追放幼女の領地開拓記~シナリオ開始前に追放された悪役令嬢が民のためにやりたい放題した結果がこちらです~

一色孝太郎

第1話 悪役令嬢、八歳にして追放される

 あたしの名前はオリヴィア・エインズレイ。サウスベリー侯爵位をはじめ、数多くの爵位を持つ超名門貴族エインズレイ家の長女だ。


 夜の庭で気持ちよく月明かりを浴びながら、日課の闇の神聖魔法・・・・の練習をしていたのだが……。


「一体なんてことだ! もう我慢ならん! オリヴィア! お前は追放だ!」


 見たこともないザビエルハゲのでっぷり太ったおじさんがいきなりそう怒鳴り込んできた。


「……誰?」


 着ている服もかなり上等そうだからお金持ちなんだとは思うけど、このおじさんは一体……?


「父親に向かってなんだ! その態度は!」


 えっ!? このおじさん、あたしの父親だったの!?


 というのも、あたしは生まれてこの方ずっとこの離れで軟禁されていたため、今世・・で家族に会ったことが一度もないのだ。


 軟禁された理由は馬鹿馬鹿しいのだが、あたしがこの国で呪われているとされる黒目黒髪を持って生まれたからだ。


 ちなみにあたしを産んだ母親は産褥死をしたそうなので、どういう人だったのかは知らない。


 ただ、そんな事情もあってあたしはこの離れに隔離され、乳母のマリーに育ててもらっている。


 だから親はいないが、マリーが母親のような存在なので寂しくはない。


 それに、前世の両親との思い出もあるしね。


 あ、ちなみに前世のあたしは先天性の重い病気を持っていて、十歳まで生きられないって言われていたんだ。


 だからずっと病室暮らしで、それでも通信制の高校を卒業できるかもってところまでは頑張ったんだけどね。


 ……結局十八歳にはなれずに死んじゃった。


 で、それを憐れんでくれた神様が、あたしが死ぬ間際にプレイしていたスマホ向け乙女ゲーム『魔法学園のイケメン王子様』、通称まほイケの世界の悪役令嬢オリヴィアに転生させてくれたってわけ。


 え? なんでヒロインじゃなくて悪役令嬢にしたのか?


 それがさ。神様にね。転生するときに何か希望はあるかって聞かれたんだよね。それで、健康で丈夫な体の女の子がいいですってお願いしたんだ。


 そしたら神様が、世界一強い体の持ち主だからって、悪役令嬢のオリヴィアに転生させてくれたんだよね。


 だって、やっぱり自分の足で自由に外を走り回ってみたいじゃない。


 あたしね。倒れるまで走って、そのあとみんなで大笑いするみたいな、そんな青春ドラマとかでたまにあるような『普通』に憧れてたんだよね。


 え? なんで悪役令嬢が世界一体が強いのか?


 ほら、悪役令嬢って色々あるけど、断罪されて追放されたりして破滅するパターンか、ラスボスになって倒されるパターンのどっちかが多いでしょ?


 オリヴィアの場合は後者で、どのルートでも冥界の神をその身に降臨させるんだよね。それでスケルトンとかゾンビとかを作りまくって、かばねの女王なんて呼ばれるラスボスなんだよね。


 で、神様を降臨させても大丈夫な体って、どう考えても強いでしょ?


 そんな感じかな。


 もっとも、今のあたしの魔力じゃ屍の女王なんて全然だけど。


 あ、でも一応魂を送ってあげることはできるし、試したことないけど多分弱いスケルトンくらいなら作れるだろうから、屍の幼女くらいなら名乗れるかな?


 もちろん、名乗る気はないけどさ。


「お前のようにおぞましい黒を持つ呪われた女が娘というだけでも恥ずかしいのに、まさか悪霊まで呼び寄せるとは!」


 えっ!? 何言ってるの? 悪霊を呼び寄せただなんて失礼な!


 あたしは魔法の練習と魔力の鍛練のついでに、あの世に行きそびれた可哀想な魂たちが悪霊にならないように送ってあげてるだけだ。


 そもそもこれ、三歳のころから毎日やってる日課なんだけど?


 そう不審に思いつつも父親を名乗る変なおじさんを観察していると、家の中からマリーが出てきた。


「お嬢様、そろそろお休みになられるお時間ですよ。あまり夜更かしなさってはいけません」

「あれ? マリー、まだ起きてたの? もう寝てていいって言ったのに」

「まだお嬢様が起きていらっしゃるのに、私だけ眠るなどできるわけがありませんか」

「そんなの気にしないでいいのに~」

「気にします。まだ八つのお嬢様がこれ以上夜更かし――」

「おい! 私を無視するな!」

「えっ? 旦那様!?」


 あ……マリーがこの反応をするってことは、本当にあのおじさんがあたしの生物学上の父親なんだ。


 ……うん。驚くほどなんの感情も湧いてこない。


 ああ、でも当然か。いくら血がつながってるとはいえ、物心ついてから一度も会ったことないんだし。


 それに、顔立ちとか全然似てないもの。あ、でもあんなにでっぷりと太ったおじさんと似てたらそれはそれで嫌か。


「オリヴィア! さっさと出て行け! お前はもう我がサウスベリー侯爵家の者ではない!」


 うーん、おっかしいなぁ。悪役令嬢が実は追放されてたなんて設定、聞いたことないんだけど?


「旦那様! お待ちください! お嬢様は貴族名簿に名を連ねた貴族令嬢です! 勝手に追い出すことなどできません!」

「ふん。それが出来るのだよ。オリヴィア! お前は今からスカーレットフォード男爵家の当主だ!」


 うん? 何それ? 正気? あたし、中身はともかく、一応まだ八歳なんだけど?


「さあ! 分かったら――」

「旦那様! お待ちください! お嬢様はまだ八つなのですよ!」

「知ったことか! もうオリヴィアは、いや、スカーレットフォード男爵はもはや我がサウスベリー侯爵家とは無関係だ!」


 よく分からないけど、このおじさんは何としてもあたしを追い出したいらしい。


「あの、お父さま、なのですよね? はじめまして」


 とりあえずマリーに教わったとおりにカーテシーをしてみた。するとおじさんは露骨に舌打ちをする。


「スカーレットフォード男爵、お前はもう娘でもなんでもないと言っている!」

「ですがお父さま、証明書類も頂いていませんし、手切れ金も頂いていませんよ?」


 追い出されるのは別に構わない。


 だって、追い出されるってことは、きっと魔法学園に行かなくて良くなるってことだと思うから。そうすればゲームのストーリーから外れられるし、歩く死亡フラグであるヒロインに関わらなくて済む。


 あたしとしても願ったりかなったりだ。


 もちろん王子様とかのイケメン攻略対象はちょっと見てみたい気もするけど……あ、でもやっぱりいや。あいつらも歩く死亡フラグな気もするし。


 それにあたしは前世で最後に遊んでいたのがたまたままほイケだったというだけで、別に大ファンだったわけではない。別に思い入れがあるわけではないし、攻略対象たちだって山ほどやった乙女ゲームの攻略対象たちの一人でしかない。


 とはいえ、貰えるものは貰っておかないとね。追い出された小娘なんて、悪い大人たちの格好の餌食になるだけなんでしょ?


 いくら前世が病院暮らしで今世は軟禁育ちの世間知らずだからって、そのぐらいのことは知ってるよ。


 前世ではアニメとかドラマとか漫画とかで見たし、今世で読んだ小説にもそういう話がたくさんあったもの。


「なんだと!? そんなものをなぜ私が――」

「法律書で勉強しました。それによると貴族には貴族名簿に載せた子弟を成人まで養育する義務があるそうです。そしてもしその子供が魔力を持っていた場合は魔法学園に通わせる義務があり、違反すると処罰されるとありましたが?」

「ぐっ!?」


 痛いところを突かれたのか、おじさんの顔が大きくゆがんだ。


 マリーにお願いして、色々と本館から持ってきてもらっていたのが役に立ったね。


「その義務をお父さまは放棄なさるのですから、その分のお金はくださらないと。それとも、国王陛下にわたくしから申し出ればよろしいのでしょうか? であればその際にはぜひ、陛下にもわたくしの魔力をご覧いただいて――」

「ちっ!」


 父親らしいおじさんは大きく舌打ちをすると、そのままずかずかと本館のほうへと歩いて行った。


「あたし、追い出されるみたいだねぇ」

「そんなはずはありません! お嬢様はエインズレイ家のご嫡女であられるのですよ!?」

「そうかなぁ」


◆◇◆


 それから二週間後、マリーに刺繍を教わっていると本館から執事っぽい格好の男が訪ねてきた。


「スカーレットフォード男爵閣下、失礼します。こちらが国王陛下よりサインをいただいた正式な爵位譲渡の証明書でございます。そしてこちらが旦那様からの手切れ金となります。また、この度は旦那様のご厚意により、スカーレットフォードまでの馬車と護衛もご用意いたしました。つきましては本日中にこちらの別館を明け渡していただくようお願い致します」

「なっ!? ブライアン! あなた!」

「マリー・パーシヴァルさん、スカーレットフォード男爵の独立に伴い、貴女を解雇いたします。なお、旦那様のご命令により紹介状はお出しできませんので悪しからずご了承ください」


 その男は一方的にそう通告すると、一枚の紙と小さな革袋を置いて立ち去っていった。


「あはは、本当に追い出されちゃったねぇ」

「お嬢様! 呑気に笑っている場合ではありません! このようなことは前代未聞です!」

「でも、仕方ないよね。あたしはそのスカーレットフォード男爵領とやらに行くよ。国王陛下もOKしてるんだったらどうしようもないでしょ?」

「それは……」

「マリー、ごめんね。あたしのせいでクビになっちゃって……」

「お嬢様……」

「あのさ。もしよかったらこの手切れ金の中から退職金を持って行ってよ」


 革袋を開けて中身をテーブルに広げてみると、中からは二十枚ほどの銀貨が出てきた。


「え? 銀貨……?」


 マリーはそう言って絶句した。


「どういうこと?」

「こちらの銀貨は一枚5シェラング、つまり使用人一人分の月給です。お嬢様によくもこのような仕打ちを!」


 マリーは顔を真っ赤にしながらぶるぶると震えている。


「しょうがないね。で、マリーはいくらいるの?」

「はい?」

「だから、退職金。紹介状が貰えないってことは、もうお屋敷での仕事はできないでしょ?」


 お屋敷で仕事をするには誰かの紹介が必ず必要だ。特にお屋敷で働いていたのに紹介状を持っていないとなると、何か不祥事を起こしてクビになったと見なされてしまう。


「なぜ私がお嬢様にお金を……!」

「え? だってマリーには感謝してるから……」

「でしたら! 私を引き続きお傍に置いて下さいませ。まだまだお嬢様にはレディとして、覚えていただくことが山のようにあります」

「でも、あたしと一緒に来たら……」

「構いません。私はお嬢様が立派に成長されるのをお支えしたいのです」

「そう? うーん、そっか。ありがとう。そこまで言ってくれるなら、これからもよろしくね」

「はい! もちろんです!」


 こうしてあたしはマリーと一緒に実家を追い出されることとなったのだった。


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 次回、「第2話 追放幼女、暴漢村長を分からせる」の公開は 2024/06/09 (日) 18:00 を予定しております。


 また、本作は当面の間毎日 18:00 更新を予定しておりますが、諸般の事情により更新が遅れる場合がございます。


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