、人が入ってくる。
そんな中、杖を突いているおばあさんが受付にゆっくり歩んでいた。
手足が震えている。歩くのも辛そうだ。
今にも転びそうで危なっかしい。
「……公野さん?」
突然立ち上がった神宮司君が怪訝そうな表情で私を見つめてくる。
「ちょっとあのおばあさんに手を貸してく——」
その直後だった。
おばあさんが持つ杖が光沢ある床を滑り、おばあさんの手から不意に離れていった。
杖に引っ張られるようにおばあさんの身体も前方に大きく傾いている。
いけない! 転んじゃう!!
「——うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
それは一瞬の出来事だった。
神宮司くんが長椅子を蹴り、床とおばあさんの膝元の間に滑り混むように自分の身体を飛ばしていた。
おばあさんは膝から倒れそうになっていたが、神宮司君の背中がクッションになって大怪我を免れた。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
膝で背中を踏まれた状態のまま、神宮司君は優しい笑みをおばあさんに向ける。
「ご、ごめんなさいね。貴方こそ大丈夫なのかい?」
「ふっ、俺がこれくらいで怪我を負う可能性0パーセント。こうみえても丈夫なので気にしないでください。それよりおばあさんが膝を痛めなくて本当に良かった」
おばあさんはひたすら感謝を述べていた。
神宮司君は心から安堵したような表情をおばあさんに向けている。
その優しい表情はとても煌めいて見えて……
彼の横顔を見る視線が熱っぽくなってしまう。
頬全体が真っ赤なのは恐らく風邪のせいではないのだとさすがの私も分かってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます