第3話
和也は旅館で目を覚ますと、昨晩の健二との対話がまだ心に残っているのを感じた。彼の言葉は、まるで海のように深く、そして静かに心の中に広がっていった。和也は旅館の窓から外を見つめ、朝の静けさの中で決意を新たにした。今日はもっとこの街を知り、自分自身を見つめ直す時間にしようと心に決めた。
和也の部屋は、ミニマリストとしての彼にとって理想的なシンプルさを備えていた。畳の上には低いテーブルと座布団が置かれているだけで、他には何もない。窓の外には、手入れの行き届いた庭が広がり、松の木と石灯籠が静かに佇んでいた。和也はその静けさに心を落ち着かせ、今日の予定を考えた。
午前中は市場を再び訪れることにした。函館の朝市は、地元の人々と観光客で賑わっており、新鮮な魚介類や野菜が所狭しと並んでいた。和也は市場の活気ある雰囲気が好きで、そこに身を置くことでエネルギーをもらえるような気がしていた。彼は再び市場の喧騒の中を歩きながら、昨日出会った漁師、鈴木健二の姿を探した。
市場の一角で、健二が新鮮な魚を売っているのを見つけた和也は、彼に声をかけた。
「おはようございます、健二さん。」
健二はにっこりと笑いながら和也を迎え入れた。
「おはよう、和也君。今日はどうだい、もう少し函館を見て回るか?」
「はい、そうしようと思っています。昨日のお話、本当にありがとうございました。おかげで色々と考えることができました。」
健二は満足げに頷き、和也に地元の名所をいくつか教えてくれた。彼はまず、函館山のロープウェイを勧めた。特に夜景は一見の価値があるという。和也はその言葉に従い、夜に函館山へ向かうことに決めた。
市場を後にした和也は、函館の歴史ある街並みを歩くことにした。赤レンガ倉庫群や教会、坂道の風景が続く中、彼はこの街の持つ独特の魅力に引き込まれていった。歩きながら、彼は真奈美の手紙を思い出し、彼女が感じたであろう思いに心を寄せた。
午後の遅い時間、和也はカフェに立ち寄ることにした。真奈美が訪れたというカフェ「北の風」は、小さな坂道の途中に佇んでいた。木製のドアを押し開けると、温かいコーヒーの香りが漂ってきた。店内は落ち着いた雰囲気で、木製の家具と柔らかな照明が心地よい空間を作り出していた。
和也は窓際の席に座り、コーヒーを注文した。カフェの窓からは、函館の街並みと遠くに見える海が一望できた。店員が運んできたカップからは、香ばしいコーヒーの香りが立ち上り、和也はその香りを深く吸い込んだ。一口飲むと、温かな液体が彼の体を内側から温めていくのを感じた。
和也はカバンから真奈美の手紙を取り出し、再び読み始めた。彼女が訪れた場所や、そこで得た気づきが詳細に書かれていた。彼女が感じた孤独や希望、そして未来への思いが、和也の心に直接響いてきた。彼はその手紙を読み進めながら、彼女の旅の軌跡を自分の心の中で再現するように感じた。
「真奈美はこの旅で何を見つけたんだろうか。」
和也はそう思いながら、手紙に記された言葉一つ一つを噛み締めるように読み進めた。彼女が見つけた答えや気づきを、自分も見つけられるのではないかという期待が心の中に広がっていった。
カフェを出ると、和也は夕方の街を散策した。函館の街は、夕陽に染まりながらも活気に満ちていた。彼は港に立ち寄り、船がゆっくりと揺れる様子を眺めた。波の音が心地よく、彼の心は穏やかになっていった。
日が沈む頃、和也は函館山のロープウェイに向かった。夜の函館山からの眺めは格別だと聞いていたからだ。ロープウェイの駅に到着すると、彼はゆっくりとゴンドラに乗り込んだ。ゴンドラが動き出すと、街の灯りが次第に広がり、まるで宝石を散りばめたような光景が眼下に広がった。
山頂に到着すると、和也は展望台に立ち、夜景を見渡した。街の灯りが海に映り、まるで無数の星が地上に降り注いだかのようだった。和也はその光景に心を奪われ、しばらくの間、言葉を失った。
「この旅が、自分に何をもたらすのかはわからない。でも、この瞬間を生きること、それが大切なんだ。」
和也はそう思いながら、再びミスターチルドレンの「Tomorrow Never Knows」を再生した。音楽が流れる中、彼の心は次第に軽くなり、未来への希望が少しずつ見えてきたような気がした。和也は夜景を見つめながら、明日を知ることなく、今この瞬間を生きることの大切さを改めて感じたのだった。
その晩、和也は旅館に戻り、温かな風呂に浸かりながら一日の出来事を振り返った。函館の風景と人々の温かさが、彼の心に深く刻まれ、新たな一歩を踏み出す勇気を与えてくれた。彼は未来への希望を胸に、次の目的地、広島の尾道へと向かう準備を進めたのだった。
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