第21話 追放幼女、水車問題に対処する

 善は急げということで、あたしはすぐにハロルドの工房へとやってきた。


「お、姫様。どうしたんですか?」

「うん。実は――」


 あたしは事情を説明した。


「はぁ。分かりました。やったことはないですが、挑戦してみます」

「うん。お願いね。必要ならゴブリンのスケルトンも貸すから」

「ありがとうございます。じゃあ、さっそく見に行ってみます」

「うん。ありがとう」


 こうしてあたしはハロルドに水車のことを任せ、再び家に戻って書類仕事に取り掛かる。


 そしてその日の夕方、ハロルドがあたしの執務室を訪ねてきた。


「ハロルド、どうだった?」

「はい。主要な部分は無傷でしたので、台座と車輪の部品を交換すれば使えるようになるはずですよ」

「ホント? 良かったぁ」

「明日の朝から、さっそく修理に取り掛かります」

「うん! よろしくね!」

「はい。じゃ、ちょっと部品作りをしますんで、これで」


 そう言ってハロルドは執務室を出ていった。


「マリー、ハロルドが直せるって」

「最初から商会になんて頼まなければ良かったですね。私が余計なことを……」

「ううん。いいよ。それにあいつが悪徳商人だってこともよく分かったし、次からは別の商会を呼ぼうね」

「はい」


 こうしてあたしたちはホッと胸をなで下ろしたのだった。


◆◇◆


 その日の夜、ボルタは宿泊場所としてオリヴィアから提供された村の空き家の粗末なベッドに座り、煙草をくゆらせていた。するとそこに慌てた様子で部下の男が駆け寄ってくる。


「ボルタさん! 大変です!」

「あん? どうした? ジェームズ」

「なんかあのメスガキ、村の木工職人に水車を直させるつもりらしいんすよ」

「はぁ!?」

「農奴どもが噂してました。木工職人が直せるって言ってたって」

「ちっ」


 ボルタは不機嫌そうに舌打ちをした。


「このままじゃ借金漬けにして、爵位を奪う計画がぱぁっすよ? どうするんすか?」

「そうだな……」


 ボルタは腕組みをし、右手の人差し指をせわしなく動かしている。そして腕組みを解いて加えていたパイプを口元から離した。


 ふぅっ、と鼻から白い煙が吐き出される。


「おい。お前にも吸わせてやろう」

「えっ? いいんすか!?」

「ああ。薄汚い農奴どもの相手をして疲れただろう?」

「ありがとうございます!」

煙管キセルはそこの箱に入ってるぞ」

「はい!」


 ジェームズは嬉しそうに箱を開け、煙管を取り出した。


「葉はそこのケースだ」

「はい!」

「ああ、あと、着火器も貸してやろう」


 ボルタはそう言って、小さな赤い石を渡した。


「いいんですか!?」

「もちろんだ」


 ボルタの計らいにジェームズはいたく感激している様子だ。


「そうだ。水車小屋のあたりで吸ってみたらどうだ? 水路とはいえ、水の音も聞こえて気持ちいいはずだぞ」

「えっ?」

「だから、水車小屋のあたりで吸うのが気持ちいいって言ったんだよ」


 その言葉にジェームズの表情は凍り付いた。


「どうした?」

「ボルタさん、それって……?」

「なんだ? 煙草はいらないのか?」

「その……」


 ジェームスが口ごもると、ボルタは大きなため息をついた。


「そういえば、お前の娘って今何か月だ? 休憩もせずに父親が倒れて、父親のいない子供にでもなったらどうするんだ? お前、父親としての自覚はないのか?」


 ボルタはゾッとするような冷たい目でジェームズを見た。青ざめたジェームズは慌てて首を縦に振る。


「ひっ!? や、やります! ちゃんとやりますから!」


 するとボルタは再びニコニコと笑みを浮かべる。


「そうか? まあ、何をやるのかはよく分からないが、家族のためにも息抜きはちゃんとしろよ。ああ、そうそう、今日の月はかなり遅くに沈むぞ。分かっているよな?」


 ボルタは再び冷たい目でギロリとジェームズをにらむ。


「は、はい!」


 ジェームズは強張った表情でそう答えると、喫煙用具一式を手に外へと向かうのだった。


◆◇◆


 翌日、日の出と共に気持ちよく目覚めたあたしのところに血相を変えたウィルがやってきた。


「姫さん! 姫さん! 大変っす!」

「え? ウィル!? こんな朝早くからどうしたの?」

「すんません! でも大変っす! 火事っす!」

「え? 火事!?」

「へい! 水車小屋が燃えてるんすよ!」

「えっ!? 分かった! すぐに行く!」


 あたしは大急ぎで着替え、水車小屋へと向かった。


 水車小屋はパチパチと音を立てながら勢いよく燃えていて、すでに集まっていた自警団のみんなが川から水を汲んでは火に掛けている。


 だが、火の勢いに対してあまりにも掛けている水の量が少なすぎる。


「マリー……」

「はい! 私も!」


 マリーは水車に駆け寄った。


「えっ? 姐さん!?」

「私も魔法で協力します。水の精霊よ。我が求めに応じ、水流となれ!」


 するとキラキラとした光がマリーから放たれた。次の瞬間水路の水が浮き上がり、燃え盛る水車小屋に降り注ぐ。


 あれは水の精霊魔法だ。精霊魔法は契約した精霊に自分の魔力を与え、その対価として精霊が司る属性の魔法を発動する魔法だ。神聖魔法と違って行使するには精霊の助けを借りる必要があり、助けを借りられるのも契約した精霊に限られる。


 しかしそんな精霊魔法をもってしても、火は消えない。


「もう一回!」


 再びマリーが魔法で水車小屋に水を掛けた。大分火は小さくなったが、まだ消し止められてはいない。


 一方のマリーはというと、もうすでに肩で息をしている。


 もう、と思うかもしれないが、マリーの魔力は弱いのだから仕方がない。


 というのも、魔力の強さと適性属性は両親の魔力と適性属性が遺伝するのだ。そしてマリーの父親は貴族だが、母親は魔力を持たない平民だった。そのため、母親のほうに引っ張られてマリーの魔力はとても弱い。


 ちなみにマリーは父親との関係はあまり良くなく、追い出されるようにしてあたしの乳母になったらしい。

 

「みんな! マリーだけに任せないで! 少しでも水を掛けて!」

「は、はい!」


 自警団のみんなはあたしの声に、大慌てで消火活動を再開する。


 しかし動きがバラバラで、しかも途中でぶつかって水をこぼしたりする始末だ。


「みんな! バケツリレーをしないと! ほら! 並んで!」

「えっ!?」

「姫さん、なんすかそれ?」

「いい? バケツリレーっていうのは――」


 あたしはウィルたちにやり方を説明した。


「お! なるほど! さすが姫さん! お前ら! 姫さんの言うとおりにするぞ!」

「「「おう!」」」


 こうしてウィルたちは一列に並び、バケツリレーを始めるのだった。


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 次回、「第22話 追放幼女、現場検証をする」の公開は通常どおり、2024/06/29 (土) 18:00 を予定しております。


 燃えてしまった水車小屋の現場検証をするオリヴィア。果たして火事の原因はを特定できるのか?

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