第39話 その時は来た
今のリヒトを見て同じ人物だと誰が思うだろうか?
かっての好青年の面影はなくなり、目は窪みギラギラしている。
そしてその目の奥に光は無く、濁ったような目をしてこの世の全てを恨んでいる様な目をしていた。
◆◆◆
『何時まで経ってもあの日の悲しみが忘れられない』
魔国ダークランド、その都市ルードラ、今の俺はそこに住んでいた。
「リヒトの旦那、もうその辺で止めたほうが良いですぞ」
「そうだな……帰るか」
境界の廃墟で人を殺し続けた俺を魔物や魔族は味方と考えたようだ。
勇者パーティの一員が魔国の鼻の先で魔物の味方をしているんだ。話題にもなるだろう。
暫くは物珍しさに遠巻きに俺を見ていたのだが、そのうち魔族に招かれ魔国へ入る事が許されるようになった。
そして、俺はルードラで宿をとり生活をするようになった。
◆◆◆
「随分と熱心に此処にきますね」
魔族の教会に俺は良く祈りに来る。
ソニア達をイシュタスは救わないだろう……ならば邪神側に祈った方が良い。
「ああっ、前に話した通り、俺はイシュタスに恨みを持っている! だから邪神様に祈る事にしただけだ」
魔族側にも神が居た。
邪神タナトリシスがそれだった。
「そうですか!人間で邪神様に祈る存在は貴方だけだ。貴方が人を恨みこちら側の人間になった理由は良く解る……私は只の神官。だが、貴方の妻の為に祈る事は出来る……私も一緒に祈りを捧げましょう」
この神官の名はジャミル。
ルードルの教会で神官をしている。
正式名は『悪魔神官ジャミル』というらしい。
ソニア達の為に祈ってくれる……心優しい神官様だ。
◆◆◆
「リヒト様、来ましたよ」
魔族側の冒険者ギルド職員が俺の宿屋に慌ててきた。
「ありがとう」
俺はギルド職員にお礼を言い宿屋を後にした。
とうとう魔国にライト達が来た。
魔族の戦闘種族は臨戦態勢だ。
俺は魔王城の近くに場所を移動した。
魔王城の中から大きな声が聞こえてくる。
魔王城での戦いが始まったら城の外の魔族は手を出さないのが習わしらしい。
実際手が出せないように跳ね橋が上がっていた。
そして、戦いが終わって勇者が勝ったら手を出さずに帰してやるのが決まりだそうだ。
その代わり勇者は魔国内において魔族の一般人を襲わずに戦闘系魔族とだけ戦う……そういう暗黙の了解がある。
だが……俺は人間だからこのルールは関係ない。
跳ね橋の近くにある衛兵所で俺は様子を見ていた。
「なぁ、お前魔王様が負けたら……」
魔族の衛兵が聞いて来る。
俺が何をしようとしているのかは結構な魔族が知っている。
「ああっ、その時には俺が戦ってあいつ等に地獄を見せてやる」
「そうか……お前は人間だから決まり事は関係ない。だが俺は魔王様の勝利を祈っている」
魔王が勝てるなら、それで良い。
そこで死んで終わるから……だがもし勝利して出てきたら……そこからが俺の出番だ。
残念ながら俺が隙をついて死ぬ気で頑張っても殺せるのは4人のうち1人。
残りの三人に殺されてしまう。
だから、このチャンスを待っていた。
魔王と勇者パーティが戦えば幾らライト達が強くても無傷ではいられない。
だから、そこを叩く。
尤も魔王が勝利したらこの恨みは晴らせない。
「そうだな……」
今の俺には結果を待つしかない。
◆◆◆
跳ね橋が下がってきた……
結果は……
あははははっ、最高だよ! 最高!
ライトはリメルに肩を借りながら歩いている。そのリメルは右手を無くしているし、マリアンヌもリリアも杖を突きながら辛うじて歩いている状態だ。
あいつ等いい具合にボロボロでやんの!
「魔王様が負けたのか……」
「仇はとってやる!」
俺は黒い仮面をつけ衛兵所から飛び出した。
俺は間髪を入れずにマリアンヌの腕に斬りかかる。
回復魔法は厄介だからな。
「きゃぁぁぁぁぁーー」
マリアンヌの右腕は杖ごと宙に舞った。
「待て、俺は魔王と戦って勝ったんだ……ハァハァ無事に帰してくれる約束だ」
「そうだ、可笑しいぞ……そういうルールだった筈だ」
「私の腕がぁぁぁーーハァハァ魔族は約束ひとつ守れないの」
「約束が違うわ」
約束? 俺は魔族じゃないし。
それに、今は体力もアイテムも魔力も尽きている。
だが、逃がせば再び回復して俺には手が負えなくなる。
ここで『殺す』しかない。
「煩いな……悪いが俺がお前達を殺しても掟にも約束を破った事になんてならないんだ」
「ハァハァ……汚いわ……」
「汚い? 薄汚いお前達が良く言えるな……邪神に仕える薄汚い女が少し黙れよ」
俺は蹲っているマリアンヌの腹に蹴りを入れる。
ドガッドガッドガッ。
「………卑怯者」
聖女としてのプライドなのか泣きわめかないな。
「なんだぁ~その目はぁぁぁーー!」
マリアンヌの右目に剣を突き立てた。
サクッと目に吸い込まれるように剣が刺さった。
「ぎゃぁぁぁぁぁーーー助けて……助けてライトぉぉぉぉーー、リメルーーっ」
流石に目を潰されたら聖女でも痛がるんだな……
だが、これでも動かない。
どうせリリアは魔法が使えない。
使えるならこの状況でファイヤーボールの一発でも撃ってくる筈だ。
だったら、今怖いのはリメルかライトだ。
「貴様ら魔族は約束も守れないのか? ハァハァ俺達は堂々と……」
「そうだ……」
「約束位守りなさいよ……ハァハァ」
万が一打ち漏らしたら、そう考え仮面をつけていたが『もう良い』
俺は仮面を脱ぎ捨てた。
「残念! 俺は魔族じゃねーんだ! 人間なんだよ! だから約束を破った事にはならねーんだよ!」
「お前はリヒトなのか?」
「ライト……そうだよ……ざまぁねーな! 今から殺してやるから……」
「待て!リヒト……待ってくれ!話をしようぜ」
「リヒト、ライトはあの後改心したんだ、今迄沢山の人を助けてきた……お前にもこの後償いをする筈だったんだ……許して貰えないか……なぁ」
「私からも頼むよ……ねぇリヒト」
「ハァハァ……此処迄の事をされても仕方ない事をしたわ。この目と腕の事は誰にも言わない……聖女に此処迄の事をしたんだから、これでハァハァ……うっ手打ちにしましょう……悪い事言わないわ」
何処が手打ちなんだ。
どうせエリクサールでその手も目も治る。
「もし、三人が生きていたなら俺はお前達を許したかも知れない……だが、三人は死んじまったよ……お前達を守護するイシュタスによってな……だが、殺したのはイシュタスだ。だから命はとらない……それだけは保証するよ……だがな、それ以上の事は期待するな!」
「「「「リヒト!」」」」
俺は剣を構え、今度はリメルに斬りかかる。
真面に歩けないリメルは残った利き腕じゃない左手で剣を抜き俺の剣を防いだ。
ライトもあわせて聖剣を抜いた。
ここ迄消耗していても此処迄の動きが出来るのか。
やはり、この時しか俺に勝機は無かった。
俺は標的を完全にリメルに絞った。
「私の剣を舐めないで、今迄は貴方が不憫だから、手加減していたの……貴方如き片手で充分だわ! 此処迄譲歩しても無駄なら斬るだけよ」
「こっちは三人とも死んだんだぞ……なにが譲歩だ」
「悪いわね、ライトは勇者なのよ! そして私のこれから夫になる存在……絶対に守って見せるわ」
「私も許さない……償いをすると言って受け入れてくれない……それでもライトを殺すと言うなら戦うわ」
「ハァハァ……」
「なぁライト、お前に聞きたいんだが……王女や貴族との結婚じゃなく此奴ら三人とお前は結婚するのか?」
「ああっ、そうだ……なぁリヒト、俺も悪かった! 本当にあの時の俺はどうかしていたんだ! ここまでの事は口外しない! だから和解しないか? お前は勇者パーティに名前が残っている。しっかり褒賞も出るようにするから……このまま帰してくれないか……友達だろう? 女が欲しいならエルフでも何でも俺が買ってやるから……あの三人の牝豚なんて忘れろよ」
「……」
「ちぇっ、仕方ねーから俺のとっておきだ、聖女と剣聖、賢者どれが欲しい? 1人お前の嫁さんとしてやるよ……それなら良いだろう?」
「「「ライト!」」」
流石の三人も驚いたようだ。
「お前、何を言っているんだ……ふざけているのか?」
「ふざけてないよ? リヒトは俺の親友だろうが! 俺にとっての一番はお前だからな……運命の仲間の此奴らは2番だ! 5人で仲良く暮そうぜ」
頭の中がこんがらがる……
「ライト、お前何を言って……」
「1人じゃ嫌なのか? 仕方ないな! 三人全員やるよ……まぁその場合は俺との共用だ。一緒に5人で仲良く暮そう……ぜ」
意味がわかんねーよ。
だが、ライトが馬鹿な事を言っていたせいでリメルに隙が出来た。
俺は素早く踏み込みリメルの残っていた腕を斬った。
剣ごとリメルの腕は宙を舞い俺の後方へ飛んでいった。
「うわぁぁぁぁぁーー私の腕、腕がぁぁぁぁーー」
「ファイヤーボール」
リリアが呪文を唱え火の玉が飛んできた。
まだ、魔法が使えたのか。だが、やはりこの程度。
賢者のリリアが初級魔法を使ってきた。
もう消耗しきっていて恐れる存在じゃない。
なら、先にライトを狙った方が良い。
「悪いな!ライト……俺が先にも後にも愛する女はソニア、ケイト、リタだけなんだ!」
痛さで蹲くまるリメルに蹴りを入れライトに斬りかかった。
(続く)
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