第9話 追放幼女、急報を受ける

 一か月後、ようやく畑予定地の伐採が完了した。これからは魔物除けの壁を建設する予定なので、あたしに手伝えることは何もない。


 物資の運搬用として二体のワイルドボアのスケルトンにウィルたちの命令に従うように命じておいたので、きっと活躍してくれることだろう。


 それにしても、スケルトンってすごいよね。難しいことはできないけど、ちゃんとこっちの言ったことを理解して動いてくれるんだもん。


 たとえばさ。原木を村に運んで戻ってきてって命令さえしておくと、ちゃんと村に運んでからもどってくるんだもん。


 しかも疲れないし。


 生きている駄獣じゃ、こうはいかないよね。


 ただ、ちょっと残念なのは細かい作業とか複雑なことができないことかな。まほイケだと悪役令嬢オリヴィアが操るスケルトンは武器で攻撃したり罠を仕掛けたりしてたけど、あたしのスケルトンたちには無理。


 やっぱり、まほイケのは人の遺骨を使ったスケルトンだったからかな?


 だって、ワイルドボアのスケルトンは動きがワイルドボアそっくりだし、フォレストディアのスケルトンもそう。


 だから賢いスケルトンを作るには人の骨を使わないとダメだと思うんだけど……さすがにそれはちょっと、ねぇ?


 やりたくないし、村のみんなも嫌がると思う。


 あっと、そんなことを考えていても仕方ないね。今日は久しぶりに事務仕事をしようっと。


 というわけで、あたしは久しぶりに執務室にやってきた。


「マリー」

「お嬢様、もう開墾はよろしいのですか?」

「うん。伐採は終わった。あの広さがあれば、来年は自給自足できるはずだよ」

「それは何よりです。ですが何もお嬢様がなさらなくても……」

「あたしが一緒にやったほうが早いからね。それに屋敷にいたころは昼間の外出、できなかったでしょ? それに夜だってあの狭い庭だけだったし。だからこうやって昼間に外に出て、太陽の光を浴びながら体を動かせるのが嬉しいんだ」


 前世から含めると二十六年間、そのうち前世の十八年はずっと病院のベッドの上だった。それに転生してからだって、せっかく健康な体になれたのにほぼ軟禁状態だったからね。


「……かしこまりました。ですが、ほどほどになさってください。本来であれば、貴族のご令嬢が農奴や囚人たちと共に汗を流すなどあってはならないことですから」

「うん。分かってるって」


 というのも貴族には、働かないことこそが富貴の証である、という謎のプライドがあるらしいのだ。


 自分で畑を耕したりするのは貧民がやることで、貴族のやるべきことは領地を治めつつ優雅に遊んで暮らすことだ。そしてもし魔物や外敵が攻めてきたときはその魔力を使って最前線で戦う。


 そして女性の場合は、そこに手荒れをしていない柔らかい指先と日焼けしていない真っ白な肌というのが追加される。


 手荒れがないということは水仕事をしないでいいということで、日焼けをしていないということは外で働かないでいいということらしい。


 でも、この村じゃ働かないことこそが富貴の証だなんて言ってられないもん。


「それにほら、あたしは領主だからね。領民がちゃんと生活できるようにしてあげないとさ」

「だとしても、お嬢様は女性で、しかもまだたった八歳なのですよ? お嬢様が大人顔負けの知性をお持ちであることは承知しております。ですが、本来であればお嬢様はサウスベリー侯爵家のご令嬢として――」

「ストーップ! そんなこと言ってもしょうがないよ。あたしは黒目黒髪を持って生まれてきちゃったんだから」

「ですが! お嬢様がそのようにお生まれになったのはお嬢様のせいでは!」

「うん。でもね。あたしはここでの生活、それなりに満足してるんだ。甘いお菓子もいい香りのお茶もないけど、美味しい果物と新鮮なお肉が食べられるもの」

「……はい」

「でも、マリーなりにあたしのことを心配してくれてるんだよね。ありがとう」

「お嬢様……」

「それより、このひと月のことを教えて?」

「はい。まず村民たちの名簿が完成しました。ご指示どおり、家ごと家族ごとにまとめてあります」

「うん」

「また、ウィルが勝手に村長をやっていた時期の支出を調べましたが、一切記録が残っておりませんでした。財産については、どうやら蓄えをすべて放出していたようでして……」

「つまり無一文だったってこと?」

「はい」

「うーん、そっかぁ。てことは、もしかして村にあるお金ってあたしの手切れ金だけ?」

「はい。あと私が少々持っておりますが……」

「全然足りないね」

「はい」

「てことは、外から食べ物を買い付けられないってこと?」

「そうなります」

「うー、じゃあ畑の整備を急がせて、今からでも冬までに収穫できる成長が早い作物を植えたほうがいいかな?」

「かもしれません」

「となると、全部を一気にやるのは無理かなぁ。耕すのはスケルトンがやるからいいとして、あ、でも作付けとか雑草取りとかは……うん。これはちょっとボブに相談してみないと分かんないね」


 そんな話をしていると、畑の整備に向かったはずのウィルが飛び込んできた。


「姫さん! 大変っす!」

「あれ? どうしたの? 畑の整備に行ったんじゃなかったっけ?」

「それどころじゃねぇっす! ゴブリンっす! ゴブリンが出たんすよ!」

「えっ!? ゴブリン? 何匹?」

「一匹っす。こっちが複数なんで襲っては来やせんでしたが……」

「一匹だけ?」

「お嬢様、これはまずいかもしれません。以前侯爵家の騎士たちが話していたのを聞いたことがありますが、ゴブリンは一匹見たら三十匹はいると思え、と言われているのだそうです」


 え? 何それ? ゴブリンもGも一緒ってこと!?


「マリーの姐さん! そうなんすよ! ゴブリンは必ず群れで行動してるんす! だから一匹だけなんてことはほとんどないんすよ!」

「ウィル、それってもしかして、その一匹は偵察役ってこと?」

「そんな感じっす。群れの規模によるっすけど、近いうちに襲撃があるかもしれねぇっす」

「そっか。どうしようかな……」


 去年もやられているのに、今年もまたゴブリンにやられるわけにはいかないよね。


「ねえ、ウィル。この村の壁でゴブリン、防げる?」

「木の壁は時間稼ぎにしかならないっす。あいつら、普通に石斧とか棍棒とかで壊しやがりやすから」

「そっか。てことは、攻めてくるのを待ってたらまた村に被害が出るってことだよね?」

「はい。そうっすね……え? 姫さん、まさか!」

「うん。こっちから攻めればいいんじゃないかなって」


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 次回、「第10話 追放幼女、ゴブリンと戦う」の公開は通常どおり、2024/06/17 (月) 18:00 を予定しております。


 厄介とされるゴブリンを相手に、オリヴィアたちの運命は!?


 どうぞお楽しみに!

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