~親父の本能~(『夢時代』より)
天川裕司
~親父の本能~(『夢時代』より)
~親父の本能~
泥濘(ぬかる)み終えた秋草(あきぐさ)の雑踏が俄かに騒いで風に攫われ、身近に置いた新郎の片手(て)にはスコップとシャベルが持たれて、もう片方(ひとつ)には浮足立った二本の触手が延び遣り男の皆無と夢游(あそび)と苗床(ねぐら)を真っ逆様に自宅へ還(かえ)せと吠え猛った。新郎(おとこ)の名は祐児(ゆうじ)と言うなり通称トマスと呼ばれて、もう直ぐ秋雨前線が通り往く頃、此処ら巷じゃ野退(のっぴ)き成らぬ程度に〝可愛い〟、〝美人だ〟、〝美(うつく)し…〟、〝あいつにゃ勿体無い…〟、等騒然と混沌(カオス)にさせ得る生身の女性(おんな)がやや遠く離れた遠地(ばしょ)からこの自宅(いえ)目掛けて飛んで来るので、祐児は勿論、祐児の傍らに居座る嫁を失くした親父を始めて近所(ちまた)に住まう祐児の友人・知人までもが色めき立たされ奇麗に消えて、日常(いつも)と違った表情(かお)など具に観(み)せるが気取(ばれ)ぬ程度に祐児の自宅(ふるす)に密着して居る。晩夏(なつ)を過ぎれば俄かに騒いだ台風(あらし)の情報(しらせ)も遁(とん)と失くなり祐児の心情(こころ)は何気に淋しく他人(ひと)を観る眼(め)に力量(ちから)が這入って混沌(カオス)を知り行き、果(ゆ)くは知らじな恋に溺愛(おぼ)れる独創(こごと)等には一層不貞が横切り、自称の紳士(なり)にはぽつんと灯った憂慮が居座る。祐児の親父は祐児と喋らず、日常(ひび)の暮らしを現在(いま)はもう亡き嫁の後姿(あと)を追いつつ夢想(ゆめ)の内にて静かに居座り介護を受けつつ、日常(ひび)の気色と景色に不断(ふんだん)見果てぬ抱擁(あい)の姿勢(すがた)を訣別してから耄碌(ぼや)けた内にて確認して在り愚痴さえ吐(は)かず、愚痴を吐くのは決って独り部屋にて起床と同時に朝陽が差し込む始まりの瞬間(うち)にて一言、二言、二、三の野暮用(ぐち)に信託したあと自身(おのれ)の生気を弄(あそ)んだ直後(あと)にてぽつりと緩めた開口(くち)が覗ける徒労に在った。何をするにも独りの背中は華を咲かせず華(あせ)も連れずに、耄碌(もうろく)して行く自体(おのれ)の行方を具に捉えて我が子と成り得た祐児の目前(まえ)では照準(まと)を報せず漠然(ゆめ)を見せ行き、所々で解(ほつ)れて失せ行く自身(おのれ)の屍(かばね)を遠地へ置き遣り呆(ぼう)っとしたまま野退(のっぴ)き成らず焦燥(あせり)に在るのは祐児の知らない孤独に落ち得た。小言を囀る両の口には朝陽が映らぬ弄(あそ)びの瞬間(うち)にて堂々巡りの個体を示して従来し得た習慣(ちから)の間(ま)に間(ま)に継続されつつ、祐児(こども)の仕種にきょとんとしたまま挙動(うご)き出すのは我が子の嫁がこれから来るのを期待したまま計画(はかり)と成り得て底力(ちから)と成りつつ、二つの合力(ちから)は表情(かお)を合せて結託し始め虚無に赴(ゆ)くまま塗装を兼ねた。祐児の表情(かお)には父親(ちち)が映って朝陽が飛び込み、二つの連動(うごき)に照準(まと)を合され如何(どう)でも仔細(すがた)が朧げ始めて幽体し得ずに祐児の心情(こころ)を真横に捕えた父親(ちち)の存在(ちから)は影響力(ちから)を構えて杜撰と成り行き、祐児(こども)の微動を排除して行く。混沌(カオス)と成り得た祐児の夢想(うち)には親父の姿勢(すがた)が素早く初動(うご)いて捉え得るのは親父の蛻で、心象足るうち姑息に往くのは白紙に住み得た大人で在りつつ夢想(ゆめ)は観ないで、働く姿勢(すがた)は日常(うきよ)を離れた空を飛び交う人足(じんそく)ばかりで祐児の立場(ふもと)は気色(いろ)を保(も)たない。明日(あす)への嗣業を如何(どう)にかこうにか企図して居ながら親父の行方(すみか)を巡業するうち静かに頼るが親父の姿勢(すがた)も他人(ひと)の姿勢(すがた)も白日(ゆめ)へ失(き)えつつ無力を報され解放され得て、下天に解け込む無重の屍(かばね)を順々見遣って置き去られるのは最早祐児の得意に在った。
白光遮る親父の存在(きょむ)には何処(どこ)か違った日常(ふしぎ)が灯り、祐児の日常(こどく)は根城を失い発展(の)びても行くが、他人(ひと)の気配(ちから)がこう言う瞬間(とき)には技量(りょう)を発して堂々巡りの安泰(じゆう)を報せて祐児(こども)を寝かせ、弄(あそ)ぶ間も無く嫁の臭気に色香(ちから)を灯され初めて知り行く感触(ちから)と落ち着く。こう言う経過を寸分狂わず報(しり)得た祐児の肢体(からだ)は寝袋拡げて茶の間に居座る安泰等とは寄り添えないまま唯親父の仕種に圧倒されつつ日常(ひび)に解け込み、奇妙に咲き得た不問(はてな)の独創(こごと)を何処(どこ)へ置くやら親父を観てれば解体され行く自体(わがみ)と成り行き恐怖を報(しら)され、嫁が来るのはもう間近であるのに一向経っても歓待出来得ぬ耄碌仕立ての浮足(ちから)が在った。
親父の表情(かお)には何処(どこ)かで見知った面影(かげ)が在りつつ、良く良く見遣れば文豪作家の筒井康隆の設えに酷似して居り奇妙に可笑しく、音を立てない日々の暮らしに隠遁したまま衰退して行く諸動(しょどう)の気色(いろ)など奇妙に解け入り懐かしさも在り、猫背を丸めて寝間着姿に信用したまま無邪気に構えて相対(あいたい)するのは他人(ひと)にとっても無力を喫して安心させ得て、俺の初動は底から跳び越え親父の〝垣根〟を知りつつ無限に咲き得た人草(はな)が在るのを、親父の体熱(ぬくみ)を報(しり)得た直度(あと)に報(しら)され微動(うご)かなくも成り、親父の初動に併せた吐息を報(しる)のは行く行く後(あと)にて解体(ばら)した自体(おのれ)を頭上へ棄(な)げ得た。祐児の心情(こころ)に何時(いつ)しか寡(やもめ)が忍びて主観という名の孤独を採り挙げ愚情(ぐじょう)に阿り、輝く肢体(からだ)に気色(いろ)まで付き得て浮足(ちから)は高価に値上がる死線を裂いた。透明(ガラス)に灯った悪人達から俺の初動(うごき)は自明(ばれ)ずに泡(あわ)を喰うなり未熟に解け往き、気色(けしき)を束ねる自力の革慰(かわい)は表情(かお)を拵え自明の姿勢(すがた)を見事に捉えて主張して行き他事(ほか)をも捕え、一心居座る豪華な表情(かお)触れ達には、如何(どう)でも杜撰な阿り等には助力を出さずに〝奇麗〟な体(てい)にて黙って居るのを課業と認めて振り掛けて行き、俺の根城は自宅を雪いで親父を退(の)け得た。
筒井康隆は歯磨きし終えて寝袋を取り、昼風呂し終えて寝間着へ着替えてその日の日課を自適に見遣って嫁が来るのをひたすら待った。俺の幽体(からだ)は物陰(やみ)に紛れて居間を観て居る。嫁が来たのはあれから一月(ひとつき)、俺の分身(からだ)がスコップ・シャベルを取り上げ幽体兆した晩秋(あき)の時期(ころ)から知らずに経ち行き、親父も俺にも然程の身構(かま)えも準備も整わないまま寝言が浮んだ時期に降り立ち、近所の輩は親父へ化け行き、自宅の庭へと玄関口へと、時には屋根裏部屋へとのっそり這入(はい)って嫁を見遣って、〝娘〟と称され得た女児(こ)は束の間喜び几帳を崩して何処(どこ)からともなく幽体して行く準備(しせい)を構えた。それから暫く経っても他人(ひと)の声には見向きもしないで日常(くうき)に解け込み、自身(おのれ)の輝体(からだ)を趣向の行くまま無頼を頼んで独創(こごと)を練り上げ、孤独の礎石(ていそ)は魅惑に駆られて活性して行く。自営と自活を忍んで飼い得た嫁に成長(そだ)った。その嫁の行方を追随見遣ると清楚に設え根回し利いた諸動の要所は如何(どう)でも淑女と熟女の艶やかさを併合したまま生娘(むすめ)を呈した不思議(きみょう)が成り立ち、俺の開眼(まなこ)はそうした生娘(むすめ)に一目惚れして再び求婚始める焦燥(うごき)を仕込まれ親父を離され、てきぱきてきぱき、はきはき喋った諸動(うごき)の跡には、男女を問わずに孤独へ誘(いなざ)う露わな情緒が満載して在り、〝女神〟の姿勢(すがた)はそうした生娘(むすめ)の表情(かお)から秘部(さき)まで、一糸纏わぬ姿勢(すがた)を呈した儘にて、又その姿勢(すがた)は泥濘(だえき)を呼んだ。泥濘(だえき)を垂らした特に若男(おとこ)共には魅惑に咲き得た薔薇の体(てい)にて生娘(むすめ)が映って心身(おのれ)の希望に宛がう対象(さき)へは丁度見られる自尊を照らして優雅に近寄り、〝女神を物にする〟との背徳(つみ)の意識に対する事さえ立派な諸業(しごと)と成り得て若衆(からだ)を初動(うご)かし娘は捕われ、地域(ふるす)に根差した若輩(おとこ)の群象(むれ)には、如何(どう)にも成らずの墓標が在った。涼風(かぜ)を吹き行く生娘(むすめ)の許容(サイズ)は何時(いつ)まで観得ても正義が阿り諸相を捉える人智が在りつつそうした微動(うご)きに敏感なるまま若輩(おとこ)の思惑(こころ)は疲れ果て行き、おっとりしたまま身構(かま)えた女神(むすめ)の本名(なまえ)は桜井涼子とはっきり言われた。仕事は古巣(ここ)へ来てから専ら親父の介護で家事を相応(すばや)くし終えた後(あと)から自体を透して独歩(ある)き廻って努々音頭を素早く取りつつ、奇麗に設え終えた体裁(からだ)を見せては気丈に振舞う淑女に在った。若い形成(なり)してまるで洗練された習慣(ドグマ)の在り処は女神(むすめ)の中枢(あるじ)を死太く捉えて丈夫を養い、これまで見知った男性客への奉仕(サービス)等へは配慮を繕う奇麗の頭上に試算を講じた誘惑をも見せ、艶やか成れども出来の向いた孤高の果てには親父を擁する許容(ゆるし)が観えた。
今朝起床(おき)た際にて俺の脳裏に幻想(おもい)が浮んで、もしかするとこの夢想(ゆめ)を捉えて親父(ちち)の正味を描(か)けるか否か、等未熟に認め、書斎に来て見て行李を開ければ物の見事に連写を構えて低く彩る色素が覗いた。何処(どこ)へ行くでも何かを企図する姿勢にも無い抑揚付き得た無頼の帳尻合せが俺の思惑(ふもと)へまで来てふと仰け反りながらも頭(かお)を上げると、俺の孤独は少々綻び真横に横たえ、一新したまま書斎に向かえる等との新たな闘志が湧いても来たが、煌々衒わぬ淡い思想(むくろ)は肢体(からだ)を棄(な)げ出し寒風(さむさ)に打たれて気丈(つよ)く成るのを何処(どこ)かへ離れた自体(わがみ)は観て居り寝床を離れ、この色体(しきたい)に育み終え得た人草の体(てい)した傀儡達を具に仕上げる諸業(しょぎょう)へ対する倦怠など知り白痴を構えて、透明(ガラス)に映った白光等には人工照射(けいこうとう)にも無い程無邪気な〝物のあはれ〟が仔細に解明(ばら)され潰えて行くのを俺の開眼(まなこ)は遠くを見たまま仄(ぼ)んやり報(し)った。
俺の両脚(からだ)はシューズを履き替え夜道に浮んだ暗中模索を無聊に構えて進退しながら、これまで通(かよ)った通学・通勤(つうがく・つうきん)路等を次第に抑揚付けられ活路を見出し、次第に身軽に成り行く肢体(わがみ)を報(しり)得た俺の諸動(からだ)はゆっくり衒って腕時計(とけい)を見遣って、夜だと想えば正味の時刻は自分を囲んだ早朝(あさ)に在るのを間近に捉えて自明と成り行き、俺の諸動(うごき)は早朝(やみ)が見せ行く街道(だいち)に在った。せせこらせせこら何が在るのか重い鞄は俺の上肢に袈裟に掛けられぼんぼん揺れて、俺の両脚(あし)には踏台(ペダル)が吸い付き諸動(からだ)が身軽に成るのは自転車(くるま)を得て居た状態の為で俺は真横に置かれた自転車(くるま)置き場にとととと揺らいで見知らぬ他人(ひと)の自転車(くるま)を物色して居りお陰で楽して、唯一手にした楽の姿勢(すがた)を携えた内に自分から見て前方を独歩して行く背後(せなか)を見せ得て前身(まえ)を見せない何処(どこ)ぞの親父の姿勢(すがた)にほとほと従い付け廻すだけの諸動(うごき)と成り得て、〝この親父に付いて行けば、きっと駅へ出られる、人通りが在って、行き先を如何にか決め得る岐点(きてん)に出られて俺の諸動(うごき)は安泰(じゆう)を掴める…大丈夫だ…〟など自答に臨んで後悔せず儘、早朝(やみ)の内でも仄かに灯(あか)るい親父の周囲(あたり)を目掛けて俺の諸動(からだ)はすいすい遊泳(およ)いで前進(すす)んで行った。〝大丈夫、大丈夫…〟、何度も何度も零れ抜けて行く夜の楼気に逡巡絆され、夜気(やき)と成り行く最中(さなか)の夢想の安堵は安直(すなお)に成るまま視界を覆って独走して行き、凍える間も無く闘志(ファイト)は今から、青く揺れ行く夢想の火影(ほかげ)へ独歩(ある)いて消される。森林に芽生えた太陽の粉(こ)が幾重に延び得た無像の彼方へ凋落し始め、後(あと)も先もと慌てふためく硝子の巨人は人間(ひと)に見立てた意識へ潜在して行き、俺の夢想は生還せぬまま塗工に帰(き)し得た盆に返った。硝子に見立て密林仕立ての塗工としたのは人工像(じんこうぞう)成る白い巨塔の住宅街(マンション)でもあり、俺の空虚は軒並み生気を讃えて屈強するまま親父を捉えてすいすい追った。追跡する内淋しく成り果て、他人(ひと)の気配に夢中と成りつつ白色交えた夜の気長に仰け反り終えては始終衒った両極端(はしばし)に咲き得た人間(ひと)の喜楽に優(ゆう)と構えて、何気に謳った杜甫(しじん)の詩(うた)など口端(くちは)に構えて思春を待った。親父の背中は矢張り透って物音立てずに、全身呈(み)せつつ正面知らずで、遁(とん)と独走(はし)って独言(こごと)へ消え行く。俺の思惑(こころ)は何時(いつ)しか冷め行く独語(こごと)を携え、明日(あす)への境地へ吟じて居ながら騙し騙しに追突始める互いの双極点へと徒党を組み出し淡く輝(ひか)って、明日(あす)をも知らない他人(ひと)の総身を順折り着出して、塗工を知り得ぬ奈落へ没した。四旬に追い追い、徒党に追い追い、孤高へ行き着き始点(はじめ)へ追い追いしつつも一向縮まり止まない間隔(きょり)と吐息(おと)とは俺の心身(からだ)を頭上(うえ)へ遣りつつ何気に咲き得ぬ楼気に転がる思春の華(はな)には翳りさえ無い奇遇を捉えて俺は横たえ、親父は未だに見果てぬ〝雲の巣〟迄へと随々(ずいずい)くんくん不敵に嗅ぎつつ、硝子に見立てた市街を活き行く。独り淋しい親父の体(てい)には寒風吹き差す桔梗の哀れが物ともせずまま一葉(からだ)を横にし当って来て居り、俺の視野(まなこ)は怒涛に包んだ落葉(おちば)を集めて天(そら)へ放って、も一度冬の始めを楽観しようと食い止めるのだが、孤独へ返した蛻の殻とは一縷に見立てた蜘蛛の糸に在り、到底届かぬ〝逡巡仕立ての盲想(おもい)〟の歩影(ほかげ)は未だ静かに親父の身元に残されていた。俺の苦労は何処(どこ)へも行かずに蒼く灯(ひか)った白く灯(ひか)った明けまずめの陽(ひ)に在り、何処(どこ)へも行かずに焦げ付く盲想(おもい)に身重を隠して二人となるが、如何(どう)でも吐かない四旬の晴嵐(あらし)は四旬に向くまま市井と成り出し、俺の瞼に鱗を置くのに少々遠慮し出して屈曲(まがり)を遮る路頭を示し、俺は絶え絶え過(よぎ)りを独歩(ある)いた蛻と成り得た。〝何も無いのが空虚では無く、活路を見出し、親父(あいつ)を追うのが優先(さき)だと解して、滔々流行(なが)れる黒(やみ)の経過に余裕(あそび)を置くまま思春に燃やした発想(イデア)を受け取れ〟等と具に仔細に冗じて呟き、俺の心身(からだ)は明日(あす)を知り行く過程を知り得た。
静かに佇む住宅街には軒端を讃えた騒然(さわぎ)が在りつつ俺の還りを待って居たのか、成人には無い未完の少年(おとこ)が早朝起き出し新聞配達でもするかのような活気を見せつつ躍動(うご)いて在って、俺の心身(からだ)は瞬時に吸い付き、親父を見忘れ徒党を組むまま黒(やみ)の内へと埋没しようと曇天の下(もと)に身を遣り始めた。屈葬され行く自身の果てには過去に見知った既知の概念(おもい)が灯篭持ち出し泡(あぶく)に仕立てて過去の記憶をこれでもかとする残写(うつし)の水晶(たま)など光らせ遣って、ミラーボールの態(てい)して良く良く抑揚付けつつ羽ばたき始めて俺に構えて、俺の両手は厚くもないのに順々溜まった記憶(ぬくみ)を数えて俺へと呈し、俺はそれから住宅街(まち)へと入(い)った。又、黒(やみ)の内でも微かに輝(ひか)った抑揚等には残写(うつし)が照輝(てか)って躍動し始め俺の視野(まなこ)に虚ろに潜んだ夢想(ゆめ)を観させて跳ねて活き着き、堂々廻りの字幕(テロップ)等には自由に奇怪に褌締め行く微動が立ち行き俺へ構えた四旬を灯し、厚く輝(ひか)った黒苔(こけ)の畝(うねり)を密かに発揮(いか)した。ぽつぽつ灯った灯(あか)りの窓には住民(ひと)の寝息と吐息が止揚に灯り、段々少年(おとこ)が快活(げんき)に言動(うご)いて見えなくなりつつ原動音(エンジンおん)の働き仕立(じたて)に要を得ぬまま衰退して行き、俺の目前(まえ)では云とも寸とも全く灯(ひか)らぬ容姿となった。〝如何(どう)した事か〟と躊躇を仕立てて親父へ追い着く動体(からだ)を四旬へ向けつつ思春に佇む目下俺への目論(きざし)はともかく悠長成るまま自適に居付いて独身(こどく)を知りつつ、〝次は少年(おとこ)…〟と切に願った俺の始点(はじめ)は親父を棄て行き目前(まえ)に居座る新たな活力(じつりょく)達へと移ろい始めて躍起を知りつつ、動(どう)の動きに心行くまで堪能したあと滅多に知り得ぬ無情(オルガ)を知り得た。橙色した人間(ひと)の色から次第に解け行く青の牙城(しろ)まで領土を延ばして俺へと呈(み)せ得た黒(やみ)の実力(おもい)に散々諭され、周辺(あたり)に散らばる無数の企み等への思想(おもい)を採りつつ俺の修行(ノルマ)は完遂して行き、果てを知らない無我の境地は他人(ひと)こそ知らねど体温(ぬくみ)を知り得て、明日(あす)への脚力(ちから)を余儀なく知り得た。ぽつぽつ灯った住宅街(まち)の輝(ひか)りは何時(いつ)しか黒(やみ)に好く映え、実相(からだ)を採るのに数秒掛らず志気を採り得て俺へと向かい、少年(おとこ)が何処(どこ)へ行くのか細かな諸事(こと)など微塵に棄てさせ夜気(やき)を携え、過剰(オーバー)な事変(アクシデント)を事毎嫌って暗空(そら)へ返して俺を誘って、自分は悠々一服しそうな姿勢(すがた)を呈(み)せ行き涼風(かぜ)を吹かせて体温(ぬくみ)を報せた。体温(ぬくみ)を知り得た俺の表情(かお)には新たな活力(ちから)に対せる強靭(つよ)さが丈夫に具わり、両脚(あし)を動かし心身(からだ)を前進(すす)ませ親父の言動(からだ)も少年(おとこ)の気配(からだ)も一網打尽に捕れる程度に躍動(うごき)を知り行き微細(こまか)を知り行き解放感へと独歩(ある)いて行くので、俺の頭脳も次第に慌てた疲労(つかれ)を脱ぎ去り、明日(あす)の為にと廻転(かいてん)始めた。
ぽつぽつ灯った住宅街(マンション)前を、少し離れた位置から独歩(ある)き始めて、何時(いつ)しか手中(て)にした自転車(くるま)に跨り俺の心身(からだ)は黒(やみ)に浮んだ一光(いってん)目掛けて座れる体(てい)にて意欲を燃やして行進して居た。黒(やみ)は仔細を報せず最低限度にぽんと置かれた目的(もの)を手に取り俺へ呈(み)せつつ誘(いざな)い始めて、俺の抑揚(からだ)は〝仔細〟を越え行き微動を介して、一時(いっとき)遊んだ児(こども)を呈して俺の視野(まなこ)へ解け込み始めて明日(あかり)へ向かい、俺の表情(かお)には他人(ひと)に構えた余所行き色した活気(あかり)が灯ってこそこそ始めて、少年(おとこ)がまるで配達し終えて肩力(ちから)を落し黒(やみ)の内にて一服しようと静止したのを気配に捉えて独歩(ある)いて行って、人目を忍んでこっそり置き遣る俺の自転車(くるま)は住宅民(ひと)に紛れて体好く成った。宅地(たくち)に備えた自転車置場(くるまおきば)に隠す態(てい)にてこっそり遣られた俺の自転車(くるま)は俺がそのまま親父と少年(おとこ)を追うのに障害(じゃま)と成らずに一層態(てい)好く送ってくれ得て、俺は行く行く限り知らずの好奇心(きょうみ)に感けて迷(なぞ)へと向き合い、夜中に知り得る自適(ろまん)を採った。
黙々独歩(ある)いて故郷へ就き行く児(こども)の体(てい)して俺の心身(からだ)は模索を捕えて夜気(やき)へと挙がって黒(やみ)に対して、自転車(くるま)等より程好く小廻(じゆう)が利くなと朗々行くまま姿勢が定(とま)らず、慌てずゆっくりじっくり構えて対した俺の目前(まえ)には、過去に見知った京都の地が在り揚々行くまま学舎が見え出し、繁く通った大学迄への小さな小路が景色を携え立ち現れ行き、場面は緩んで俺の主張(いしき)が講じる態(てい)へと代わって行った。大学まで行く道程(みち)に敷かれた小さな駅とは良く良く知り行く最寄りの駅にて京阪電車や阪急・地下鉄等さえ交錯して在り、黒(やみ)に塗れて人間(ひと)の往来だけが総身を挙げつつ闊歩して在り俺を誘って、俺は又々迅速なるうち肢体を引っ提げぶらぶらしたまま内向成るまま歩先を定めてずいずい独歩(ある)いて一身と成り、灯(あか)りの点った駅前の往来(みち)を順良く行った。そこは気付けば往来ばかりの交差が芽生えて転じる歩先(さき)にはどういう場面が展開するのか判然せずまま煙が立ち込め、人の交差は行く行く乗じて慌しくなり、黒(やみ)に点った行程(みち)の果てには寸分違(たが)わぬ俺を寄せ得た交差点(ななめのみち)など人工照(あかり)に灯ってはっきりして行き、俺の思惑(こころ)は厚く成りつつ他人(ひと)の動向(うごき)に注意していた。そうした時にはそれまで俺を諭して前方(まえ)を独歩(ある)いた親父の後姿(すがた)は見えなくなって黒(やみ)へ吠えつつ、気配を残して低徊し出した少年(おとこ)の色香(いろか)と混合したまま経過(とき)の流行(うち)へと真正面(まとも)に向かって失くなり始めて、親父の好機は何処(どこ)にあるのか散々捜して模索すれども意識も夢想(ゆめ)にも親父の正味(なかみ)が漏れずに在りつつ試算も叶わず、俺と親父は少年(おとこ)を挟んで何処(どこ)か遠くへ遣られた双身(そうみ)に在りつつ意図(いしき)を共にし、何処(どこ)でも活性し合える未熟に有り付く猪(ノルマ)のように、独楽(こごと)に遊んだ心労(くろう)は寝ていた。白色に浮ぶ黒(やみ)の実体(ちから)は俺を介して少年(おとこ)を連れ添い、親父の行方を塗工に埋めて試算を乗じる人工照射(ぬくみ)の内へと寝かせて在った。そうした挙句に誰かがちょい乗りしたあと置き去り黒(やみ)の内へと去らせたようなスカイラインが再び登場(で)で来て俺に居座り、俺の独歩が丁度住宅街の駐輪場(はこ)から出る際見掛けた青塗され得た月夜の内より原動音(えんじんおん)などぶぉんぶぉん吹かして気概を表し、俺の心中(こころ)へ居座る程度に夢中に成り行く動体(うごき)の様子は始めに解け得た形成(かたち)を排して何処(どこ)かへ洩れ行く爆音とも成り、俺は直ぐ見て〝ああこれかな〟など言い嗜好の衒いも何も無いまま無事行く儘にて、自転車(くるま)を手にした過去の事など脇へ退け遣り目前(まえ)を凝視し、親父の背中をスカイラインの車体の背に観て、ずんと居座る恰好をした。勝手に決め込みよがる心中(うち)には如何(どう)にも堪えぬ疫病(やまい)が転んで静かに成りつつ、何にも誰にも相対(あいたい)されない無病(むびょう)が転がり心身捉えて、何時(いつ)か観ていた白い夜にも分身(からだ)が在る、と無闇に叫んで独歩したのがこの頃からにて、暑くもならない寒くもならない夢游の夜には止まない晴嵐(あらし)が鳴き続けていた。淋しい夜道を通り歩いて、知らず内にて孤独が綻び何度も見て来た蛻を見遣ると独語(こごと)に沿えない夜人(よびと)が喘いで盲人と成り、果ては目明きと成るのに自力を借りつつ他力を厭わず、集めて燃やした土の骸は解体するまま朝陽を浴びて、親父の姿勢(すがた)は明るみへと出た。
俺はそれからそこからぬっと飛び出て独歩を決め込み、独歩する程独りの体(てい)にも次第に慣れ行き目利きと成りつつ漆黒(やみ)内を過ぎ行き丈夫で在って、最寄りの駅から二、三離れた大学迄への駅のホームに投身したまま佇み朝日が来るのを待っては居たが、ふと前方(まえ)を独歩(ある)いた人影(かげ)に気付いて静止して行き、そのまま注意を携え良く良く見遣れば、ホームとホームを繋いであった夜道の辺りで男が居たのを発見したが記憶(いしき)が届かず何処(どこ)かで埋れて展開(うごき)を失くし、俺の思惑(こころ)は外方(べつ)を観たまま硝子に映った故習(ドグマ)を気にした。あっと言う間に記憶(いしき)が還って心身(からだ)が動き、白紙へ落した紅一点など拡がり行きつつ太陽(もくてき)を知り、結局親父は加齢臭(におい)を残して立ち去っていた。暗い夜道に一点灯った日輪(わっか)の内にて空洞めいた骸(からだ)を着たまま加齢に伴う心労(くろう)の兆しを禿頭(あかるみ)に出し行き低く構えて、猫背の体(てい)してうろうろ徘徊して居た四十路(しそじ)の中年男(おとこ)は如何(どう)にも何処(どこ)にも現れずに居た。
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(そして時が懸橋と成るようにして場面が変わる)
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心音が過去に振り返り滞り無く踏み直された時の土台は漸く動いて白痴を知り行き一旦目前(まえ)から退(の)いて、独創(こごと)を連呼しつつも透明色した硝子(ケース)の内では肢体(からだ)を集めた体温(ぬくもり)達が何処(どこ)からともなくすうっと現れ俺の感情(ぬくみ)に相対(あいたい)して行き、古来知識が飛び交い一つのポリスを培い始めた大学(メッカ)の地へと俺を誘(いざな)い表情(かお)色変えつつ、如何(どう)でも待てない微温(ひかり)を発した。てくてくとぼとぼ独歩(ある)いて行くのは日暮れに掛った茜の内にて、如何(どう)にか見知った表通(おもてどおり)は大学(メッカ)に沿いつつ俺の自宅(いえ)まで薄ら続いた一通に在り、恐らく俺にも顛末(なりゆき)が表情(かお)を顰めて遠くに居るのを独創(こごと)に知り行き萎えた躰は白亜を知って、誰の元でも下でも明日(あす)を講じる脚力(ちから)を有した詩吟(うた)を謳った。
大学(だいがく)へ着いた頃には既に時計は夜に兆した十六時四十分、或いは十八時二十分を指しつつ俺のその日の講義は経済学にて〝今日は経済の科目やから遅刻しようが多少欠席しようが必須に比べて荷は軽い、大丈夫!…(俺、文学部やし。)あー、でもこの今日の五限の経済と昨日の六限の経済科目、履修中止にしとけばよかったなぁ…〟等呟きながら、恐らく小学生(こども)の頃に出会ってそれから幾晩か共にした旧友・渡部陽男(わたべあきお)と、それから随分経って職場で出会った高田俊作とを引き連れ歩き、土手の上では暗く根付いた〝烏の夕日〟が三人(われら)の前にて屈触(くっしょく)して行き、会話(ことば)が続いた夢想(ゆめ)の内では体(からだ)が返され陽(よう)に怯んだ烏の何羽が如何(どう)でも肢体を憶えて居ようと色々算段講じて歌い始めて、茜の内にて一服したのち青空(そら)の彼方へ急接近して射止めた当てに向かって飛んだ。三人(われら)はずっと独歩(ある)いて小言に纏わる過去(きおく)を直して談笑しつつ、俺の方では陽男(あきお)へ対する姿勢の程度と高田に対する姿勢の具合が如何(どう)にも中々平等(たいら)と成れずに狂い焦って悪態など吐(つ)き、それでも矢張り、と高田に対する姿勢の度合は益々以て緊迫して行き憂いに跳び行く孤独を知り得た。高田は以前から躰が太くて悠々肥えて上背は無いが横柄成れ得る図太(ずぶと)が自分を囲んだ気色と流行(ながれ)を幼稚に奪(と)りつつ無遠慮なる儘、弱者を越え行く狡さが在って、俺はそうした高田(やから)の狡さにほとほと疲れて嫌気が差しつつ保(も)ってた懊悩(なやみ)の頭数(かず)だけ高田(やから)を責め遣り密葬して居り、既に失くした肢体(からだ)を捜し求める高田の姿は土手に埋れた蝙蝠(とり)と成りつつ自由に飛んで、俺の思惑(こころ)に静かに根付いた悪意を操(と)った。順繰り展開され得る無欲の懸橋(はし)には幾つも輝(ひか)った明日(あす)の夕日が萎えない肢体(からだ)を限界(かぎり)に拡げて欲心(よく)へと走り、白紙に浮んだ蝙蝠(とり)の死骸は何時(いつ)まで見てても俺の飽きない残影(えいが)と成った。陽男(あきお)にだけは軟く返った心の襞など体好く見せ得る体色(いろ)さえ認(したた)め俺を操(と)りつつ、明日(あす)への闊歩を十分見せ行く糧とも成るが、体色(いろ)を知らずに聞かずに青空(そら)へも向けない蝙蝠(とり)の明灯(あかり)は何処(どこ)でも寒風(かぜ)に吹かれて居場所を失い、音や振動(うごき)に頼って言葉(いのち)を告げ行く無頼の体(てい)へと一目(いちもく)に揺らいだ危惧さえ呈(み)せ行き俺を排して、世俗に対する自答の意思等、具に見付かる矢張り幼稚を醸して童であった。故に俺には、陽男に対する太陽のような寛(ひろ)き許容(こころ)を翳した対峙の仕方と、過去(それまで)の経過(ながれ)に知り得た高田の豪語に如何(どう)でも敗けたくないなど幻視に触れ行く闊歩の念など具に備えた故にか〝言い負かされたくない〟等此方も豪語し何かにつけて不敵を期し行く自身(おのれ)の痴態に灯(あか)りを点して、一刻(とき)を争う覇権の奪取を根深に構えて期して行く等、自態(じたい)に就いての問答(ぎもん)を知りつつ、涼しい顔して構えながらに少々熱さに溶け行く正義を見ていた。
夢を追うようになった俺の肢体(すがた)は影を残して野山へ川へ街へ海へと行ったきり、戻って来ないかも知れぬ等と独りで呟き嘯き始めて暫くすると、もう、ちらほら夕日が織り成す〝紅(あか)〟など見えつつ、遠くの田舎(いえ)ではぼんが一つ鳴り止み恋人(ひと)を連れて、俺の代わりに誰かが金を工面するべく俺の元から姿を消し行き、俺が焦がれた遊女の肢体(からだ)を引き連れ夕闇(やみ)へと消えて、俺は独りでぽつんと在った。何時(いつ)か聴き齧った童謡(わらべ)を唄い、爪弾く様子を伴奏(おと)に奏でて優雅を従え、優雅に成り得ぬ悲愴の真実(もと)とは誰にも知られぬ屈葬地(はか)へと置き去り、〝やがては消える…〟と儚く鹿爪らしく両脚(あし)を擦(さす)った独身(こどく)が在った。俺はよたよた独歩(ある)いて一日巡り、巡業したあと誰かの描(か)き得たシルクのパンダに影など付けて弄(あそ)びに徹して夢中に落ち着き、畦道(みち)に撒かれた未来(さき)への白紙(ヒント)を何処(どこ)から採ったか優雅に見え行く奇麗な水彩具(えのぐ)で輪郭(ライン)を採りつつ微笑(わら)って居座り、誰かの孤独を物にしようと焼噛んで居た。漸くとぼとぼ独歩(ある)いて大学へ着き、これから助長に心身(からだ)を預けて誰かの調子を真似してそのまま幻覚(ゆめ)を見据えて飛ぼうとしたが、既に経過は長らく活きつつ俺の精神(こころ)は所々に夕日(かげ)を観て居りその気に成れずに、経済科目の講義に尻尾を振り振り明日(あす)を見付けて、行く行く揚々出会い始めた二人に対して居ながら何気に活き行く路頭を知り得た。何と高田は少し以前に俺も独歩(ある)いた職場の麓にぽっそり咲き得た高嶺花(アイドル)と一緒に二人切りにて、何処(どこ)か見知らぬひっそり流れた小川等へと釣り具を携え〝楽しんだ〟と言う。夕張が思想の梢に跳び行きモノクロリズムに着々色付け行くと、俺の凡庸は瞬く間に孤独を知り行き〝姉様御殿〟へ退(しりぞ)く体(てい)して踏ん反り返り、誰の孤独も見たくはねえやと、散々悪態吐(づ)きつつ夢の筵をそっと敷き遣り、前方(まえ)へ向くのに都合を寄せた。〝誰の為〟とは言えども思想を尽した蛻の音頭は何時(いつ)の間にやら遠くへ逃れて二人を見遣って、〝姉様御殿〟をふと背にしたまま滔々芽吹いた生(せい)の臭気を泳いで近付く聖婦母(マドンナ)達を横目で躱し、二人の快感(オルガ)は動揺しながら、結末、一人と成り得た聖婦母(マドンナ)を観て、両翼担った古典へと飛んだ。観ている限りで高田は聖婦母(かのじょ)と二人で暮らして、一向向かない聖婦母(かのじょ)の生気は俺から離れて俗に向きつつ、四旬を巡って順々連動(ドラマ)へ仕上がる無冠の徒労は俺への拍手を尚淋しくして行き、自然が愛した個々の連画(ドラマ)は失墜して行く独創(こごと)に在った。他(ひと)が独歩(ある)けど独語(はな)せど一向減らない二人の活気は、気分の向くまま満喫して行き小鳥(とり)の声など足元で鳴き、白紙につらつら文字を連ねた俺の素描(ドラマ)は一向終りを見せない試算を講じた。どうやら二人の麓で俺の肢体(むくろ)は着色(ふく)を着せられ体好く見せ得る考慮に拝して二人を拝み、独りじゃ勝てない四旬の具象(ドラマ)に埋没していた。どうも俺は御殿から出た聖婦母(おんな)の肢体(したい)に羽振りを直され夢想(ゆめ)に戻され、何時(いつ)か見知って恋慕していた小娘(むすめ)の幼体(からだ)に気を遣り芽を遣り独創(こごと)を遣って、逡巡から成る群象(アイドル)の固体を創らされつつ散々堕ち行く努力を観ていた。事実に俺は小娘(むすめ)と一緒に野辺を歩いて嵯峨野へ旅して、山へ向かって脚力(あし)を漕ぎつつ真横に居座る互いの真摯に付け入る隙など、須臾の内にて仔細に睨(ね)め付け捜して押し倒そうと、徒労(どりょく)をしたのは初夏(はる)の日に在る。そんな過去など一掃するほど聖婦母(かのじょ)の艶体(からだ)は青白(しろ)く輝(ひか)って、俺の抗力(どりょく)を撥ね退けていた。二人の姿は自然に解け入り俺へ居直り、試算の付かない見当違いを斜光に構えて分析採りつつ、俺への挑戦(ちから)を試して在った。
孤島に立った俺には何も取り立てて話す事無く二人を唯々見送る体(てい)にて、野辺の小川が青空(そら)へと続いた絵面を観て居る内に二人に就いての物語等、つらつら話して無音に在った。ふらふらしながら両者に構えて小言を吐きつつ、誰を観るでも知るでもないまま無音の凄まじさは俺を捕えて放してくれずに、うつらうつらと小春日和(ひより)が差し込む頃には俺の躰は宙に浮んだ。長閑に緩く吹き遣る涼風(かぜ)の中にて俺の手足は伸びをしてから当てを求めて、何事も平穏に在りつつ唯退屈でもある一日等は俺を知らずに生きてる様子で、俺は自分の前方(まえ)にて延び行く近道(みち)へと埋没しながら、えっちらおっちら帰路へ就くのを算段しつつも気付けば小さな住宅に居た。住宅地(そこ)へ入るとまるで何年か以前に返った様子が目前(まえ)に現れ瞼(やみ)に現れ思惑(こころ)に現れ、俺の来るのを知った態(てい)にて様子を落ち着け、俺の歩調も整え始めた。〝曖昧〟に燻(くす)んだ住宅地であり、俺はそうした宅地に何時(いつ)か図鑑で見知ったレトロな景色を両手で転がし足で転がし、思惑(あたま)の内には黄金(きいろ)に輝く気色を講じて懐かしみ行く。内に小じんまりしながらも硝子の煤など年季の籠った経過(けしき)を見せ行く一つの建物など在り、ふと〝気心知れた〟と誤る調子に歩先(ほさき)を調え、建物内へ入った俺にはそれでも個室を講じて安堵を伝(おし)えて自ら縮ませ、俺に対して見易いようにと自然の配慮は卒無く廻って俺の心身(からだ)は室奥(おく)へと遣られた。これで当分、此処から出る事など無く、俺は自分を愉しむ道具を見たのだ。建物内を静かに支える壁に目を遣り冷静(しず)かになると、漸く観られた壁の表面(うえ)には白色(しろ)が芽生えて物体(からだ)を透し、更に内壁(うち)へと俺の意識は壁に誘導されつつ目下芽生えた二人を知り得た。男と女である。男は寝間着姿で背中を丸めて、縞の入った寝間着の折れには父の残した悲哀が浮んで臆病にも成り、俺の目前(まえ)にてしゅんとしたまま陽光受けつつ微笑(わら)って在った。そうした経過が根城を仰いで父へ取り憑き自体の体温(ぬくみ)を活かした為に、俺は男を父と認(みと)めて静観し出した。女はうら若い肌を携え才色兼備に仄かに煽られ肢体を浮かせて、俺の来るのを知った態(てい)にて別段慌てず淡白に在り、父の介護を両膝突きつつてきぱき熟して黒髪(かみ)はテールに纏めてあった。素振りが生む風、吐息が生む風、視線が生み行く真摯の体(てい)には今どき知れない若い娘の正義が表れ、誠実向くまま手足の温(ぬく)みは親父を倒して俺まで伝わる。そうした娘を観た時、自然に気付いた俺の眼(まなこ)は二人が居座る居間を透して白壁を見て、次第次第に介護が居座る院の景色を小部屋へ閉じ込め味わい始めて、冷静(しず)かに成り行く思惑(こころ)が見たのは宅地で居座る介護の場である。連れ添い失くした歯牙(しが)無い親父がそれでも微笑(わら)って微弱に震え、生娘(むすめ)に信頼され得る虚弱を呈して良人(りょうにん)足るのを両眼に知り得た俺には如何(どう)にも成らない安定さえ見え、親父は生娘(むすめ)をひっそり愛して片時離れぬ虚空に在った。娘は娘で自分のすべきをしっかり守って女の性質(しつ)など露わに見せ行き、俺の前方(まえ)にて一つ一つの気力を縛って易しく成り行き、如何(どう)にも止まらぬ当て無い体温(ぬくみ)を宙へと投げて保身を呈した。二人の間(うち)には未だ未然の距離さえ在った。
筒井康隆似の親父は益々以て次第に変容して行き独歩を速め、自身の内にはほっこり根付いた〝生娘(むすめ)を生け捕る試算〟を講じて魅惑に溺れた〝欲のカルテ〟は解体させ行き、束の間〝親父〟を〝俺の親父〟と認め得たのは哀れ束の間脆く消え去り思考を点して、俺の脳裏は良く良く見知った〝男根主(だんこんあるじ)〟を部屋主(おやじ)と見立てて娘の安堵に気遣い始めた。
布団の上では、ベッドの上では、今後の人生ほぼ寝たきりにて暮らしを立て行く親父の姿勢(すがた)が優しく見えて、緩い笑顔は親父の表情(かお)など仔細に捕えて衰退して行き、父と娘が甲斐々々(かいがい)しいまま暮らしを立て行く姿勢(すがた)に俺の思惑(こころ)は熱を帯びずに愛を見始め、二人の生活(まわり)に寄り添い付いた。甲斐々々しいまま生娘(むすめ)の手足は次第に緩んで親父へ伝わり、娘であるのを娘だとして、二人の関係(あいだ)を取り持ち始めたその延長には、親子を結んだ二人の気色が温もっていた。二人は親子と成り行き、親父は余生に視線を向けつつ眼光(ひかり)を緩め、死を待つ自分とこれから誰かと結束したまま自分の生(せい)へと活き行く娘を行李を分けつつ仕舞い始めて、真面目な生娘(むすめ)を支援していた。ひっそり隠れた援助に在る為、俺に知れても生娘(むすめ)は知らない。氷の溶け得ぬ支援であった。布団の周りを、ベッドの周りを、すっすっと動いて尾鰭が奇麗で女香(にょこう)を醸すが必要以上の愛着に無く、一瞥冷淡足るまま動いた手足は何処(どこ)へも向かずに娘に在って、親父の寂寥(こおり)は独り淋しく帰路へと就いた。分岐して行く岐路へ出たらば親父の生身は解体され行き真に迫った拍車は今でも回転し続け、親父は底から姿勢(すがた)を消した。知らずに娘は尿の世話かシーツの取り換え否かで親父に近付き微笑(わら)った所で親父の無いのに早くも気付き、陽光差し込む大窓(まど)を一瞥した後(のち)自身を見遣れば、下肢に忍んだ獣の吐息に吐息を消した。まるで看護婦の恰好をして居た娘の両脚(あし)には程好く皺を講じたシルクの折れ目が中年(おやじ)の肉厚の背中にのっぺり延ばされ纏わり付いて、同じく弾力在りつつ肉厚呈した若い素肌の娘の太腿(あし)には、親父の表情(かお)が辷って焦げ付き消えなくなった。
「どうしたの!?お父さん!?」
と無性に叫んで助けを求め、清閑成るままひっそり蠢く白色(しろ)の部屋には生娘(むすめ)の発声(こえ)など木霊して行き、親父の顔前(まえ)には娘の両腿(すはだ)と鬱蒼茂った黒泥(くろず)む大穴(あな)が必要以上に大きく映され両脚(あし)が立たずに、厭らしい儘ピンクに火照った坩堝の穴など、女身(にょしん)の無頼を拡散していた。
「ぶぎゃーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
と蹴太霊(けたたま)しいまま無頼に笑った親父の音頭は空(くう)を切りつつ冷め遣らないで、上手に飛び交い生娘(むすめ)を抱き込み、布団の彼方へ飛び去り始めた。絶叫しながら次第に微動(うごき)を落ち着け行く親父の渾身等には、娘と併せた無頼の気力が活性して行き空転して行き、渾身込め得た親父の突きには一層耐え切れないほど生活(どだい)を外れた夢精が飛び交う。生娘(むすめ)の気分は死太い程度に親父を抱いて自身に解け入る順応などには横目も触れ得ず、
「大丈夫!?お父さん!?」
と狂喜が滑走して行き野太打(のたう)つその都度、汗水垂らした女性(おんな)が物言う。そうした狂喜の叫びは次第に低く成り行き苦潜(くぐも)り始めて、高低問わずに〝声高音色〟は女芯を引き裂き屈曲していた。曲がった匙には赤身が差し行き、もう二度とは見えない娘の幸福(ありか)が真横に寝辷(ねそべ)る…。
そうした無重の経過に、ひっそり口角(くちもと)歪めて微妙に微笑得(わらえ)た親父の姿勢(すがた)は、甲斐々々しいまま真横で働く生娘(むすめ)の生気を温(あたた)め見守り、陽光等には視(め)もくれないまま唯遠くに浮んだ心象(こどく)を射止めた。
心象(こどく)が和(やわ)いだ女性(おんな)の視点に余生(のこり)をひたすら愉しみ体(からだ)の坩堝に動力(ちから)を置こうと、正義に目覚めた親父の古豪が瞬く間の内ぽっと燃え行き、陽(ひ)を遮りながらも自然に甘えて、生娘(むすめ)を照らした情緒(こころ)の余裕は生活(くらし)の内へと足跡(しょうこ)を消した。俺はひたすら黒く映ったテレビを観て居た。しかし表情(かお)を隠した生娘(むすめ)の太腿(あし)とは女主役(ヒロイン)には向かない痘痕の香りが程好く立ち込め世慣れして居て、女芯(たね)を隠した二流役者を下肢を預けた主(あるじ)としていた。
~親父の本能~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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