第2話 追放幼女、暴漢村長をわからせる

2024/08/17 誤字を修正しました

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 もしかして歩いたほうが速いんじゃないの? と、思うほどに遅く、そしてとんでもなく、とんッでもなく乗り心地の悪い馬車に揺られ続けるという地獄の二十日間をどうにか耐え、あたしたちはようやくスカーレットフォード男爵領の領都スカーレットフォードに到着した。


 領都といってもスカーレットフォードは森の中を流れる小川の近くに作られた小さな村で、その周囲はなんと大人の男性の背丈よりも高い木の壁で囲われている。


「マリー。すごい壁だね」

「そうですね。この森は魔の森なのだそうですから」

「え? ってことは、スカーレットフォードって魔の森の中にあるの?」


 魔の森というのは魔物の多く住む森のことで、この国の北から西にかけての広い範囲に広がっている。


 ちなみに魔物というのは、人や家畜を襲う生物のうちで魔法を使うものを指す。魔法といってもほとんどの魔物が使うのは身体強化だが、それでも魔法を使えない大多数の一般人にとっては脅威となる。


「はい、そのとおりです。ですので、スカーレットフォードは開拓地ということになります」

「開拓地?」

「魔物どもを追い出し、我々の領域とするための拠点のようなものです」

「あれ? ってことは、あのおじさんはこの村を諦めたってこと?」

「形式上はそうなりますが……」

「あ、そっか。ここに送ればあたしはさっさと死ぬって思ってるんだね。そうすればあたしの受け取った爵位はあのおじさんに戻るし」

「お嬢様……」


 マリーがものすごく悲しそうな表情を浮かべている。


「大丈夫だよ、マリー。大体、気にしても仕方ないでしょ? 黒目黒髪は嫌われてるんだし。それにさ。そもそも、あんな初めて会ったおじさんにいきなり父親面されてもね」


 そんな会話をしていると、外から御者の声が聞こえてくる。


「着きましたよ。降りてください」

「そう。ありがとう」


 あたしたちは馬車から降りた。どうやらここは村人たちが集まる広場のような場所のようで、粗末な格好をした村人たちが集まっている。


 きっと、突然現れたサウスベリー侯爵の紋章を掲げる馬車を見物するために集まった野次馬たちだろう。


 あれ? なんで若い男の人がいないの?


 男の人は中年以上ばかりだし、男女比も女性のほうが多い気がする。


 うーん? 若い男の人は畑仕事に行っているってことかな?


「では、旦那様からのご命令はここまでですので。スカーレットフォード男爵閣下、私はこれにて失礼します」


 御者の男は事務的にそう言うと、そのままUターンをしてもと来た道を帰っていった。


 あたしたちは野次馬たちの中に取り残される。


「スカーレットフォード男爵?」

「でも、二人とも女だぞ?」

「子供?」

「黒目黒髪……?」

「でも、なんかお貴族様っぽいような……」

「お前たち! 何をしているのですか! こちらのお方はサウスベリー侯爵令嬢にしてスカーレットフォード男爵となられたオリヴィア様です!」

「「「えっ!?」」」


 すると野次馬たちは思わずお互いに顔を見合わせるが、やがておずおずとあたしたちにひざまずいた。


「ごきげんよう。スカーレットフォード男爵となったオリヴィア・エインズレイよ。領民の皆様、よしなに」


 あたしはマリーに習ったとおりに礼儀正しく、それでいて貴族らしく自信に満ちた感じで彼らに自己紹介をした。


「ところで、村長はどこかしら?」


 すると野次馬たちはギョッとしたような表情となり、気まずそうに顔を見合わせた。やがて一人の男が今いる広場に面した一軒の少し大きな家を指さし、おずおずと口を開く。


「その、村長はあの家に住んでるんですが……」


 なんだか歯切れが悪いね。


「が?」

「その、村長は……」

「村長は?」

「おうおう! なんだこの騒ぎは!」


 突然身長が二メートルはあろうかという人相の悪い大男が、同じくらい人相の悪い男たちをぞろぞろと引き連れてやってきた。


「村長!」

「ああん? お前ら何でこんなガキに跪いてやがるんだ!」

「そ、それが……こちらのお嬢様がスカーレットフォード男爵だと……」

「はぁん? こんなガキが!?」


 大男はあたしのことをジロジロと舐めるように見てくる。


「……ふうん? まあいい。なら、こいつをヤれば俺がスカーレットフォード男爵ってことだな」


 なんか変なことを言い始めた。そんなことをしたら貴族殺しの罪で処刑されるだけだと思うけれど……。


「おう! そこのガキ! 俺と爵位を賭けて決闘だ!」

「……名乗りもせずに不躾な男ね。でもわたくしが爵位を賭けるなら、お前は何を賭けるのかしら?」

「ふん! 俺が負けたらお前の犬にでもなんでもなってやる!」

「はぁ。まあ、いいわ。お前が村長ってことなら、お前を従えるのが一番早そうだものね」

「お嬢様! このような無法な決闘!」

「いいんだよ、マリー。こういう奴は口で言ったってどうせ従わないでしょ? それなら早めに締めておかないと」

「ならばせめて私が代理人を!」

「いいから!」


 なおも食い下がるマリーを振り切り、あたしは村長を名乗る大男の前に立つ。


「おやぁ? 代理人はいいのか?」

「お前ごときに代理人が必要なわけないでしょう?」

「はっ! 知らねぇぞ? そんなちっこい体、一撃で潰れるぜ?」

「あら? その小さな女の子が怖いのかしら? そんな大きな図体しているのに、情けないわね」

「なっ! このクソガキ! 容赦しねぇぞ!」


 大男は顔を真っ赤にし、一直線にあたしのほうへと向かってくる。


 あーあ。こんな安い挑発に乗っちゃって。魔法使いにそんなことしたらダメって知らないのかな?


 特にあたしのような闇の神聖魔法使いが相手なら尚更だ。


 何しろ、闇の神聖魔法は魂に干渉できるからね。


 つまり、こういうこと!


 あたしは大男の魂を縛ってやった。


「がっ!? か、体が……」


 大男は突然、走っている姿勢のままうつ伏せに倒れた。


 これが魂を縛られるということだ。魂が縛られれば肉体も同じように動かせなくなる。自力でこれを破るにはあたしよりも強い魔力で魂を解放する必要があるが、魔力のないこの男には不可能だ。


「ボス!」

「お頭!」


 村長の取り巻き連中がとても村長に向けたとは思えない言葉を放った。


「魔法使いを相手に正面から突っ込むなんて、馬鹿じゃないの?」


 あたしは大男が腰にいている剣を抜き取った。


 お、重い……けど!


 あたしは剣を大男の首筋に差し当てた。そして余裕たっぷりな表情で微笑む。


「どう? 負けを認める?」

「そ、そんな……」

「ふーん、認めないんだ。じゃあ――」

「ま、負けました! 負けましたから!」

「うん。じゃあ、約束は守ってもらうよ。お前はあたしに絶対服従する。さあ、神に誓いなさい」


 あたしは魔法陣を展開し、誓約を迫った。黒く禍々しい魔法陣に、大男の表情には恐怖の色がありありと浮かんでいる。


「ひっ? な、ななな……」

「これは神聖魔法よ」

「しんせい……魔法?」

「そう。精霊ではなく、神の権能に通じる魔法よ。だから一度誓ったことを破ることはできないわ。もし誓うのが嫌なら、王国法に基づいて相応の罰を受けてもらうだけね」


 まあ、それって処刑なんだけどね。


「わ、わかりました! 俺は! あんたに絶対服従する」

「名前は?」

「ウィル! ウィルです!」

「いいわ。ウィル、お前は今後、あたしに逆らうことはできない」


 魔法陣がウィルに吸い込まれ、そして消えていく。


「それじゃあウィル、まずは村長の家に案内しなさい」

「何をぐああああ!」


 あたしの命令に逆らおうとしたのだろう。ウィルはものすごい大声で絶叫した。額からは脂汗がダラダラと垂れている。


「ウィル、もう一度命令するわ。案内しなさい」

「へ、へい……」


 ふう。これで良しっと。いきなり村長を処刑なんてしたら大変だもんね。


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 次回「第3話 追放幼女、暴漢村長の正体を知る」の公開は 2024/06/10 (月) 18:00 を予定しております。お楽しみに!

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