~新春の彼方に…~(『夢時代』より)

天川裕司

~新春の彼方に…~(『夢時代』より)

~新春の彼方に…~

 「彼女の仕事」と題して、「彼女の仕事は、一途に、彼を愛する事に在った。」からこの物語の冒頭は始まる。

 結局描(か)けず仕舞いの「女の泣き言」を、俺は掌から寸分離れた空虚の内へと放(ほう)って終えた生活(くらし)の中で、従兄弟に芽生えた妙な嫉妬を打ち揃えた儘、過敏に生き得た母の日用品の観葉植物(はな)へと一瞥した後(あと)、時折り少なく愚痴を仕立てた。何にも無くなり、何にも愛せぬ眼(まなこ)に今こうして視界(せかい)を置いたとしても、如何(どう)にも活き得ぬ活体(からだ)の行方を逃がして行くのは俺の目上に両親(おや)が居るのと、俺の領土(みぢか)に従兄弟が在るから故など、染み々々(しみじみ)潰れた声を潜めて俗世(ならく)へ問うても、俗世(ならく)は束の間活体知り行く自制(おれ)に向き合い小言で慰め、又直ぐ何処(どこ)かへ続いた前方(まえ)へと振り向き、未熟を愛する愚痴など持たぬ、と闇の内へと消え入(い)ってしまう。冷たい虚空が俺の自宅に潜んだ態(てい)にて冷たい息吹は俺の背中へ負ぶさり、首元などにはマフラー巻いても通して行き去る強い自然を猛火の内より甦らせて、矢張り俺には愛せる者など白日(かべ)に無かった。唯一、キリスト教の聖書だけが精神(こころ)の強みに返って勝利を勝ち取り、束の間祝った〝独りの祝宴(うたげ)〟が少(すくな)に冴え行き寝床を求めて、早くも経過(とき)が行くのを煩悩静かに見定める内、赤い表紙に何時(いつ)しか母の飾った幾つの写真が弱く輝き、内に佇む白猫(ねこ)の仕種に絆されて行く。飼い猫・白兵衛(しろべえ)であるが、この猫の習性(くせ)など具に見抜いて知り得た俺の活体(からだ)は煩悩(なやみ)を調え密かに愛した独創(こごと)の音頭を体温(ぬくみ)に乗せつつ、ふとした調子に時を忘れるのだが、愛猫・白兵衛は此処(ここ)へ来てから十一年目に病気に罹って死んだのであり、押し入れ奥から引き抜き愛した母の悲鳴は、仔猫の頃から散々撒き得た猫の未熟に目も当てられないほど盛衰して行き、猫の愛奴と化し得た母を残して、既に此処(ここ)から、俺の精神(こころ)の奥から、他界して在り、暗い陰さえ残して居ない。愛猫(こいつ)の出生地が我が家に備えた押し入れに在り、押し入れ奥に光った闇の内から小さく微細(かぼそ)く鋭利な産声(いのち)を幸先良いほど見事に通して襖を突き抜き、昼寝をして居た母の耳(もと)へとその身を知らせて救われ得た為、母にとっては、否俺にとっても家族と成るのは自然に在って、父親だけは淡白さながら気質も強く、猫の習性(くせ)など嫌って居た為事毎何が起きても義務を呈して冷たくあしらい、白兵衛(こいつ)が死んでも平気であった。唯想い出話に白兵衛(こいつ)の利点を燻る時など、〝あいつは瞳(め)が奇麗やったからなぁ〟と一言言うのは茶飯に在って、後(あと)は家族の為にと又明日(あす)から働く労(ろう)への試算を淡く計って静かに成るのだ。両立(ふたつ)を揺さぶる感傷等には、どうも反りを合せず無感に徹する親父を観るのは当時少年(こども)を煩い続けた俺の精神(こころ)の茶飯に在る儘、何処(いずこ)も同じ徒労にも成る。

 寝耳に水の夢物語りが何にも依らずにふいと表れ、俺の身元(ふもと)で〝この日を境に無睡の内にて華(かて)を採ろう…〟と零落して行く過去の現実(ばめん)を一つ漏らさず掬って行く時、開け放たれ行く明日(あす)への声明(いのち)は闊達足るまま透き通りもして、従兄弟の絆を砕いて行った。唯一活き得た唱句(しょうく)の行方は何にも成れずに背中を押されて過去(やみ)の内へと明日(あす)を待たずにずんずん独歩(ある)いて消されて在った。

 俺は従兄弟の乙葉(おとは)の宅へ呼ばれて主(あるじ)の帰らぬ昼頃辺りに歩を進めて行って、行っても直ぐに身支度が揃う秋の日暮れを連想しながら、松山だけれど京都の侘(みやび)を心に携え、楚歌を覚えて気丈成るまま背筋を正す。〝乙葉ちゃん〟というのは女性(おんな)になくて少々恰幅大きい男であって、俺とは既に幾年幾月(いくねんいくつき)表情(かお)も見取らず疎遠で在りつつ、それでも何かと事が起(おこ)れば〝流石は血縁…〟など言われる態(てい)にて外方(そっぽ)に在らずに、博識尋ねる表情(かお)には過去(むかし)の面影(かげ)等ちらと見せ行く柔い地(じ)にある。母方の郷里(さと)に永らく住み行き少し以前(まえ)には所帯を構えて立場(あしば)を固め、固める稼ぎに営業していて世人(よびと)と成ったら何時(いつ)しか会えない距離を講じる男と成った。苦手というのじゃないのだけれど、経過(あいだ)が立てばしどろもどろに安堵を称える俺の気質が此処(ここ)でも独走(はし)って体温(ぬくみ)を拵え、勝手に従兄弟の具象(ぐぞう)を見定め独りでほくほく興奮したのだ。主(あるじ)というのは当の主(あるじ)の乙葉ではなく、乙葉が迎えた嫁であるのだ。此処(ここ)まで独りを貫き通すと、世間の眼(め)などを勝手に拵え壁にも窓にもドアにも夢中(ゆめ)にも、好きに見付けて徒労の日々さえ〝糧だ〟と暮野(ぼや)いて無重に居座り、未熟を愛する児(じ)の玉手箱を無像に拵え紐を解(ほど)いて明日(あす)を〝百年経った現在(いま)でもある、〟など無謀に小波(さざ)めく波調(はちょう)を知り得た。故に従兄弟と会うのは段々遠退く過程を踏まえて尻に火が点き、結婚などの外界(そと)の流行(くうき)がその身を呈せば一目散へと夢中(ゆめ)に飛び込み二度とは這い出ぬ素直が在った。屋根が光った真昼の最中(さなか)に、俺の心身(からだ)は従兄弟の宅へと到着してから厚底脱いで主(あるじ)が無いのを然(しか)と見極め這入って行ったが、当の主(あるじ)は〝もうすぐ帰る〟と伝手を教えて乙葉は電話に出るまま俺の表情(かお)など矢張り見ないで主(あるじ)と話し、長話の後(あと)、やっと切って座したと思えば何故(なぜ)か呼び鈴鳴らした乙葉の嫁には体をくねらせ自然に還った光景(けしき)が見える。俺の心身(からだ)は何時(いつ)しか乙葉の宅にて厄介となり、主張の出来ない足場を拵え仄(ぼ)んやり居座る卓の前には真向きに捉えた乙葉が沈み、主(あるじ)と乙葉が体好く成し得た檻(かこい)の内にて俺の精神(こころ)は浮遊して在る。

 行きたくもない従兄弟の宅へと呼ばれて普段はそうそう易く行きはしないが、夢のする業、俺の心身(からだ)は自由を奪われ、如何(どう)でも〝自然に沿うまま事足りるように…!〟と釘を打たれて三日三晩、俺の床(とこ)から飛び立ち俺の夢想(ゆめ)さえ支配するべくさっさと生き切る思春(ドグマ)は臆病に根付いた精神(しさい)を捕えて暖炉で燃やし、俺の意識(はかり)を宙(ちゅう)へ放(ほう)って無力とした儘、俺の運命(さだめ)は夢幻(ゆめ)に縛られ異彩と成り得た。一時(いっとき)の成功が輝彩(きさい)を放(はな)って俺が悦ぶ精神(しさい)を辿ると、次の展開(ゆめ)では既に倒れて無色と成って俺の表情(かお)には屍(かばね)が着たまま詩人に灯した一個の悦楽(オルガ)を牛耳り徒労を呼び込み、血肉を分けた従兄弟(ひと)の一連(ドラマ)を無像に踏まえて自然を象り、自然を失くした自己(おのれ)の境地を到底咲かない〝大樹〟の庭へと放擲して居た。白紙に接した俺の境地(ここち)は居座る間も無く使用人(つぎ)が現れ、見果てぬ欲深(やみ)へと失墜させ得た。誰もが有名無実を訝る老獪紳士に跳び付く術を会得し〝そうして得るのが我が糧なり〟など閉口したまま再三覗いた無垢の内にて吟味(あじ)わい尽すが、無名に生き抜く表現人(アーティスト)に観る無想の展開(ばめん)を把握したまま感動(じぶん)に芽吹いた独創(こごと)を語れば、結局変らぬ幻想(ひと)を観るのに変わりが無い、など人間(ひと)の常識(せつり)に反して生き得る。自我の瞳(め)を保(も)て。自我の眼(め)を持て。

 俺はそうして白日に活き得た気色の最中(うち)など透り過ぎ行き、野原(のばら)の殺人等にもふとした眼(ちゅうい)を向けつつ自己(じこ)の主(あるじ)を捜して在ったが、まるで掌(て)にした大時計塔(ビッグベン)のぼんが鳴るのと同時に数多に散らばる悦楽の肢体が死体と成り行く惨事を観つつも自分の領土(みぢか)に得てして認(みと)めた〝吟遊詩人〟を遠くへ遣るのは生(い)け好かない、等、孤独を按じた熱気に捕われ意識を回(かい)した俺の居場所はそれでも折りの内へと閉じ込められ行き、従兄弟の主(あるじ)は俺の姿勢(うごき)を具に観て居た。俺の姿勢(うごき)が自然で無いのに大層煽られ興味を示して、〝白火〟に燃え行く幻想(おもい)の仄香(ほのか)を俄かに隠して隣(よこ)に居座り、俺に隠れて従兄弟(かたち)を挙げ行く試算に乗じた一計等には運好く活き得て透明(がらす)を蹴破り、橙色した驚愕(かくさ)の内へと総身を拵え埋没して行く。俺の声明(こえ)など具に失(け)されて〝主(あるじ)の気持ちが満ち行くように…〟と浅手に気遣う〝思惑通り〟が気色に彩(と)られて形成(かたち)を阿り、〝明日(あす)を知るのは個人(ひと)の身元を事毎改め行くのに酷似している。誰にも計れぬ時の試算を一個の煩い等が如何(どう)して観得よう…〟等と、一室(おり)の内から気色を採れない〝賛嘆行事(さんたんぎょうじ)〟が何にも居座り頭(くび)を抱えた少年(こども)の未来(ゆくえ)は流行(ながれ)に呑まれて朽ち果て行く儘、気遣い無用の転がる変遷(ながれ)は誰にも成らずに独歩(ある)いて行くまま視線を越え得た。俺は一室(おり)の内にて「彼女の仕事」と題を掲げて〝何者(だれか)の代筆〟等と姿勢を正して座って見たが、何故か精神(おもい)の縁(ふち)には徒労を重ねた真摯が居座り微動も果たせず、持ち得た心身(からだ)は外界(どこか)へ失(き)え行き過程を終えて、主(あるじ)の姿勢(すがた)は次第に重なる大躯(たいく)を挙げ行き俺の目前(まえ)では白壁(かべ)の様(よう)にも他人(ひと)の様(よう)にも、烈火を掲げた夢想と成るのは胡散に息する自然に在った。雨上がりに映え行く草木(くさき)の匂いと人工照射を真面に捉えて虚空(そら)へ吹き遣るasphalt(てつ)の臭(にお)いを頭上に掲げ、俺の表情(かお)等ちらちら見遣った瞳(がらす)の玉には俺の微動(よわさ)が孤高に居座り熱気を愛した蛻の試算(わく)など無機に転がり、映った果(さ)きには独創(こごと)を奮わぬ労苦と堕落が同じ調子で闊歩に息衝く希望(ひかり)さえ在る。白息(はくいき)を暖炉の傍(そば)にて吐いて行く内、主(あるじ)の姿勢(すがた)は自然(つよみ)を従え固陋に活き抜く少年(おれ)を捕えて言葉を吐き行き、俺の微動(うごき)は益々遅延にその実(み)を堕として白紙の余白(あまり)は次第に大きく自然に解け得た。

「こいつが犯人ではない…」

と主(あるじ)に向かって言わされ終えた俺の背後の精神(やみ)には、如何(どう)にも解けない樞(ひみつ)にも似た難儀が座って弱々しく在り、俺の体温(ねっき)は主(あるじ)を観たまま創作(うごき)の開始に意欲を燃やして努力(つとめ)をするが如何(どう)にも萎えない気色の余韻は流行(ながれ)に合せて白日夢と成り、自体(からだ)を溶かして人煙(けむり)に解け行き、俺の脳裏は何にも沿えない主(あるじ)の正味(いばしょ)を一目散へと独走(はし)って行き着け、空虚の試算(おもい)を拡げて活(かっ)した。何処へ這ったか、未だに艶煙(けむり)の内(なか)から抜け出せないまま他(ひと)の脳裏に浮遊(あそ)ぶ少年(おれ)には見当付かずに曖昧に在る。そうして主(あるじ)の目前(まえ)にて転々(ころころ)する内、俺の隣(よこ)には主(あるじ)を認(みと)めた従兄弟(かたち)が頭巾を拵え新参面(しんざんづら)して、新たに活した意欲の行方を表現(かたち)と称して自穴(あな)に息する自己(おのれ)の傀儡(かたち)を唾を飛ばして鼻歌唄い、何時(いつ)しか俺には楽器が託されその〝モーリス〟のギターを上手く抱えて奏でた須臾の果(さ)きには、宮廷貴族が住むほど厚みを重ねた夢想(ゆめ)の御殿が自体(からだ)を崩し、大きく居座る無言の気色は俺の眼(いしき)へ夢想(ゆめ)を落して自体(からだ)を携え、過去も未来も現在(いってん)足るまま一線(あし)の行くまま気儘に文句の付かない場面(ばしょ)を呈した熱気が在った。俺はそこが図書館だと思って居た。何に従う間も無く辺り始終を設計し終えた凍て付く果(さき)には、当面見張った設計地図さえ難無く描(えが)ける腕力(ちから)が試され真面目に在って、何も謳えず華(はな)さえ描(か)けない雑音(ノイズ)の辺りに敷かれた努力(ちから)の末には、未だ見果てぬ従兄弟(いとこ)の血肉が湧き湧き狂(おど)って俺の元へと欠伸を始めた。「俗世」を偽る熱心党から逸脱図った夜毎の空虚はここ昼の最中(さなか)に尻尾を振り行き大手を振って、独創(こごと)の居座る連房(れんぼう)へ差し込む朝日を辺り構わず躍起と成り行き体裁(みえ)を捨て去り、とにかく欲しがり続けた表情(かお)の在り処は俺へ灯った朝日を観せ得た。しどろもどろに鼻歌(うた)った気色の芽吹く昼下がりの事。

 一瞥、ホテルのロビーの様相(ばめん)を講じた従兄弟(あるじ)の宅では空気が凍って流行(ながれ)が活(い)かずに、果てを報(しら)さぬ門戸の内では焼噛み半分、今日(きょう)を値切った男達が居り、女はひたすら身支度始めて虚無を牛耳り、化粧を落して男達(ふたり)を配して、掴み損ねた従順(すなお)の傀儡(かたち)を確築(かくちく)していた。俺はそれでも鼻歌唄って気分を変えつつ、端(はな)から縮めた姿勢の微熱は白紙に講じる〝朝日〟に在る、との司令に従い、労徒(ろうと)を紡いだ俺の試算は欠伸を見知らぬ素人と成り未算(みさん)に成り得た画策従え従順(すなお)に在って、明日(あす)を象る声明(いのち)の行方を充分尽きせぬ夢想(ゆめ)の内へと独走足るまま自体を圧した。圧した四肢には頭(くび)が無い内(うち)何処(どこ)ぞを駆け得た一連(ドラマ)を牛耳る一漢(おとこ)が在って、行方を変えない未熟の果(さき)とはこれまた今日(きょう)を知り得ぬ祠を言い当て〝自分の身元(ありか)を喋るまい〟など余程の丈夫を黄金(こがね)に着せ得た自然が降り立ち、電子に飛び立ち原始を忘れた傀儡等には自分を連れ出す勇気も無いまま未知へ臨んだ無謀が跳び出し勇姿と成れずに、逡巡重ねる無用の試算(はこ)には明日(あす)が咲かない単色(モノクロリズム)を興じた漢(おとこ)が分身(ふたり)と成り果て、一個(ひとり)の女蝶(ちょう)を拝して在るのだ。俺が疲れて鼻歌を止(や)め、モーリスのギターを脇手(わきて)に抱えて床(とこ)へ抛れば従兄弟の影(すがた)はひょいと動いて俺の目前(まえ)へと俄かに跳び出し、「あ、一寸貸して。」など口端(くちは)に漏らしてギターを取って、周辺(あたり)を彩る不思議な音色を宙(そら)から降らせて落ち着かせ行く。結構な音色で在った。暖炉の白火(ひ)等はじじと蠢き予調(よちょう)を揺らして、俺の元には冷(かぜ)を呈する。何時(いつ)の間にやらロビーと成り得た宅の内壁(うち)には過去に活き得た数多表情(かお)など仔細に現れ、人と気色を区別しないでとことん究めた底の音頭が熱美(ねつび)を溶かして無像に冷め行き、黒色見(まみ)えた紅(あか)の点など現実(かべ)を透して褐色して行き、己の声明(いのち)を無残に掲げた〝説明要らず〟を慌てた速さで素描して行き俺の心地を煩わせて行く。俺の目前(まえ)では客が居座り故郷が居座り、従兄弟の主(あるじ)は夢想(ゆめ)に駆られて実体(からだ)を晦まし俺の感情(おもい)を遥かに凌いで虚空(そら)を見た儘、一糸も纏わずジャンプして行き、未来から来た数多(むすう)の人客(きゃく)は俺と従兄弟に喝采したまま静聴(せいちょう)して行き、わんさか居座る人の根付きは床(とこ)の不要な固さを呈して宅の居間(ロビー)に陣取っていた。静聴(せいちょう)している人客(きゃく)の表情(いろ)には黒色冴えない無感が在ったが如何(どう)の間も無く固さを捉えて丈夫と成り得て、気分を害する人客(きゃく)の出足は衰えて行き、従兄弟と俺との萎えた場面(せかい)は辛酸知るうち気丈と成り得て、微動(うご)く内には活気を愛せた。大丈夫なようである。見る見る変化を兆して塗工に練り行くおっちょこちょいなど頭を擡げて狂って在るが、私闘に責め行く在られの果てなど無残に飛び散り残した記憶は、内壁(かべ)に吊(かか)った毅然であるから二漢(ふたり)を見守り体温(ぬくみ)を愛して、少しの挑戦(しげき)も良薬(くすり)に成るなど吐息(いき)を漏らした形成(かたち)は整い、少年(みじゅく)が居座る〝夢御殿(ばしょ)〟の謳歌は人客(きゃく)の路頭に携えられつつ活気を愛する孤島を知りつつ丈夫であった。又、〝そのlobby(ばしょ)が階下である故丈夫なのかも…〟等、俺の気儘に精神(うち)に具わり歩調を調え、事実に居座る無像の夢想(ゆめ)には形成(かたち)の整う寡を観て居た。

 〝感覚を無から産み出す、と言うのは結構辛いものだよ、君〟、小声に聴いたレエルモンドの「帆」は何時(いつ)しか反逆の狼煙を振り終え、現実(かたち)を越えて、明日(あす)に芽吹いた嵐を呼び得た。〝世界が遠い…、この世間に俺を満たせる流行(もの)など無いのだろうと、明日(あす)を分らぬ孤独は呟く。如何(どう)にも求めて止まない未熟の悦楽(オルガ)は床(とこ)を離れて感動(しげき)を求め、異性を求めて自分に咲き得る母性を宿した土台を築くと、群れから離れて独りに飛び立つ。こういう時には決って孤独を排する母性は宿らず、止まり木さえも与えてくれずにスキーなど行き宜しくやってる他(ひと)との悦楽(オルガ)を魅せて来るのだ。世間とは流行(モード)の事さ。流行(ひかり)を越え行き悟りを図れば人は決って労苦を強いられ希望(ひかり)は自活に宿した一匹狼(おとこ)と成るのが関の山とも成り得て、拍子が外れた常識表情(じょうしきがお)では俺の呈した神秘(ひみつ)は探れぬ。端片(ヒント)も掴めず生れた作家が本来夢見る独創(こごと)の連呼も儘成らぬだろう。したり顔した博識達には常識(レール)に敷かれた言葉の数多がそれでも何でも栄養(ちから)であって説明(きぼう)であって、当てが外れた〝一流作者(にりゅうやくしゃ)〟は宇宙の果てまで足で蹴破り、青の表紙に穴を開けつつ、太陽を観て「今日はこれから日和が立つ。」など満喫しながら幼女を仕立てる。幼女の姿勢(すがた)は日本を牛耳る主(あるじ)に成る!など本気に信じた成人(ばか)が居座る…〟、散々宙(そら)から降り立つ小言は姿勢を正して居直り出して、酔狂行くまま誰にも何にも遊びで終った生気の糧には人煙(けむり)が立って狡(こす)い骸に対峙して行き、〝年の瀬〟からでも無駄が始まる人の意欲は勢い溢れ、漲る形成(かたち)は現実(かたち)を透して浸透して行き傾向して行き、枯れた造花(はな)には幼女を衒った看板(たちば)を吊(か)けた。〝売れるなら良い〟、これが居間(ロビー)に集った現代人(きゃく)の真心(こころ)を具に射止めた本意であった。そうして制した人の空間(いとま)は流行(ながれ)に準じて変形して行き単色主義(モノクロリズム)に精気を灯して外界(そと)を棄て遣る空虚の破片は緻密を集めて活性され行き、居間(ロビー)の隙間は幼児に塗れて希望(あかるさ)増してぐにょぐにょぐにょぐにょ姿勢(かたち)を過ぎ行き昼を徹して明度を超えて、明度に耐え得ぬ俺の瞳は夜を欲して斜かいに向き、闇に準じて歪(まが)った隙間は小口を呈して田舎に知り得た空間(すきま)を知った。東京(とかい)に知り得た田圃の景色を程好く揺らして形成(かたち)を拵え、現実(かたち)と成り得た清(すが)しい感情(おもい)は秋空(そら)を好んで一室(へや)を拵え、アパート暮らしに仄香(ほのか)が差し込む暖風(ふとん)の内には寝室(ねむろ)に逸した豪華が成り行き、従兄弟の宅は漫画で馳せ得た水木しげるの空間等を体好く構えて俺を取り巻き、俺の心身(からだ)は何時(いつ)しか知らずに水木しげるの宅の居間へとお邪魔をして居た。代わった拍子に主(あるじ)も代わり、宙(そら)へ浮んで表情(すがた)を失(け)し得た無業の手腕(ちから)は何時(いつ)しか出て来て俺の目前(まえ)にて姿を変えて、具合に配慮し考慮を敷いて、松下奈緒へとその実(み)を変えた。きちんと変わった一場面(ひとかたまり)とは、俺に合せて視線を凝らして真実行くまま現行(ながれ)を把握し自体(おのれ)の棲家を四隅(かべ)に護らせ、涼風(かぜ)だけ通した不思議を利(い)かして雑音(ノイズ)の立たない空間(あるじ)を成し得た。俺は俄かに腹を空かして平気であって、目前(まえ)に並んだ御飯の類(たぐい)に〝添え物無いか?〟と供を欲しがり副菜探し、つつつと寄り添う宅の縁側(ふち)から庭へ歩いて夕日を見たが、先程からもうぐつぐつ煮え込む鍋の中身を気にし始めてゆっくり覗いた俺の目前(まえ)には少々辛味(からみ)を纏ったすき焼き等が汁を黒くし白光に浮き、鍋の為にか味噌汁など無い今夜の副菜(おかず)を空腹ながらに勝手に決め付け当の主(あるじ)に〝食わしてくれ〟と頻りに頼んで端座し落ち着く。そうした俺から横手に外れた台所に在る銀の台には人工照(あかり)に照らされ赤身をくっきり浮かせた汁の茶碗に奈緒が入れたかしげるが入れたか空間(あるじ)が入れたか何が入れたか、注いだ直後の味噌汁が赤身を浮かせて湯気を上げつつ俺の為にと置かれて在った。俺はそうした景色に何もをさて置き食い入り観て居た。不思議であった。しかしそうして置かれた汁が果してしげるの為にか俺の為にか仔細を知り得ぬ俺の思惑(こころ)は俄かに湧き立ち気色に浮いて、次の場面に手足を出さずに従順(すなお)を固めて手を付けずに居た。

 して居る内に水木しげるが往年の〝独歩(ある)き精神〟を胸に掲げて戦後を独歩(ある)き貸本漫画に見切りを付け行く気体の心身(からだ)を少年(こども)が捕えて又浮き上がらせ行き、世間に抱(だ)かれた希望(あか)るい身元を俺へと掲げて一室(へや)の内にて又玄関(ドア)を見せ得る暗室(やみ)の内から薄ら姿勢(すがた)を現し行って、「絶版になった…」と唯一言、落ち込む肩には窪んだ表情(めもと)がくっきり花咲き未来を見て取り、そう在りながらも清(すが)しい努力の甲斐など体温(ぬくみ)を称えた昭和の流行(リズム)に歩を躍らす体(てい)にて、昭和を文士を幸福(はな)に包(くる)んだ予調(よちょう)の果(さき)にてほくほくして在る〝文士の卵〟は俺に対して明るく在った。

「あーあ、又、貧乏との戦いかぁ…」

と落ち込む拍子に俺に見せ遣る嗣業の卵は何時(いつ)しか輝(ひか)って人工照(あかり)と成って俺に対する糧と成り着き、俺は俺にて「風邪気味だ」と言い肩を弾ませ近付く水木に〝躰に気を付けて下さい!〟と大声出して元気に励ます姿勢を抑えて呑気に佇み、水木しげるは恐らく奈緒の居座る暗室(やみ)の内へと又ずるずるずるずる躰を引き摺り無言の体(てい)にて希望(あかり)を灯して還って行った。

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